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アジャイルに仏教の教えを見た

アジャイルの源流に日本の製造業があることはよく知られた事実です。その代表であるトヨタ生産方式の礎となったトヨタグループ創業者の豊田佐吉が、仏教(日蓮宗)の教えに影響を受けていたことはあまり知られていないのではないでしょうか(もう一方の報徳思想については別記事でいずれ書きたいと考えています)。

豊田佐吉は1867(慶応3)年、現在の静岡県湖西市の生まれ。
開国して海外から大量の技術や製品が流入し、「自分が頑張って、
世のため人のために尽したい」という熱い想いを持った明治の青年
の一人でした。国家社会に奉仕することはこの地方に伝わっていた
報徳思想※から、貫き通す強い精神力は日蓮宗の影響を受けたと
言われています。
トヨタ産業技術記念館 - 「佐吉の志」より

他にもスクラムの源流である"The New New Development Game"の著者である野中郁次郎先生がRSGT2021内で実業家の稲盛和夫氏について研究されていることを知り、稲森氏について調べたことがありました。すると経営哲学のベースには仏教からの学びがあるということを知りました。

海外でもスティーブ・ジョブズやジャック・マーなど仏教徒としてよく知られている実業家たちは多くいます。このように偉大な実業家の思想の背景に仏教の影響があるというのはいくつか例があることがわかります。この話は本題ではないのでこれぐらいにして、仏教の教えとアジャイルの思想がどう共通しているのかを見ていきましょう。

仏教の教えとアジャイルの思想

仏教の基本的な4つの教えを四法印(しほういん)といいます。

仏教の教え

私はこの四法印を見たときハッとしました。時間やさまざまな事情から変化していく事柄は、すべてが思い通りにいくことはなく、それを受け入れ利己だけではなく利他のために行動していくことが仏教の教えだとすると、それはアジャイルが生まれ広まっている根底の理由と共通するものがあります。

プロセスやツールよりも個人と対話を、
包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを、
契約交渉よりも顧客との協調を、
計画に従うことよりも変化への対応を、
アジャイルマニフェストより

諸行無常であり一切皆苦ですべて計画通り思い通りに行くことがないVUCAな世界だからこそ「変化への対応」をしていくことに価値があります。あらゆることが人や事の繋がりの中で変化していく諸法無我の世界だからこそ、「個人と対話」と「顧客との協調」を重視します。そうして自分たちの行動とその結果である「動くソフトウェア」をふりかえることで受け入れ、よりよい価値を生み出せるより強いチームを永遠と目指していくためにもがく姿は涅槃寂静を目指す修行のようでもあります。

仏教は四法印の他に四聖諦(ししょうたい)という「苦しみの原因が生まれる理由とそれを取り除く方法」も説いています。

四聖諦

この四聖諦の実践は上の図の通りループとなっており繰り返していくことで悟りの境地に少しずつ近づいていくのです。苦しみと向き合うというのはまさしくふりかえりに他ならず、自分の苦しみの源泉はどこにあるのか、何に執着しているのかというその因果関係を苦諦と集諦で見つめ直すのです。そして、滅諦で自分の目指す場所を理解し、そこを目指すための修行として八正道(はっしょうどう)に法った行いを取っていくのです。

八正道
正見:正しいものの見方、考え方を持つこと
正思惟:怒りや憎しみに左右されることなく、正しい意志で判断すること
正語:嘘や悪口をいわずに、正しい言葉を使うこと
正業:殺生や盗みなどをせず正しい行いをすること
正命:行儀よく、規則正しく仕事に勤しむこと
正精進:良い方向に向かい正しく努力を継続すること
正念:今の状態に正しい意識・思いをもつこと
正定:正しい心を保ち集中すること

八正道を知ると今度は「正しさ」とは何かに疑問を持つのではないでしょうか。私はこの「正しさ」とは人の良心であると同時に自身をとりまく環境から導き出すべきものではないかと考えています。もしそうなのであれば、正解がわからないプロダクト開発の中でプロダクトもチーム自身も探索しながらより良い状態を求めていくアジャイルの思想と根底の部分が同じであることが見て取れます。

四法印、四聖諦、八正道と見てきましたが、それらを通して私達が理解すべきことは人々は皆が思い通りにならない苦しみを抱えていて、その苦しみに向き合って、真因を探り、その真因に対して正しい姿勢や考え方を持って立ち向かっていかないことには苦しみから逃れられないということです。問題から逃げてしまったり(一時的に距離を置いて落ち着くのはあり)、あるいは対処療法のように表面にフタをするでは本当の意味で変われないのです。

このことは私がコーチングしていて常々思うことで、アジャイルを推進していく上で問題が起きた時にどういうスタンスでものごとに臨むかです。

日本に仏教が浸透していることはチャンス

私はこの仏教とアジャイルの思想の共通点は偶然生まれたものではなく、冒頭に述べたようなアジャイルの源流となった豊田佐吉の思想に色濃く影響をしていたが故ではないかと信じています(根拠はないです 笑)。あるいは、二千年前にお釈迦様が悟った四法印と、ソフトウェアの達人たちがアジャイルマニフェストとして導き出した原則は、どちらも普遍的な真理であるがゆえに共通の価値観を持っているのかもしれません。

いずれにせよ、仏教という日本において馴染みの深い宗教の教えがアジャイルの価値観に近いことは私はチャンスだと思っています。仏教の教えは「いただきます」や「四苦八苦」という言葉で定着していたり、歴史の中でも廃仏毀釈や国家神道など逆風にあいながらも人々の生活に根付いていたがゆえに残り続けました。今回説明した四法印をはじめとした教えを知らずとも、日本人の精神に意識的・無意識的に影響を与えています。その精神性とアジャイルは説明したとおり近しく相性はいいはずです。

結論として何が言いたいのかというと、アジャイルの思想はまったく新しいものではなく私たち日本人にとって馴染みのある考え方であるということです。アジャイルという言葉で広がっているがゆえ、黒船来航のごとく恐る恐る接されていたり自分たちにはまだ関係がないと受け止められてしまうことがまだあります。実態はそうではなくて、プロセスやツールなどを抜きにして語ればアジャイルは自分のためにも他人のためにもより良く生きるための考え方なんだよということが伝われば幸いです。

私個人としてはこういった共通点を知ることで、仏教に対する捉え方も変わりました。熱心な人々が心の拠り所にする意味がようやく理解できてきたり、二千年もその思想が受け継がれてきた理由がわかり、初めて仏教の教えに心から共感することが出来ました。ちなみに仏教徒になるには、教えを信じ実践するだけで洗礼などはいらないそうです。なので今日から私はアジャイル仏教徒(Agile Buddhist)を名乗ろうかと思います。笑

参考文献:
トヨタ産業技術記念館.佐吉の志
アジャイルソフトウェア開発宣言
日蓮宗ポータルサイト.お釈迦様の教え
渡辺 修宏、小幡 知史.徹底的行動主義に基づく八正道の再構築

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