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1st day, morning :Chiang Mai, Thailand

ふと目覚めると日付は変わり、飛行機はそろそろバンコクに入るころだった。エアアジアのシートは狭い。足元の広い席を選んだにも関わらず、体はこわばっていて、少し動かすとひどく左腕が痛い。右手の指先はしびれたようにこわばっている。40にもなるとからだの各部から柔軟性が失われていく。不快だ。

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19歳の初めての旅の時、いや、20代や30代前半頃までの旅でさえ、飛行機の中で痛みで苦しむなんていうことはあまりなかった。多分命の強さが、痛みや不快感を抑え込めるほど強かったのだ。でも30後半から、旅に行く度に衰えを感じる。ぼんやりと死の近づきを感じる。よく老人になると頑迷になると聞くが、それも仕方がない。体が衰えると生きていること自体が不快になる。人間としての余裕が失われていく。飛行機の狭い空間内に押し込められて、物理的な「拘束」を受けると、20年後あたりに自分が直面する不快な未来が見える。

着陸直前、窓から海岸線を彩るオレンジ色の街灯の光が見えた。まるで地球に縫い込んだレースの糸のような、繊細な縁取り。それ以外は闇の黒。人間の生きる領域の狭さを実感する。

時々地面に丸い光が映り込んでいるのに気づいた。窓に近づいて狭い画角から上を見上げると、どうやら今夜は満月に近い月の出らしい。その光が、地面に反射している。地面に反射?どこにそんな反射率の高いものが、こんなに広範囲に国土に広がっている?目を凝らしてよく見ると、それはどうやら水らしい。そうか、水田だ。飛行機が着陸しかかっているこのバンコク都市部に近い場所でも、何キロにも渡って水田が広がっている。その水部分が黒い夜を吸い込んで、真っ黒に広がっている。そして空の満月をきれいに映し出す。まるで空に向かって着陸しているような気分になる。

バンコクの空港は、都市特有の埃っぽい匂いに満ちていた。エアコンにたまったカビの匂いと、その都市自体が長年蓄積してきた気配のようなものが鼻をつく。異国に来たことを身体が受け入れる瞬間。

時間は3時45分。まだ世界は眠っている。勤勉な旅人だけが、疲れ切った体を半分の覚醒の中で無理やり動かしている。目についたバーガーキングで朝ごはん。アメリカの味。早朝の空港には疲れと諦めが満ちている。こんなにも近代的で、こんなにも間違いが許されない空間において、僕らは最も怠惰になる。ポテトとパテを貪り食う。

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チェンマイにつくと、季節が逆戻りしていた。顔を撫でる湿度の高い熱波。気温は32度。終えてきたばかりの夏に追いつかれた。あるいは、僕らが西に向かったからだ。海外に行くというのは、空間を超えるのと同時に、ある意味では時間を旅行することでもある。失った夏を取り戻し、時差を乗り越えて、余分な2時間を前借りする。

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でもそのおかげで、初日前半の記録を残すことができた。

さて、今日はこのあと、今回の旅のメインイベントだ。ランタンが夜空に一斉に舞い上がる。2年ぶりのその光景に心が浮き立つ。

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