小説『無題』~2018年文学フリマ発表作品⑤~

こんばんは。

本業が忙しくなってしまって,気づけば当日まであと3日。

駆け足で昨年の作品を投稿していきます。

よろしくお願いいたします!


5. 決断

陸上自衛隊習志野駐屯地の会議室の一室では救出作戦のブリーフィングが行われていた。
誘拐事件について分かっていること,他国また他部隊からの支援,救出作戦の概要,作戦スケジュール,装備,交戦規定,脱出ルート全てを説明したのち,群長はこう言った。
「この作戦は,現在まだゴーサインが出ていない。そして作戦の性質上,一歩間違えれば高度に政治的な問題が発生することになり,今後の日本の国際的な立場にも影響すると考えられる。よって,この作戦ではミスは絶対に許されない。現地軍はもちろんだが,住民にも悟られてはいけない。何も痕跡を残さないことが絶対条件になる。非常に高度なミッションだが,諸君が日頃の鍛錬を怠っていなければ成功するだろう。幸運を」
ブリーフィングを聞いていた隊員たちは無言で激励に応え,めいめい出撃準備を始めた。

首相官邸の一室では,首相が集められた情報を目の前に黙考していた。救出作戦に必要な情報は全てそろっていた。あとは自分の許可だけ。
だが,大きな決断になる。「許可する」の一言。発することそれ自体は何のことはない。適切な口の形を作り,息を吐くだけだ。だがそれができない。
どうしても失敗したあとの問題が頭から離れないのだ。許可しなかったら?
そのリスクも大きい。今後の安全保障分野での国際的な地位の失墜。
日本の国益を考えればはるかにリスキーな選択肢のように思える。
これが「前門の虎,後門の狼」というやつか。それなら……と思い,彼はようやく息を吐いた。
「許可する」

出動命令が発令された習志野駐屯地では,出撃準備が始められた。出動はチームアルファのみだ。
それもそうだった。日本国内での作戦ではないし,それも絶対に見つからないという条件がついている。
装備もハンドガンと89式5.56mm小銃と暗視スコープ,予備マガジン,防弾チョッキのみとされ,スタングレネード,手榴弾,C4爆薬など突入に便利な装備は一切無かった。
それでも対処できるような訓練はされているが,それでもないのは心細い。
だが,日頃の訓練を信じよう。気に病むのは来週に。俺たちはこういう事態を想定して訓練しているんだからな。アルファチームの隊長はそう思い,第1ヘリコプター団と合流した。


もう死ぬ。俺は間違いなく死ぬ。
着実に迫る死神の足音を聞きながら東雲はそう思った。というかそれしか考えられない。
頭が働いてくれない。
氷水に頭を突っ込まれ,つるされてバーナーで焼かれる。
生きているのが不思議なくらいだった。こんなのドラマの中だけだろうと思っていた。そう思うのも何回目だろうか?
彼が経験した一番のストレスは,バカで低学歴の直属のクソ(ファッキン)上司(シット)の無茶で理不尽な要求と罵詈雑言だったが,そんなものとは比べものにならなかった。比べようもなかった。
もう無理。死ぬ。むしろ殺してくれ。何も知らない。というかそもそも喋る気力すら無い。

男はここまで痛めつけて喋らない東雲を見て感心するとともに一抹の疑惑を抱いていた。それは人違いだったということ。いや。誘拐対象は間違っていないのだがクライアントが間違えたという可能性。
もしそうだとしたらマズい。今すぐにでもここを引き上げなくては。誘拐してから2日。日本国内ではすでに誘拐事件については報道されているだろうし,されていなくても政府が情報をつかんでいて対処し始めていることは間違いない。誘拐の目的上,日本だけじゃなく「西側」から追われることになるだろう。そんなこと冗談じゃない。
逃げるしかない。コイツは焼こう。跡形もなく焼こう。
そう考えると,男は脱出の準備を始めた。


6. 出撃
ヘリのパイロットはフライトプランを受け取り,目を丸くした。
燃料は満タン。これはいい。問題はその後だ。
木更津を飛び立ち,無補給で北朝鮮の領空に入りチームを降下させる。そして,再合流して木更津に帰投? 無茶にもほどがあった。
そもそもこんなの片道切符だ。遠すぎる。せめて日本海で中継しないと無理だ。
そう抗議すると「海自に頼む」と言われたが,それでも厳しい。
航続距離はともかく他国の領空に入るんだぞ? 一歩間違えれば撃墜される。格納庫では急ピッチでステルス仕様にされていたがそれでも不安だ。
搭載される機器は実戦で使用されたことがないと聞いた。米軍が開発した新型のステルス装置らしい。だが,なんだってそんな信頼できない装備を積んで飛ばなくてはいけないんだ。

長崎県佐世保市。海上自衛隊の佐世保基地に1通の通知が届いた。内容は「本日1800時木更津を出発するUH-69AJの支援を命ずる。任務は搭乗員,機体整備等に関する全般的な支援である。作戦海域は韓国と日本の領海付近とする。」だった。総監はすぐに「訓練中の第2護衛艦隊に連絡。可及的速やかにこの任に就かせろ。」と命じた。

男は悩んでいた。焼くにしてもこの国ではガソリンが手に入らないのだ。痕跡を跡形も残さないには塩酸も言われているがそれも手に入らない。であればここでの自分の痕跡を全て消し,すぐに逃げた方がいい気がしてきた。うん。そうしよう。善は急げだ。

「HQよりアルファ。作戦に変更はない。木更津を離陸後,佐世保第2護衛艦隊と合流。補給後に救出作戦を開始しろ」
離陸直前のUH-69AJ,通称ブラックホークの機内で習志野からの無線が入った。
「アルファ了解」
隊長が応じると習志野にいる群長はこう答えた。
「これより,通信は最小限にとどめる。幸運を」
無線が切れるとパイロットが冗談交じりにこう告げた。
「ご搭乗ありがとうございます。この飛行機はBH001便。日本海を経由します北朝鮮行きです。機長は萩原。副機長は井上です。約6時間のフライト,狭い機内で恐縮ではありますが,どうぞごゆっくりお過ごしください」
言い終わるのと同時に,後ろからのわずかな殺気を感じこう訂正した。
「離陸します」
日本海までは順調だった。3時間ほどで護衛艦隊と合流。給油と整備を受けすぐに離陸した。ここからは慎重なフライトになる。韓国との領海はすぐそこだし,最終目的地はあの北朝鮮だ。ルートはできる限りリスクが無いように設定されていたが,それでも胃がキリキリした。
時刻は日本時間で2130時。暗闇が味方してくれることを祈りつつ,新しく装備されたステルス装置を起動させた。とりあえずこれでレーダーからは消えることができる。あとは「運を天に」だ。
ここに帰ってくるのは5時間後か。何もないことを祈ろう。


本日,2章投稿させて頂きました。

拙い小説ですが,よろしくお願いいたします。


さて,お知らせです!

3日?4日後?の11月24日(日)に東京で開催される文学フリマに今年もサークル出展します。

私の書いた小説が『メゾンの物置』という本に掲載されます。

よろしければ,来ていただけると幸いです!

ぜひよろしくお願いいたします!

『メゾンの物置』Webカタログ↓

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