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コロナで自殺が第1波で14%減、第2波で16%増の論文を書きました

コロナウイルスの第1波(2020年2月-6月)では自殺が14%低下しましたが、第2波(2020年7月-10月)では16%上昇したという旨の論文がNature Human Behaviourという英研究雑誌で公開されました。第1波の自殺の減少は、政府の補助金や働き方の改善、一斉休校が寄与している可能性があることや、第2波では特に女性や子どもの自殺の増加が顕著であったことについても言及しています。

さて、この論文ですが、うれしいことに、Yahoo News朝日新聞の記事などでも取り上げてもらって、なんと5000件近くのコメントやリツイート・いいねがあるようです。また、ロイター通信ガーディアンなどの海外メディアにも取り上げてもらい、それなりに反響があるようです。

論文を書いた側としては、どんな反応があるのかはやはりとても気になるので、さっそくですが、特に日本の記事を中心にいろいろなコメントに目を通してみました。すると、

・自殺14%減、16%増って何を意味してるの?
・率ではなく数で示してほしい
・そんなことを言っても過去10年間で自殺は最低
・経済が悪いのだから自殺が増えるのは当然だ
・自殺の増加は政府のコロナ政策のせいだ
・自殺を減らすために今すぐ給付金を配るべきだ

のような、コメントが散見されました。

なんとなく思ったことは、想像よりも数字の意味をきちんと理解してもらえていないということです。論文では数字の意図はもちろん書いたのですが、なかには論文の引用がない記事があることもあり、結果として、数字が独り歩きしてしまっている感もぬぐえません。

ということで、このnoteでは、簡単にはなりますが、なるべくわかりやすい形で自分たちの論文について解説していこうと思います。

ちなみに以下が研究の正式な出典で、記事やつぶやきなどは、下の論文のリンクを張っていただけますと嬉しいです。また、論文の要約(約5ページ)も日本語で書いていますので(コロナ_自殺_研究要約)、こちらも参考にしてください。

Tanaka, T., Okamoto, S. Increase in suicide following an initial decline during the COVID-19 pandemic in Japan. Nat Hum Behav (2021). https://doi.org/10.1038/s41562-020-01042-z

さらに、こちらが共著者の東京都健康長寿医療センターのプレスリリースです。


どんな研究?なぜ重要なの?

日本は先進国で自殺率が7位(world bank)と、比較的高いということもあり、特に自殺という問題への関心は高いように思います。コロナ下では、感染症そのものに不安を感じたり、友人や家族と会う機会が減ったり、不況の影響を受けたりすることで、自殺の増加が懸念されていたように思います。

ところが、現状、コロナと自殺に関して信頼性の高い研究は、日本でも世界でもなかなかありませんでした。というのも、質の高い分析に必要なタイムリーなデータは、どの国でも非常に限られているからです。今までの研究では、自殺の代わりにアンケート調査で自殺意向を見てみたり、ごく一部の地域の自殺の統計を用いたり、国全体で集計された(地域の自殺の要因などを調整できない)データを用いるものがほとんどでした。

私たちの研究は、厚⽣労働省が毎月公表する「地域における⾃殺の基礎資料(誰でもアクセス可能)」の2016年11⽉から2020年10⽉まで4年間のデータを用いています。このデータは、「1. 感染症拡⼤前後を含み」「2. ⽇本の全⼈⼝を対象とした」「3. 市区町村レベルで集計されている(例えば48ヶ月*1ヶ国のN=48ではなく、48ヶ月*1,861市区町村でN=88,512)」特徴があり、世界でも、このようなデータはあまりないというのが私たちの理解です。このデータのおかげで、本研究では説得力のある分析が可能になり、論文の公表につながったのだと考えています。

どのように分析したの?

極端な例えをすると、コロナの自殺への影響を知るためには、コロナが流行している(現実の)日本と、コロナの流行が全く起きていない(架空の)日本を比べる必要があります。ところが、残念ながら日本は一つしか存在せず、その日本でコロナは大問題になっています。

感覚的にいうと、私たちの分析ではその「架空」の日本を過去3年間の同月の自殺率に担ってもらっています。例えば2020年の4月を、2017-2019年の4月と比較しています。ただし、自殺率は、国全体で過去3年間で6~7%程度減少していたり、また、ある市区町村では増加傾向にあったり、その傾向は様々です。つまり、単純比較で自殺が減って/増えていても、これがコロナの影響なのか地域の自殺の傾向なのか判断することは困難です。ほかにも自殺には季節性があったり、気候などの地域の要因に左右されることも知られています。

そこで、本研究では、かなりざっくりいうと、自殺率に影響を与えるだろう様々な地域の要因を取り除いた後に、過去3年間の同地域の同月の自殺率をもとに、「counterfactual:コロナがない場合の架空の日本」を作り、それと「現実の日本」の自殺率を比較しています。この現実の日本では、様々なことが起きているので、結果の解釈は、「不況や政府のコロナ対策も含む全体としてのコロナの影響」であるべきだと考えています。

*** 専門的にいえば、Difference-in-Difference (差の差分法)を使って、2020年をtreatment, 2016-2019年の過去3年をcontrolとして、年内(11月~1月コロナ前、2月~10月をコロナ下)のdifferenceを比較することで、トレンドを相殺しています(同時に市区町村*年のfixed effectsをcontrolしています)。また、市区町村*月のfixed effectsを入れることで、各市区町村の各月に固有な自殺の要因を「調整:コントロール」しています。(詳しくは論文で)

コロナ下で自殺はどのように変化していたの?

結果として、コロナウイルスの第1波(2020年2月-6月)では自殺が14%低下しましたが、第2波(2020年7月-10月)では自殺が16%上昇したことを発見しました。下の図の青線が第1波の期間の効果を示していて、赤線が第2波の期間の動向を示しています。参考までに、私たちの計算では第1波では1,074人自殺が減少し、第2波では970人増加しています(自殺は平均月に1,596人)。

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論文では、第1波で自殺が減少したことについて、さらに詳細に分析をしています。特に、緊急事態宣言下(4月・5月)において大人(20-69歳)の男性(21%)と女性(27%)で自殺が大きく減少している様子が見られ、これが第1波での自殺減に大きく貢献してます。下の図では職業別のデータを示しているのですが、特に3・4月の一斉休校中に、学生(下の図f)の自殺が49%減少していることも注目に値します。

一方、第2波では自殺が16%増加し、その傾向は性別や年齢によって大きく異なります。特に、男性の7%に対して女性は37%自殺が増加しており、主婦(下の図e)に関しては132%増加しています。また、子ども(19歳以下)でもその増加は顕著です(49%)。

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その他にも、地域ごとにどのように自殺の動向が異なるのかも見ています。まず、もともとコロナ以前に自殺率が「低かった」地域のみで、第2波では自殺率の増加がみられました。また、コロナの人口当たり陽性者数が多い地域や、規制が強かった都道府県でより自殺が増加するという傾向は、見られませんでした。

論文の本文では、他にも、過去の自殺の推移や、頑健性チェックや、分析の前提の議論(parallel trend assumption, placebo test)なども行っているので、参考にしていただければ幸いです。ちなみに、コロナ論文は基本的に誰でもタダでアクセスできるので、図表を見るだけでも雰囲気をつかめると思います。

なぜ第1波で自殺は下落、第2波で上昇?

自殺というテーマは非常にセンシティブです。私たちの論文の最終稿は、自殺に関する専門機関(International COVID-19 Suicide Prevention Research Collaboration; ICSPRC)と、掲載された雑誌の編集者の「自殺の原因は複雑で、一つの要因に起因するものではないので、要因を断定するような記述は避けてほしい」という提案に従い、かなり慎重に記述するよう心がけました。

しかし、その中でも、私たちなりにその原因を憶測しています。まず、第1波の自殺の減少は、実は過去の災害後に見られたパターンと共通しています。今までの研究では、大きな災害(ハリケーンカトリーナ・911テロ)の後には自殺は短期的に減少する(かつ、長期的には増加する)傾向にあることがわかっています。また、実は世界各国でも、コロナ流行後、特に5・6月以前の短期では、自殺が減少する傾向にあるようで、第1波での自殺の減少は特に日本に限ったことでもないようです。(和訳サマリーのコラム②を参照)

また、第1波での日本の状況を見てみると、失業率は継続的に上昇傾向にあるものの、給付金のおかげか、家計の所得はむしろ増加しており(家計調査)、5月の倒産の件数は314件という過去半世紀で記録的な低水準になっています(東京商工リサーチ)。その一方で、緊急事態宣言下においては労働時間は平均的に10~20%減少しており、仕事におけるストレスが軽減されているとも想像されます、つまるところ、もしかすると人々の生活は第1波ではそれほど悪くなっておらず、これらの要因が自殺の減少に貢献している可能性があります。

2020年の7月から10月においては、平均的に16%自殺が増加しました。この間、失業率は9ヶ月連続で増加し、友人や家族との接触も制限され、感染症への不安の声も常に聞こえていました。これらのことが複合的に、自殺リスクに影響を与えたと考えられます。

第2波においては、依然として男性の方が自殺率が高いものの、女性・子どもの自殺率の増加が顕著でした(男性7%、女性37%、子ども49%)。女性に関して着目すると、最近の研究では、コロナはレストラン、ホテル、旅行などの、女性がより多く働いている産業に大きく影響を与え、また、一斉休校により子育ての負担が増えたり、テレワークによりDV(家庭内暴力)が増えたり、家庭内での女性の負担も増える傾向にあるようです。これらの傾向は海外でも日本でも数字に表れているようです。また、子どもに関しては、若い労働者は低スキルであることが多くコロナ不況の影響を受けやすいことや、学校のスケジュールが変則的であることも、精神的な影響を及ぼした可能性があります。

これまでの議論はすべて考察に過ぎません。理想を言えば、例えば経済状況が自殺に影響を与えているかというのを特定する場合、「その他が同じだけれども経済状況のみが異なる状況」などをうまく活用する必要があります。しかし、現実ではコロナは経済・学校・家庭のあらゆる側面で影響を及ぼしているわけで、なかなかこのような状況を作り出すのは困難です。私たちの分析では、地域別に分析をしたりいろいろ行っているものの、要因を特定するまでには至っておらず、さらなる研究が望まれます。

よりよい社会のために

新型コロナウイルス感染症は、ワクチンが開発されるなど明るい兆しも見えますが、依然として「終わり」が見えません。日本は、10月末時点で人口当たりのコロナ陽性者数は米国の3%程度、ドイツの13%程度とかなり低いのにもかかわらず、IMFによると、すでに米国と同程度、欧州以上のコロナ予算(GDPの10%程度)を計上しているとのことです。私たちは財政の専門家ではありませんが、感染症の社会への負の影響(感染症への不安・経済の悪化・交友関係の希薄化など)は今後も続くと想定される一方で、給付金などは予算制約により持続しない可能性も考えられます。したがって、自殺が今後も高止まりしてしまうことも考えられるので、自殺の統計を細かく追い続け、過去の研究の蓄積などを参考に、適切な防止策を考えることが重要だと思われます。

さらに、本研究で明らかになったことは、新型コロナウイルス感染症流行下における自殺の動向は、過去の自殺の動向と大きく異なることです。一般的に金融危機などは男性成人の自殺を増やしたのに対し、私たちの分析では、コロナ下では、(依然として男性の自殺率の方が高いものの)特に女性・若年層や、以前には自殺率が低かった地域の自殺率が上昇したことを明らかにしました。今後の政策立案時には、このような、特に影響を受けやすい層・地域への対策が重要になると考えられます。

また、女性や子どもの間で自殺が増えたことは、コロナが社会に及ぼす影響を単に反映しているのに過ぎないのかもしれません。つまり、コロナは労働市場(賃金や雇用)でも、家庭(育児負担、家庭内暴力)でも、ありとあらゆる面で、女性や子どもに負の影響を与えていて、単にそれらが自殺という形で現れただけなのかもしれません。もしそうであるならば、その対策は自殺だけにとどまらず、幅広い支援が必要になるはずです。

最後に

最後まで目を通していただきありがとうございます。

いくつか注意点として、このノートは厳密でない・議論していない部分が多いので、詳細は論文や日本語サマリーで見ていただけますと幸いです。サマリーでは、「どんな防止策が望まれる?」「追加で給付すべき?」「経済と感染症対策はどうすべき?」などについての私たちの見解も説明しています。平たく言うと、「この論文からは判断できない」ということを書いてあるだけですが。。。また、引用などもここでは多くを省いているので、論文を参照してください。

本研究はジャーナルのサイトで、Appendixも含めてだれもがタダで見ることができますし、受理されるまでの改定の過程などはこちらで公開されています。また、データ・コードはすべてgithubで公開しています。

本研究が少しでもお役に立つことを祈っています。

Tanaka, T., Okamoto, S. Increase in suicide following an initial decline during the COVID-19 pandemic in Japan. Nat Hum Behav (2021). https://doi.org/10.1038/s41562-020-01042-z


香港科技大 田中
東京都健康長寿医療センター 岡本


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