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「声」の持つ可能性について(あるいはVoicyスタートした次の日にnoteとコラボっていう運命に出会ったので)

てことで、三日前からボイスメディアのVoicyを開始したんです。まずは初めて三日目の感想として、楽しいです。今までのどのメディアよりも気楽にやってて、なんかカメラとか写真のことを等身大で伝えられて嬉しいなあと。収録時間も、一本だいたい10分から15分くらいを目安に作ってて、実際の作業時間はそれに5分程度足すだけだから、これまた今までのどのメディアよりも気楽に投稿できる。

そういうわけで楽しくやりはじめたら、いきなりnoteとの連携が発表。こりゃなんか記事書かねばと。これは絶対noteもvoicyも、俺を呼んでるに違いないと(気のせい)。で、書き始めてるわけです。

なんか埋め込める様になったらしいじゃないですか。早速、昨日配信したタムロンの単焦点レンズのvoicyを埋め込んでみましょうかね。。ほんとにできるんかな。

うおっ、できてる!?やべえ、まじか。これはいい。noteの開発陣はやっぱりよく分かってる。何を分かってるかと言うと、メディアの境界線の融解が今後加速していくことを分かってる

実は今回voicyをやり始めたのも、基本的には僕自身もそう思ってるからです。つまり、これまで「写真」「動画」「音声」「文字」みたいにして分けられてた専門分野が、技術情報の開放、素人でもそこそこなんとかなる機器の進化によって、誰もがどの分野でも簡単に始められるほど、参入障壁が低くなった。そこにさらに、来年以降に本格化する5Gの進展によって、データのやり取りは一層スムーズになる。そうなると、それぞれのメディアは、これまでボトルネックだった部分の大半がなくなって、それぞれのメディアが伝達する際の「特性の違い」だけが際立つようになってくる

この「特性の違い」によって、それを受け取るオーディエンスは大きく分かれるわけです。例えば僕を例にとると、僕は写真と文字が好きなんですね。で、元々ラジオが好きなので音声も好き。一方、動画はあんまり僕は見ないんですわ。動画は目と耳の両方を拘束される上に、結構長い時間をとられるので、個人的に効率がよくないって思ってて、見るなら腹を括って映画って決めてるところがある。なのでYoutubeの起動時間は一年換算で多分数時間もいかない。全然使わないんです。多分これは生涯変わらない。

こんな感じで、多分個人個人の「好きなメディア」って、それぞれの特性にしたがって別れてると思うんです。

ところが、発信する側の立場になった時、だいたいのメディアの参入障壁が低くなった今、何か一つのメディアにこだわるメリットってあんまりなくなってきたんですよね。簡単に発信できる環境が揃いつつある今、あえて自分の立ち位置を狭い場所に限定するメリットってかなり少ない。写真だってまたたく間に新しい人が出てくるわけで、狭い空間でパイを取り合ってたって仕方がない。

そして同時に、他のメディアに顔を出すことのデメリットは反比例で少なくなってきてる。それどころか、これまで自分がアクセスできなかったオーディエンスが自分を見てくれるようになるかもしれない。そう、シナジー効果が期待できるわけです。

あとは時間の配分の問題だけになってくる。僕は動画はまだしんどいと思ってたので、これまでは写真と文字の2つの「メディア」を使って発信してきたんです。でも「声」は割といいかもしれないって思った。動画に比べて、割けるリソースが少なくても、なんとか形になるんじゃないか。で、実際やってみたら、やっぱりかなり楽に形にできることが分かった。Voicyというアプリが非常に良くできているからです。

さらに、実際にやって思った以上に僕自身が「やってよかった」って思ったことがあって、それが冒頭の話。「気楽さ」なんですよね、写真より、文字より、圧倒的に気楽。声特有の「ゆるさ」が許容されるんです。空間に放っておける程度の「圧」しかない。これは「育てていきたい」と思いました。ここで聞いてくれるようになるファンやリスナーは、多分ツイッターやインスタグラムとは少し違う方向のファンになってくれるんじゃないか、そんな予感がするんです。

同時に、メディア特性としての気楽さもある。気楽さというよりは、冗長性というか、余白の多さという感じでしょうか。文字はやはり、簡単に切り取られて引用されるリスクがある。ある程度気をつけて書かないと、このギスギスオンラインの世界ではいつ炎上に巻き込まれるかもわからない。

写真もそうです。自分の意図とは違う文脈の中に放り込まれる可能性はいつだって存在している。写真は特に未だに党派主義が強いというか、「これでないと駄目」みたいな価値観がまかり通るような雰囲気が残ってる。

それに比べると、音声は実に引用がしにくい。部分引用で切り取られるリスクが少ない。しかもゆるい。基本人間の音声言語は論理が破綻している場合が多いので、聞いてる人間もまた、その「音声言語に特有の余白の多さ」に対して、わりと寛容でいてくれる。「聞き流す」ことができるメディアってのは、揚げ足取りが正論のように扱われる今の時代においては、むしろ可能性の塊です

こうして、おそらくはこれから各メディアはそれぞれの独自性を融解させていき、むしろクロスオーバ的にいろんな方向へと出ていく発信者が増えていくことになると思います。で、noteは多分そういうことに気づいているプラットフォームの一つだなあというのが、今回のvoicyとの連携で思ったことでした。

ただ、現状少しだけ困ってることがあって、写真系でVoicyやってるの、まじで僕だけの感じなんすよね。これはつらい。Voicy、実は聞き手としても楽しくて、昔のラジオを思い出す感じなんですが、できたら写真のこと聞きたいじゃないですか。写真っていうか、ぼんやり写真をかするていどの感じで、写真まわりのこと話せるような番組。でもそういうのが無い。僕がやりゃいいんですが、僕の話を僕が聞いても全然楽しくない。

あきりんとかなぎこさんとかがやったら絶対楽しいと思うんだけどなあ・・・というぼんやりした願望を書いて終わりにしときます。Voicy楽しいっすよ。

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フォトグラファー。アメリカ文学研究者。滋賀、京都を中心とした”Around The Lake”というテーマでの撮影がライフワーク。インスタはこちら: https://www.instagram.com/takahiro_bessho/