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スローに始める休日の朝、あるいはボサノバヴォイスの覚醒時間

今回は、久しぶりに自分のことを綴ろうと思う。
ゆったりした朝を、何気なく過ごした日の記録として──。



 めずらしく早起きをした。
 いつも8時過ぎにしか起きないのに6時に起きた。まだ寝ていてもいいけれど、薄暗い時分から起き出すのもちょっといい。
 夕べは忙しくて夕食後の片付けもできなくて、食洗機に食器を入れるのも億劫で、お風呂から上がってそのまま寝オチ。

 起きたとき、キッチンに汚れ物がたまっているのは大嫌い。他がどれだけ綺麗に片付いていようとも、シンクが汚れているのはただただ荒涼。
 すぐに食器を洗いたいところだけれど、まあ待て待て。ものは順番。まずは棚やソファの埃をぬぐおう。床掃除に取り掛かろう。

 床に落ちた埃は、昨日の私の溜息ためいきや悔恨を包み込んで横たわる。
 その光景を苦々しく見下ろしているのは、閻魔えんま大王の使者然とした強力掃除機。さあダイソン、キミの出番だ。吸引力の王様だ。轟音を上げて感情屑をリズミカルに食い尽くしてくれ。キミは本当に優秀だよ、立派だよ。

 窓を開け、昨日までの淀んだ空気を追い出した。部屋の中にはキンと冷えたまっさらな空気が入ってくる。寒いけれどしばらくはこのままで。
 ハローウィンド、グッドバイ。

 さて、清涼を得た部屋に音楽を流そう。
 朝はボサノバ。軽やかに爽やかに。エリス・レジーナとアントニオ・カルロス・ジョビンで大好きな「三月の雨」や「コルコヴァード」を。伸びやかなウィスパーヴォイスが心地いい。

▲Águas De Março Elis Reginaチャンネルより



 素朴な8ビートに癒されながら、汚れた食器をちらと見た。

 よし。今朝は食洗機を頼らずに、きっちりと手で洗おう。紺青色した清水焼の大皿も、雪平鍋も茶碗もまな板も、ひとつひとつ手に重さを感じながら厚みや感触を確認しながら丁寧に洗う。洗剤の泡が切れ、ピカっと洗い上がったときの清々しさたるや。
 洗いかごに丁寧に収めて水を切るとき、食器たちと会話をするような気持ちになる。心がだんだん整ってくる。
 食材を美味しく彩ってくれる器たち。いつもいつもありがとう。

 洗いものが終わる頃、火にかけた鉄瓶から湯気が立ち始めた。鉄瓶のお湯はまろやかで甘い。
 待って待って、いま火を止めるから。



ちっちゃいながらも威風堂々



 沸いたお湯をイッタラのグラスになみなみ注ぎ、しばらく置いておく。寒い時期はすぐ飲み頃に冷めてくれるから、その間に朝ご飯の支度でもしようかな。

 いつもの朝ならお白湯を飲んで、気分が良ければにんじん、キュウリ、セロリのスティックなんかに塩とオリーブオイルをかけて丸かじり。それで終わり。

 でも今日は早起きしたせいかお腹が鳴った。鳴ったら食べなきゃ女がすたる。いや、胃がすたる。もうちょっと手をかけよう。パンにチーズも食べてみよう。ルイボスティーで体ごと温めよう。
 朝は急いで、ではなくゆっくりと。せっかく早起きしたんだし。
 で、文鳥が欲しいなんて思ってみたり、今日一日のことを考えたりして心の中も満たしていく。



キヌアとチアシードのバンズもどきに
チーズとオニオンを挟んだ。
あとはカマンベールチーズと
ほうれん草とキャロットのラペ。
火を通したのは目玉焼きだけ


 食べ終わったら8時を過ぎていた。食器を片付け、ベランダに出て外を眺める。駐車場から響く子どもたちの歓声が、すっかり明るくなった薄水色の空に似合っている。

 今日は一日巣ごもりをして、永井荷風の『断腸亭日乗』と金原みわの『さいはて紀行』を読むつもりだったけど。
 今、むしょうにどこかに出かけたい。バッグに本を詰め、知らないところで読んでみたい。部屋から漏れる透明なボサノバヴォイスさえ、外の光に取り込まれていく。

 気分、準備完了。フル充電。
 ブラインドをさっと下ろし、迷わずコートに腕を通した。バッグの用意なんかあっと言う間。どこに行くかは決めていないけど。

 まあ、とにもかくにも逸る気持ちを抱えたまま、私はつむじ風のごとく飛び出した。





<後日譚>

この後、そうだそうだと思いついて行ったのが、前回の記事で紹介した恭文堂書店と往来堂書店。
評判上々の、よその街の小さな本屋さんなんである。



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