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夏とラーメンとジャンボ尾崎
そのラーメン屋の店頭には、「ジャンボ尾崎大絶賛!」と大きく書かれた貼り紙があった。
その貼り紙は色褪せていて、「あの超超グルメなジャンボ尾崎さんが大絶賛した特製ラーメンをお楽しみあれ‼︎」とも書かれており、その下にはカウンターに座ったジャンボ尾崎がぎこちなく親指を立てている写真もプリントされていた。ジャンボ尾崎は今よりもずいぶん若い。
その貼り紙があったからだというわけではないが、ちょうど昼飯時で腹も減っていたので、私はその店に入ることにした。
店内は狭く、カウンター席のみで、客はいなかった。
「へい!らっしゃぁぁぁい!」
坊主頭に黒いTシャツを着た店主のオヤジが、カウンターの中から気合い過剰な掛け声を上げた。
「特製ラーメンでいいよね? ねぇ、いいよねぇ?」
私が席につくなり、店主はひょっとこのような顔をして問いかけてきた。私は戸惑いながらカウンターの上を見る。そして、店内を見回す。メニューはどこにもない。見知らぬ人とのコミュニケーションに非常な労力を費消するタチの私は、「じゃあ、それで…」と力なく頷いた。天井から吊るされた古い扇風機がカタカタ鳴っていた。ジャンボ尾崎が大絶賛しているのだから、まあいいだろうと思ったのだ。
店主は私の返事を聞くなり「とぉぉぉくせい、らぁぁぁめん、いっちょ!!」と一人で叫び、ラーメン製作に取り掛かった。水もまだ出されていないのに。
「へい!おまちぃぃ!」と勢いよくカウンターの上に置かれたのは、やけにでかいラーメンだった。
「60分以内に食べきったらタダだから」
と店主はなぜか誇らしげに私に告げた。
「あの、食べ切れなかったら…?」
「お代の1600円をいただきます」
店主は意地悪く笑う。
なんということだ。私は酷く戸惑った。
騙し討ちのように大食いチャレンジに巻き込まれたことに戸惑っているわけではない。この巻き込まれたトラブルの微妙さに戸惑っていたのだ。
まず、このでかいラーメンは、確かにでかい。だが、お腹の空いた体育会系の若者ならば容易に食べきることができるくらいのサイズなのだ。スープも醤油ベースで透き通っているし、細い縮れ麺も喉越しが良さそうだった。正直、なんとかならないことも無さそうだった。
それにペナルティのお代も微妙だ。昼食のラーメンに1600円は確かに高い。だか、どうしても払えないかというとそんなことはないし、このラーメンのサイズからしてまあ妥当な価格とも言えた。
「じゃあいきますよ?5、4、3、2、1。スタートゥ!」
私の戸惑いをよそに店主が鳴らすホイッスルの音が店内に響いた。私はしぶしぶ割り箸を手にし、ラーメンに取り掛かる。水はまだ出ていない。
その時だった。男がのそりと店内に入ってきたのは。
襟足の長いスポーツ刈り。目尻のシワの奥にまで日光が染み込んだような小麦色の肌。金剛のような大きな体躯。ジャンボ尾崎だった。
「おやっさん、いい加減、あの貼り紙剥がしてくれよ」
ジャンボは入ってくるなり、入り口を指さして言った。
「おお!ジャンボさん!まいどっ!」
店主は突然のジャンボに動じない。
「『まいど』じゃないよ。あの貼り紙はやめてくれって言ってるだろう?」
「なんでさ?ジャンボさん、特製ラーメンうまいって言ったろ?」
「そりゃあ…言ったけどさぁ。でも『うまい』ったって、普通のうまいだぜ?大絶賛なんかはしてねえよ」
「じゃあ、不味いってのかい⁈」
店主が急に激昂し、禿頭が紅に染まる。
「い、いやぁ。そりゃ…たとえばゴルフ場の昼飯で出てくりゃ、それなりにうまいって感じるけどサァ。わざわざ来てまで食いたいかっていうと…」
ジャンボは眉毛を八の字に歪め、しどろもどろになる。
「じゃあ、要するにウチの特製ラーメンはうまいってことでいいんだな?お⁈」
店主はジャンボに圧を加える。
「いやぁ、うまいってほどでも…。それにアレ、量が多すぎるッスよ…」
「何言ってんだ⁈ たくさん食わねえと大きくなれねえぞ?」
「おやっさん、俺、もう74すよ…」
ジャンボと店主の問答は延々と続いた。
私は特製ラーメンを無事食べ終えたので、彼らを残し、席を立った。結局、水は出されなかった。
店を出ると古びたカローラ2が路上に駐車されていた。たぶん、ジャンボの車だったのだろう。
ちなみに特製ラーメンはまずかった。海水のような味がした。
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