『ラオス入国』  1997.5.9

『ラオス入国』       1997.5.9

 今日はいよいよラオスに入る日です。ビザを申請したあと、土・日を挟んだために発行が遅れ、目の前にラオスがあるのにも関わらず、タイのチェンコンという街で3日間も足止めされてしまいました。ようやく全ての手筈が整い朝早くより準備を始めました。

 しかし国境越えはいたって簡単なものです。タイとラオスはメコン川を挟んであるため、ただ単に河を渡ってしまえばラオスに入れます。ただタイとラオスは長く対立関係にあったため、隣同士にもかかわらず両国を結ぶ橋はわずかに一本しかないようです。

 当然チェンコンのような田舎には橋は存在せず、ボートで渡ることになります。またこのボートがひどく小さく、人を5人ほど乗せたら本当に沈みかねないほど小さくてそしてオンボロです。

 いよいよボートは出発し次第に対岸にあるラオスの街並みが大きくなってきます。快調に進むボート(一応エンジンはついています)に乗り、風に吹かれていると、「あ~、なんか旅してるなあ~」と、ひどく心地よい気分になってきます。青い空と白い雲と、全てがラオス入国を祝福してくれているような錯覚を覚えます。

 そんな時“プスン・プスン”という音を立ててエンジンが突然止まってしまいました。そしてボートはあらぬ方向にしだいに傾いていきます。ボートの操縦者を見てみると、必死になってエンジンをかけようとしてのですが、なかなかかかりません。

 僕たちも「川の流れも緩やかで流されることもないし、まあすぐにエンジンもかかるだろう」と楽観的に考えていると、何やら足元から足元が冷たくなってきました。


 同乗していた重本さん(26歳、広島出身)が急に叫び出しました。「なんだこの船、水が入ってきてるじゃないか!」。これにはさすがに僕らも慌てました。目に見えて船の中に水が入ってきているのです。人間だけなら水に飛び込み岸まで泳ぎきる自信はあるのですが、僕にはそれとは別に15 kg にもなる荷物があります。これを担いで泳ぎきる自信はありません。

 船の中でみんなで慌てふためいていると、急にブルン・ブルンという強い音がしてきました。どうやらやっとエンジンがかかったようです。そして船の操縦者は何事もなかったような笑顔で「ノープロブレム」と言っています。わずか40~50メートルの川を渡るだけなのにこれだけの大騒ぎです。これからもラオス楽しませてくれそうです。


 ラオスに渡ってからもなかなかうまくいきませんでした。ボートから降りイミグレーションに行ったのですが、どうもビザの発行がなされていないというのです。ビザの発行は代理店に依頼し、その代理店が発行されたビザをラオスのイミグレーションまで持ってきてくれるということになってるのですが、まだ届いてないと言うのです。

 結局僕らはラオスに正式に入国にできないまま。DUTY FREE SHOP(デューティー・フリーショップ)の隣にあるテーブルで待つことになりました しかしそのテーブルは屋外にあり、メコン川を見渡せる絶好の位置にあるため、僕らは川を眺めながらボーっとしていることにしていました。

 すると20代半ばぐらいの、ニコニコしたラオス人が現れ、親し気に「どこから来たんだい?」とか、色々と話しかけてきます。ラオス人について何か怖いイメージがあったのですが、彼らはすごく親しげな雰囲気を持っています。

 彼とは2時間ほど暇をつぶす相手をしてもらいました。彼からラオス語を教わり、僕らを日本語を教え、そして彼は空手を習っているだとか色々な話をしました。

 彼とは主に僕と重本さんと話していたのですが、「彼女はいるの?」と聞くと、「いるよ、もちろん」と答えます。「写真はないの?」と聞くと、ゴソゴソと財布から取り出しその写真を見せてくれました。その写真に写っている女の子は本当にアイドルのような可愛らしい女の子でした。

 「Very Beautiful」(ベリー・ビューティフル)と私と重本さんがびっくりしていると、「当然さ。だってミス・ラオスだもん」と言っています。ミス・ラオスだと!? 「本当に君の彼女なのかい?」と聞くと、「そうだ」と答えます。

 この辺りから、“彼は大変面白いやつであるが、相当なハッタリ野郎ではないか?”という疑惑が出始めてきました。その写真をよく見ると、なにやら雑誌の切り抜きっぽいのです。


 そうしているうちに少し遠くのほうから、「大きな魚が釣れたぞ~」という声が聞こえてきました。詳しいことがわからないので彼に聞いてみると、どうも川の上流の方で珍しいほどの大きな魚が釣れたらしく相当の見物客が集まってるらしいとのことです。

 彼は少し興奮気味に、「俺も行ってくる」と言ってボートに乗って行ってしまいました。魚が釣れたと言っては大騒ぎし駆けつける、なんとのどかな国なのでしょう。ラオスという国はタイよりもさらにのんびりと時間が動いてるような気がします。


 ビザが届いたのは結局夕方の3時30分でした。なんと6時間30分も待たされたことになります。先ほどの彼は既に戻ってきていて、今度はやはりビザを持っている欧米人バックパッカーとトランプをやっています。彼に対して「じゃあそろそろ俺らは行くよー」と言うと、「待ってくれ~、住所教えるから写真送ってくれ~」と言っています。

 先ほど暇なので彼らと記念写真を撮ったのですが、それ送ってくれと言っているのです。住所を書いている彼に質問してみました。「ところだ、君はどんな仕事しているんだい?」。昼間からトランプしていないような仕事はどういうものだろう、という興味があったのです。


「Banker」彼は答えました。「えっ、バンカー?」銀行員だって? 僕はまた彼のハッタリと思い、少し意地悪く「じゃあ、両替はできるかい?」と聞いてみました。“何で銀行員が昼間から釣りに行けるんだ!”などと頭の中で思っていると、彼はいきなり立ち上がり近くにある小屋の中に入って行きました。

 そして窓から顔を出し、「こっちだよ~」と手招きしています。そして彼がいる薄汚い小屋の上には看板がかかっており、なんと“BANK BRANCH”(銀行の支店)と書かれていました。

 彼は「どうぞ、こちらへ」と何やら勝ち誇ったような笑みを浮かべ、手を差し出していました。
 

 ラオスという国が分からなくなってきました。明らかに日本とは異なる国のようです。時間の流れ方がまるで違いのです。一日中待ちぼうけをくらい、ほとんど何もできなかったのですが、ラオス人とはどういう人たちなのか、なんとなくそれを探す糸口を見つけられたような気がしました。

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