見出し画像

小笠原滞在記 Day 8 「撮らせてもらってただけ」

連日連夜、2月の天の川なんて撮るべきでない。天の川が出てくるのはだいたい3時半を過ぎた頃、完全に現れるのは4時過ぎ、天文薄明が終わるのは5時前。チャンス少な過ぎ、条件厳し過ぎ。

「絶対に小笠原のこの場所で天の川を撮るんや!」と決意して二日目。この日のスタートも(というかDay 7の終わりともいうけれど)、この通り空振り。これが天体撮影というものですよね。いやー、きつい。

画像1

ちなみにこの神々しい光は太陽ではなく、ほとんど新月に近くなっている月の明かり。周りが完全な暗闇のために、わずかな月の光でもここまで強調される。この黒に、天の川を乗せたくなるってもんでしょう。動画にするとさらに雰囲気は良くなる。

とはいえ、ここまで分厚い雲が張り出しているのに、夜明けまで粘っていられるのにはそれなりにちゃんと理由もあって、小笠原の空って、天気予報なんてどこ吹く風で、いきなり雲が切れたりする。この日も天の川の時間帯は全然ダメで、夜明け前に帰ろうとし始めると、急に空が美しくなってきた。そして見せてくれたのがこんな夜明け空。

画像2

秋の空も真っ青の劇的な変化も、太平洋のど真ん中だからこそ。こういう天候の変化を滞在中にずっと見ていると、「天気予報がちょっと悪くてもチャンスがあるかもしれない」って思っちゃう。そうやって空振り2日目。なかなか簡単には撮らせてくれない。

そんなこんなで睡眠不足がパフォーマンスを低下させ始めた8日目、山に登ってオガサワラノスリと夕焼けの撮影にトライしてみるも、見えている景色のコアのところを捉えられない。絶景を前にして、うまく頭が働いていない自分が歯痒い。

画像3

画像4

画像5

撮り終わって、沈む太陽を見ている時、ようやく気づいた。このパフォーマンスの悪さは、睡眠不足のせいじゃない。俺だ、俺が甘いんだ。小笠原に来てからずっと、漫然と「この最高のロケなら、どこへ行っても絵になる」なんて僕は思っていた。どこへ行っても最高の風景、何に向かってシャッターを切っても最高の写真。でも、それって、小笠原に撮らせてもらってただけだった。

自分の甘さが露呈する1日だった。この日までに素晴らしい成果を毎日あげられたのは、自分の力でもなんでもなかった。最初の日から完璧なナビゲーションを考えてくれていた北村さんや、絵に物語を載せてくれるなぎちゃんの存在、そして何よりも、「小笠原の良いところ」をピンポイントで教えてくれるPAT INNの皆さんや小笠原で出会った人々のおかげで、僕は「撮らせてもらってた」だけだった

ここからは、自分で何かを撮らなきゃ行けない。僕が何かを返せるようにしないといけない。最高のロケと最高の信頼に応えるような何かを、一枚でも撮らなきゃいけない。照準を決めた、天の川だ。しかも、僕の頭にはすでに構図のアイデアがしっかりあった、天の川に月の光で橋をかけよう

そのアイデアは、この記事の最初にあげた、あの空振りの天の川の写真を見て思いついたのだ。こんなに暗くて、新月みたいな月なのに、十分明るく映り込んでしまっている。天体撮影にとって不利なこの条件をうまく使えば、普通じゃ見られない天の川写真になるはずだ。小笠原の夜の暗さと、月の場所、天の川の位置。調べてみると、どうやら次の日か、その次の日にちょうどいい条件になるはずだった。

そこまで考えて、ようやく「風景写真家」として歩き出した日のことを思い出した。初めて地元の夜景を撮った時、その写真は自分の故郷を写したはずだったのに、見たことのない「知らない街の姿」が写っていた。その写真を見ながら僕が考えたのは、写真が拓くのは、たった一枚の固定された「事実」ではなく、同じ場所に多層に重ね書きして描かれる、世界の多様な認識の可能性だった。そのことを僕は、一度とても大事に書いている。

この文章の中で僕はこんな風に書いた。

真実が何1つ疑われることもなく正しいものであると固定される限り、写真は現実のコピーを目指すしかなくなる。だが、実は我々はすべて違う現実の中に生きているとするならば、写真はこの世界が広がりと多様性に満ちていることの証明になる。真実は1つではない。1枚の写真が撮られるたびに、世界はまた1つ増えていくだろう。この世界は我々1人1人に開かれた場所であるということを、私はなんとしても知りたかったのだ。

小笠原に来て8日目。あと三日で終わるところで、ようやく僕は、この小笠原の大地に「自分の足」をつけることができた。パフォーマンス最悪の1日の終わりに、僕は自分のやることを思い出す。自分がやらなきゃいけないことを思い出す。世界は多様であること、見る人ごとに世界は常に「物語」として拓かれていくこと、それを小笠原でも実践すること、他ならぬカメラと写真を使って。

でも甘くない。分厚い雲に阻まれた前日の夜の再現のように、この後の夜も小笠原の海はその神秘の星空の全景を分厚い雲の下に隠してしまった。まるで昨晩の繰り返しのように、睡眠不足でぼんやりした頭を抱えて宿に戻る。チャンスはあと二日。

画像6


記事を気に入っていただけたら、写真見ていただけると嬉しいです。 https://www.instagram.com/takahiro_bessho/?hl=ja