みのりて〈室内楽の秘境 Ⅱ〉うつろう旋律、発光する音響

6/30に東京コンサーツラボにて開催される、みのりての第二回公演を目前にして、当日配布するプログラムの解説(今井が担当した分)をこちらにも掲載してみようと思います。

トリスタン・ミュライユ (1947*) とロベルト・シューマン (1810-1856)

《子供の情景op.15》 は、シューマンによって、1838年に後の妻となるクララに宛てて書かれた。まるで自身の幼い部分をクララと共有し、愛を伝えるかのような特別な作品だったのかもしれない。ミュライユは、この作品について、表現力の豊かさ、そして刺激的な可能性が秘められた音楽で、簡潔なアイデアに基づいているにも関わらず、創造性に優れた作品であると評している。

では、ミュライユは、シューマンと自身との世界をどのようにして繋げたのだろうか?この作品は、シューマンとして聞こえるのと同時に、否が応でもミュライユ作品とも聞こえるのである。ミュライユは、作品のノートに、以下のように記している。

...私は、もっともらしい当時の楽器法、そして裏切りに繋がり兼ねない「書き直し」というアイディアを捨て、シューマンのエスプリと楽譜に忠実でありながら、アイディアや感情を増幅させる「カラーリング」をすることを選びました。(まるで古い白黒の古い映画を色付けするような方法で)中略...この作品の「子供っぽさ」または魔法のような側面を増幅するために、特殊奏法を用いた音色と、それらの組み合わせから倍増する音響効果を躊躇せずに、使用しました。...

新たなパレットによって色付けされた本作品は、トリオには止まらず、遥かに大きなオーケストレーションのように錯覚するミュライユ の魔術が生きた作品である。

また、子供の情景の後に演奏される〈ズライカの歌〉は、子供の情景が書かれた二年後、結婚式の前夜にシューマンからクララへ贈られた歌曲集《ミルテの花》に収められている。とめどなく溢れ出す愛が、一語一句から見て取れる。また、《ミルテの花》は、 《子供の情景》の引用が多数使用されていることでも知られている。シューマンの病がひどくなる数年前、二人の幸せの絶頂期の音楽である。

本公演の後半プログラムでは、ミュライユの《ヴィンセントの手紙》を取り上げる。本作品は、ゴッホが弟に宛てた手紙からインスピレーションを受けて書かれたもので、ミュライユ は、幼少期に見たゴッホの手紙について、ゴッホの絵画と同じように、心を動かされたと記している。時に素朴で、心を痛め、懇願し、時には絶望的で、時には非常に支離滅裂に、考えがまた別の考えへと飛び移っていたと。

本作品は、短い4つの音符のモチーフで始まり、ゴッホのすべての手紙の始まりである「親愛なるテオ mon cher Theo」というフレーズが当てられている。 またミュライユは、フルートとチェロの倍音の急速なキャッチボールを、ゴッホの絵画技法の比喩に当てたと記している。テオに呼びかけるようなゴッホの手紙の中には、特殊奏法を駆使し、その手紙の中にある不安定な世界を表している。絶望と希望が共存し、その痛みと美しさが残響に浮遊する。密やかな手紙のような作品である。

ベアート・フラー(1954*) : 不安定な土台の上(の) 声とフルートのための (2000-2001)

フラーは、1954年スイスのシャフハウゼンに生まれ、ウィーン国立音楽大学にて指揮と作曲を学び、1991年よりグラーツ国立音楽大学の作曲科の教授を勤めている。Klangforum Wienの設立者であり、現在、世界を代表する現代作曲家である。
本作品タイトルは、ウィーンを代表する女性作家フリーデリーケ・マイレッカーのラジオドラマの「Arie auf tönernen Füßen」より引用され、詩はマイレッカーの詩集 「Benachbarte Metalle」より引用されている。鳥や花、雨や灰など刹那的なモチーフをボイスパートが囁くように言葉を紡ぎ、フルートは静かにその景色から発せられる音のように、モチーフに呼応して変化し、まるでラジオドラマを聞いているかのような作りになっている。

モーリス・エマニュエル(1862-1938) : 3つのアナクレオン風のオデレット

1862年、フランスのブルゴーニュ地方に生まれる。パリ音楽院にてドリーブに師事するが、民謡や異国の旋法に深い興味を持っていたエマニュエルは、保守的なドリーブから敬遠されるようになる。その後、ギローの作曲クラスに移り、同窓生のドビュッシー と、生涯の友人となる。エマニュエルは、作曲と同時にソルボンヌ大学とエコール・ドゥ・ルーヴルで古典言語学と美術史を学び、博士号を取得している。研究テーマは「古代ギリシャ舞踏 La Danse grecque antique d'après les monuments figurés1896」であった。エマニュエルの異国の文化へ対する興味は、ここでも明らかである。

本作品は、ベローとロンサールの詩に基づいて、1911 年に書かれた。アナクレオンティックとは、古代ギリシャの詩人アナクレオンに由来し、7音節で構成される抒情詩である。流動的な旋律と、韻を踏んだポリリズムは、文学に造詣が深いエマニュエルならではである。この自由で流動的な音楽は、初演後すぐに人気を博し、再演される機会の多い作品となった。1921年には管弦楽版も作られ、ローズ・フェアとマルセル・モイーズ、フィリップ・ゴーベールの指揮の元、パリ音楽院管弦楽団で演奏されている。


みのりて〈室内楽の秘境 Ⅱ〉うつろう旋律、発光する音響

日時:2023
年6月30日 (金) 開場18:30 開演19:00
会場: 東京コンサーツラボ

出演:
小阪亜矢子 メゾソプラノ
今井貴子 フルート
北嶋愛季 チェロ
安田正昭 ピアノ

入場料:一般4000円・学生1500円・中学生以下500円(当日各500円増)
ご予約: https://teket.jp/3461/21379

プログラム
ドビュッシー:牧神の午後のための前奏曲(fl,pf)
ドビュッシー:ビリティスの3つの歌 (m-sop,pf)
ミュライユ:ヴィンセントの手紙 (fl,vc)
ミュライユ:シューマン「子供の情景」によるルレクチュール (fl,vc,pf)
フラー:auf tönernen füssen「不安定な土台の上で」 (m-sop,fl)
エマニュエル:3つのアナクレオン風のオデレット(m-sop,fl, pf) 他

主催|みのりて
お問い合わせ:minorite22@gmail.com (事務局)

オフィシャルHP https://minorite.wixsite.com/website


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