家計調査

百人百様の人生100年時代

「2000万円が不足」の真実

今日(6月4日)の日経朝刊に下のような記事が出ていました。

これは、金融庁が公表した「高齢社会における資産形成・管理」という報告書の内容について報じたものですが、見出しにある「2000万円が不足」というのは、報告書の一部を切り取ったものであり、報告書の趣旨が一般生活者に正しく伝わらないのではないかと心配です。

下の文章は、報告書からの抜粋です(強調は筆者が付けたもの)。見出しの「2000万円が不足」は、ここから引用されています。

前述のとおり、夫 65 歳以上、妻 60 歳以上の夫婦のみの無職の世帯では毎月の不足額の平均は約5万円であり、まだ20~30 年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で1,300万円~2,000万円になる。この金額はあくまで平均の不足額から導きだしたものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる。当然不足しない場合もありうるが、これまでより長く生きる以上、いずれにせよ今までより多くのお金が必要となり、長く生きることに応じて資産寿命を延ばすことが必要になってくるものと考えられる。重要なことは、長寿化の進展も踏まえて、年齢別、男女別の平均余命などを参考にしたうえで、老後の生活において公的年金以外で賄わなければいけない金額がどの程度になるか、考えてみることである。

しかし、この文章全体を読めば、ポイントは「2000万円が不足」が不足することではなく、各自が自分の老後生活をより具体的に考えてみることが重要であるということがお分かり頂けるでしょうか。

下の図表は、年金生活者世帯における支出の平均額を表したものです(平成29年家計調査報告より)。毎月の支出の平均額が23.5万円で、年金収入18万円(税・社保控除後)に対して5万円程不足しているということです。

しかし、5万円不足すると言っても、支出の中で「教育娯楽(2.5万円)」と「交際費(2.7万円)」に相当する部分が足りないということが分ると思います。つまり、年金だけでも衣食住は賄えるということなんです。そして、自分の生活をより豊かにするためには、何かしらの自助努力が必要になる、と考えてみてはいかがでしょうか。

また、先にもお話しした通り、このような平均値を基にしても、意味のある生活設計はできません。具体的に自分自身の生活費がどの位になるのか把握する必要があるでしょう。例えば、住居費は調査対象者の持ち家比率が9割超えているため1.4万円程になっていますが、賃貸の場合はもっと費用が掛かることになります。また、自家用車を持っていなければ、交通・通信費はもっと低くて済むかもしれません。

収入についても、自分の退職金や公的年金の額を、平均値やメディアが報じている金額を鵜呑みにするのではなく、自分自身の金額を把握する必要があります。

このように、自分の老後の収入と支出について、具体的に考えることが重要であるということが、本報告書の趣旨であることを理解して下さい。

さて、そのような報告書の趣旨については、特に異論はないのですが、やはり金融庁の報告書なので、タイトルにもある通り、全体的に投資を通じた資産形成を促進しようという意図が前面に出ているような気がします。

資産形成はもちろん重要なんですが、老後の生活設計をする上では、健康、労働、年金といったファクターを総合的に検討する必要があると思います。

以下に、資産形成以外のファクターについて、報告書の内容を補足してみたいと思います。

高齢者の再定義

報告書の中では、下のグラフのように健康寿命の延伸や高齢者の運動能力の向上といったデータを示して、高齢者が総じて元気で、就労率も他国と比較して高い水準であると述べています。

これらに加えて、私の方からもう一つご紹介したい高齢者に関する調査があります。それは、日本老年学会および日本老年医学会が公表した「高齢者の定義と区分に関する提言」です。

これは、医者が高齢者の若返りを認め、それに従って高齢者の定義と区分を以下のように変更することを提言したものです。

従来、高齢者とされてきた 65 歳以上の人でも、特に 65 ~74 歳の前期高齢者においては、心身の健康が保たれており、活発な社会活動 が可能な人が大多数を占めています。

・・・・・(中略)・・・・・

これらを踏まえ、本ワーキンググループとしては、65 歳以上の人を以下のよ うに区分することを提言したいと思います。

65~74 歳 准高齢者 准高齢期 (pre-old)
75~89 歳 高齢者 高齢期 (old)
90 歳~ 超高齢者 超高齢期 (oldest-old, super-old)

そして、このように高齢者を75歳以上と再定義することの意義として、以下のような点が挙げられています。

・従来の定義による高齢者 を、社会の支え手でありモチベーションを持った存在と捉えなおすこと
・迫りつつある超高齢社会を明るく活力あるものにすること

このように従来の高齢者に対するイメージを変えることによって、私たちのライフプランに対する考え方が変わることが期待されます。そうすれば、老後の生活設計する上での不安の一つである「長い老後の生活資金をどのように準備すればよいのか」ということに対する答えも見えてくるのではないでしょうか。

公的年金の繰下げは重要な選択肢

下の文章は、報告書の中での公的年金に関する記述です。

(3)公的年金の受給に加えた生活水準を上げるための行動
人口の高齢化という波とともに、少子化という波は中長期的に避けて通れない。前述のとおり、近年単身世帯の増加は著しいものがあり、未婚率も上昇している。公的年金制度が多くの人にとって老後の収入の柱であり続けることは間違いないが、少子高齢化により働く世代が中長期的に縮小していくことを踏まえて、年金制度の持続可能性を担保するためにマクロ経済スライドによる給付水準の調整が進められることとなっている。こうした状況を踏まえ、今後は年金受給額を含めて自分自身の状況を「見える化」して、自らの望む生活水準に照らして必要となる資産や収入が足りないと思われるのであれば、各々の状況に応じて、就労継続の模索、自らの支出の再点検・削減、そして保有する資産を活用した資産形成・運用といった「自助」の充実を行っていく必要があるといえる。

実は、この部分、2週間ほど前に本報告書の原案が公表された時には誤解を招くような表現があり、SNSで炎上するという事態に陥ってしまったということがありました。

今回の最終版では、かなり書き換えられ、良くなったと思いますが、年金の受給開始時期を繰下げて、増額された年金を生涯受け取るという選択肢について触れられていないのは残念です

公的年金の繰下げ受給は、老後の生活設計をする上で重要な選択肢です。報告書の中で一言も触れられていないのは何故でしょう。議事録が公開されたらチェックしたいと思います。

老後の生活設計における優先順位

先にもお話しした通り、本報告書は、投資による資産形成が老後の生活設計の上では重要だというところが少々強調されすぎているかな、という感じがします。老後の生活設計では、健康、労働、年金、資産形成などを総合的に検討することが必要だと言いましたが、もし、優先順位をつけるとすれば、以下のようになるのではないでしょうか。

1.いつまでどのように働くのか?
先に述べた通り、高齢者の定義が75歳となり若返りが進む中、60歳あるいは65歳で引退というこれまでの既成概念のようなものを取っ払って、できるだけ長く働くことをまず考えるべきではないでしょうか。今、20歳~30歳台の方にとっては、70歳あるいはそれ以上の年齢でも働き続けることは、気が遠くなるように感じるかもしれません。しかし、今現在と同じように、ずっと働く必要はないのです。会社や仕事を変えたり、働く時間を短くしたり、その時々に応じた働き方があるはずです。具体的には、すぐに思いつかなくても、頭の隅では自分はどのように働きたいのかということを考え続ける必要があるでしょう。長く働くことによって、心身両面の健康を維持できるという効果も期待できます。

2.公的年金の受給開始時期を繰下げる
長く働いて収入が得られれば、年金の受給開始時期を繰下げることによって、増額された年金を受け取ることができます。あるいは、一定の資産があるならば65歳以降の生活費にそれを充てることによって、繰下げ受給をするという選択肢もあるでしょう。報告書では、認知・判断能力の低下によって金融商品や金融サービスに関する意思決定が適切に行えなくなるリスクについても触れられていますが、公的年金の繰下げ受給であれば、十分な額の年金を終身で受け取ることができ、認知・判断能力の低下によるリスクを低減できる効果もあると思います。

3.長期・積立・分散投資による資産形成
金融庁が一押し(?)する、長期・積立・分散投資による資産形成ですが、これは、自分の老後のためにというよりも、今すぐ使わないお金を企業の事業資金として回すことによって、その事業が世の中をより良くすることをサポートする社会貢献活動のようなものではないかと思います。そして、企業の利益の結果を配当やキャピタルゲインとして享受することによって、自分の老後も豊かになるという循環ができるということではないでしょうか。単に「資産を増やす」というところばかりが強調されると、かえって投資の促進が阻害されるような気もしますが、どうでしょうか。


以上、金融庁の報告書を基に、老後の生活設計のポイントについてお話ししました。タイトルの通り、長い人生の歩み方は百人百様です。メディアやネットの情報に惑わされず、自分事として具体的に考えることが重要であることを、今一度強調したいと思います。

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