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日曜創作劇場「USBメモリ」



(どうしよう、死ぬほど質問したいけど、できない。)

さわ子23歳は、今、自分のPCに刺さったUSBの中のフォルダーを前に固まっている。

午後18時。出払っていた社員がミーティングから戻りプロジェクトの進捗を共有して早い時間の退社に向けて出入りラッシュとなる。

半年前に入ったこの会社は、映像制作を中心としたクリエイティブなことを業務にしている。クリエイティブなことはよくわからないさわ子だが、経理事務として働いている。

さわ子は、そこで出会った2つ年上のタツヤと付き合っている。

タツヤは、制作部という部署の主任だ。
制作部とは、

("わかりやすくいうと・・・")

ほどんど現場に行くことのないさわ子に説明してくれたときのタツヤの誇らしい顔を思い出す。

("撮影をスムーズに進めるために、必要不可欠な縁の下の、力持ち!!")

実際、地方の中規模の映像制作会社にとって制作部は、文字通り「なんでも屋」なところがある。撮影がスムーズに行くようにディレクターやプロデューサー(ときにクライアント)の意向、カメラマン、録音スタッフなどの技術スタッフの技術的問題への配慮、美術部の予算がない現場では小道具の調整なども制作部の仕事になる。撮影前の準備期間から撮影後のお礼周りまで、調整に始まり調整に終わる。

("映像に映らないからって、制作部の予算を撮影日だけしか取ってない、みたいな現場が最近多くて・・・たまにヘルプに呼ばれたりするけど、全然わかってない。俺たちゃ弁当屋じゃないつーの!)

実際、撮影の1日をとっても、一番最初に現場に入り、一番最後に現場から出る、結構過酷な部署だ。

25歳のタツヤは、主任にしてはだいぶ若い。機転が効くのはもちろん、もともと人のサポートが本望ということ、学ぶ姿勢、謝る姿勢、考える姿勢、どれをとっても中々の逸材で、成長も早かった、と副社長にきいた。(あと副社長は、「ま、制作部希望で入ってくるなんて、そんな変人、、いえ、奇跡に近いからね・・・」といってたっけ・・・)

そんな彼から「一目惚れ!」と告白を受けたのは約3ヶ月前のできごとで、仕事ができる男にめっぽう弱いさわ子が、お誘いを受け入れるのに時間はかからなかった。

会社は、社内恋愛は禁止・・・ではない。というか会社自体が代表(50代男性)と副社長(40代女性)の夫婦経営なので、「仕事に影響でたらアウト」とは口すっぱくいわれても、とくに決まりはなかった。

しかし昔からひやかしの類が嫌いだったさわ子の希望もあり、二人の関係は、一応秘密ということになっている。

前置きが長くなったが。

今、さわ子は些細な用事でタツヤから預かっているUSBのあるフォルダーの中身をみてしまって固まっている。

「この中の、今日の日付の企画書を夕方ぐらいまでに5部コピーお願い」とタツヤに頼まれた仕事をこなしたら、すぐ戻せばよかったのだ。

でもUSBの中に、その、フォルダを見つけてしまった。

「S」と書かれたフォルダ。さわ子はもしかして、さわ子のSか、と思ってちょっと開いてみたくなったのだ。

しかし、その「S」は別の意味だったことが、すぐにわかった。

そこには、手には鞭、や蝋燭、セクシーな下着をみにつけた綺麗な女性たちの源氏名らしき写真が、たくさんあったのだった。

さわ子は、内心、パニックになった。

タツヤは、そういう趣向の持ち主なのだろうか。

痛いのが苦手なさわ子には、その趣向はない。

二人は、とても話があったが、お互いの仕事がいそがしく、まだ二人の距離に大きな進捗はない。

今ならまだ間に合うのか。丁重に事情を説明し、お断りした方がいいのか。

でもさわ子はタツヤのことが好きになってしまっていた。

(人は変えられない。自分が変わるしかない。)

昔から好きな言葉だったが、こんな時にも使うのだろうか。

途方にくれていた時に、さわ子を呼ぶ声がした、副社長だ。

「さわちゃん 今、藤本のUSB持ってるしょ?
「S」ってフォルダのデータ、圧縮してさ、今wifiで私に送ってくれる?」

「あ・・・はい・・エスですね!!!」

さわ子の頭はグラグラした。

「そうそう、エスエムのエス!!うふふ♩」

さわ子は我に帰った。
よく考えたら社用のUSBだ。
それは、副社長がとあるテレビ局に提案中の深夜ドラマ「S」の企画書に使用予定の主役のイメージリストということだった。

さわ子は、勝手に妄想を爆発させた自分が急にはずかしくなった。

出先から戻ってきたタツヤがさわ子に笑いかけた。

(「仕事に影響でたらアウト」)

副社長の言葉を思い出すと、さわ子は、頭を冷やしに、ふらふらと屋上に出た。

恋をすると感情が忙しいな。

でも、それもわるくない。

と、夕暮れの空を見て思った。


*2017/12/16 に書いたものにちょっと大幅に加筆修正。
*当時、目の前にある「モノ」から物語を作る挑戦だったのでデスク周り系が多く、そのせいだからか?オフィスに関する話が多いと気づく。
*当時アルバイトとして入った実績のある広告代理店さんの規模(社員・事務アルバイト含め4、5名)を、大体15-20名ぐらいのちょっと大きくしたイメージで書いてます。当時はアートディレクターとして仕事されてる方もほぼいなくてディレクター指示で制作部が小道具やら内装やらやっていた記憶が…。私は有能な先輩について働くアルバイトだったので有能ではありませんでしたが。(ハイエースの運転は楽しかった・・・。)
*自分がフリーランスだった頃2003-2004年ごろ、なので20年前ぐらいの話なので今はだいぶ違うかもなぁ。


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