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適用拡大に関する新聞記事の補足とまとめ

6月25日の読売新聞の朝刊に、取材を受けた記事が掲載されました。テーマは、下の見出しの通り、今般の年金制度改革における柱の一つである「適用拡大」についてです。

適用拡大については、これまでも、こちらで何度となく取り上げ、その重要性をお話してきました。今回取材を受けたのも、記者の方が、私のnote記事をご覧になったことがきっかけとなったようです。

上のリンクは、読売新聞の購読者の方でないと見れませんが、記事の内容は、一般読者の皆さんに向けた基本的な解説で、分かりやすくまとめられていると思います。

そこで、今回のnote記事では、新聞記事の内容を補足するような形で、適用拡大の全体像をまとめてみたいと思います。

厚生年金加入による負担と給付の変化

適用拡大とは、労働時間が週20時間以上、月収が8.8万円以上などの条件を満たす短時間労働者に厚生年金加入を義務付けるものですが、現在は企業規模が501人以上の企業が対象となっています。

今回の法改正では、この企業規模要件を、2022年10月に101人以上、2024年10月に51人以上へと段階的に縮小し、より多くの被用者に厚生年金の加入を義務付けることになりました。

「加入を義務付ける」というと、何か無理やりのような感じで、「どうせ財政が苦しいから保険料をより多くの国民から徴収しようという魂胆だろう」と、うがった見方をする人もいるかもしれません。

それでは、まず、厚生年金適用前後での負担(年間保険料)と給付(年金額)の関係の変化について見てみましょう。適用拡大の対象となる短時間労働者(月収8.8万円と仮定)を厚生年金適用前の属性で、①~③の3つに分けて、比較したものが下の図表です。

負担と給付

① 国民年金第1号は、よく自営業者という風に捉えられていますが、実際は、被用者でありながら厚生年金に加入できない方が、1号全体の4割を占めています。そして、そういう人々が短時間労働者の半数近く(44.6%)を占めているのです。上の図表で、厚生年金の適用前後の負担と給付を比較すると、負担は半分(19.8万円→9.7万円)で、給付は増えています(2万円→2.5万円)。また、適用後の負担と給付の関係を見ると、約4年(=9.7÷2.5)で元が取れることになります。厚生年金は、老後の生活に備えるための大変有利な保険であると言えるでしょう。

② 国民年金第3号は、いわゆる専業主婦と呼ばれる方たちです。適用拡大というと、「専業主婦のパートにとっては、保険料の負担が増えるので、給料の手取りが減ってしまう」という風に、真っ先に取り上げられることが多いのですが、その数は全体の4分の1にしかすぎません。負担と給付を見ると、負担が9.7万円増えるのに対して、給付は0.5万円程しか増えません。つまり、元をとるのに19年(=9.7÷0.5)かかってしまいます。そう聞くと、随分不利なように見えるかもしれませんが、65歳の女性の約6割が90歳まで生きるという現実を考えると、19年という年月は決して長くはないかもしれません。

③ もう一つのグループは、60歳以上で国民年金の加入義務のない方たちです。したがって、適用前は負担も給付もゼロですが、適用後はそれまでの厚生年金の加入期間によって、(a)と(b)の2つに分かれます。(a)は、厚生年金加入期間が40年以上の方たち、つまり、学校を卒業後就職し、定年まで働き上げたような方たちです。この場合は、専業主婦と同じで、9.7万円の負担増に対して、給付は0.5万円増となります。

一方(b)は、厚生年金加入期間が40年未満の方たちです。例えば、専業主婦として3号被保険者の期間が長く、60歳以降もパートとして働いているようなケースです。このような方の場合は、厚生年金に加入することによって、①と同様に効率的に年金を増やすことができます。これは、経過的加算と言って、60歳以降の厚生年金の加入期間にも、基礎年金に相当する額が加算されるからなのです。(b)に該当するような方は、適用拡大によって厚生年金に加入できることを前向きに考えて欲しいと思います。

年金財政の改善効果について

新聞記事では、適用拡大による年金財政の改善効果についても解説されています。2019年の財政検証において、適用拡大を3段階に分けてオプション試算が行われました。

適用拡大の3段階とは、①企業規模要件の完全撤廃、②賃金要件の撤廃、③一定の収入のあるすべての雇用者に適用、です。下の図は、それぞれの段階において、将来の給付水準がどの位改善するのかを表したものです。

今回の改正では、3段階のうちの企業規模要件の完全撤廃を目標として、年金部会で議論が進んでいましたが、最終的には、51人以上という要件が残されることになりました。これでは、65万人の拡大に止まり、所得代替率の改善も+0.3%程度と限られてしまいます。

今後は、企業規模要件の完全撤廃と、更なる適用拡大を目指した議論が進むことが望まれます。

適用拡大3ステップ

また、適用拡大による所得代替率の改善は、特に基礎年金に効いてくることが、上の図からもわかると思います。基礎年金の所得代替率が改善するメカニズムについては、以前のnoteでも説明したので省略しますが、その意義について、確認したいと思います。

下のグラフは、世帯の賃金水準と所得代替率の関係を表したものです。まず、現在の所得代替率を表す青い線をご覧ください。真ん中の61.7%というのがモデル世帯の所得代替率ですが、賃金水準がモデル世帯の半分だと、代替率は98.1%に上昇します。逆に、賃金水準がモデル世帯の1.75倍だと、代替率は46.1%に低下します。

この様に、賃金水準の低い世帯ほど所得代替率が高くなるのは、賃金水準にに関わらず、定額の基礎年金があるためで、これが所得の再分配機能を果たしているのです。

賃金vs所得代替率

ところが、マクロ経済スライドによる給付水準の調整が、基礎年金の方により効いてしまうために、現行制度のままだと、所得代替率は灰色の線のように低下してしまい、再分配機能を表す曲線の傾きも緩やかになってしまう、即ち、再分配機能が弱くなってしまうことが分るでしょうか。

賃金水準がモデル世帯の1.75倍の世帯では、所得代替率が46.1%から39.6%へと14%低下しますが、賃金水準が0.5倍の世帯では、98.1%から77%へと22%も低下してしまいます。賃金が低い人ほど、所得代替率が低下してしまうのです。

これに対して、1050万人の適用拡大を行った場合の所得代替率(赤い線)は、現在の所得代替率の曲線とほぼ平行であり、所得再分配機能が維持されていることが分ると思います。

このように、適用拡大は、新たに厚生年金に加入する人々だけでなく、すでに加入している人々、特に、低所得者の給付水準を維持する役割があることを理解して下さい。

企業規模要件の完全撤廃を待つ必要はない!

適用拡大は、被用者にも関わらず、厚生年金に加入できない方たちの老後保障や、死亡や障害に対する保障を充実させ、さらには、既に加入している人も含めた加入者全体の給付水準を改善し、そして再分配機能を維持して格差の拡大を防ぐといった、いいことづくめの施策なのです

ただ、一つネックとなるのが、これも新聞記事で触れていましたが、保険料の負担が増加する中小企業経営者の強い反対です。今回、企業規模要件の完全撤廃ができなかったのも、この方面からの圧力だったのでしょう。

しかし、2012年に適用拡大に関する法律が制定された際には、企業規模要件は「当面の間」の措置として定められたのです。それから、8年経過した現在でも、これを完全に撤廃することができないことを、中小企業経営者は重く受け止め、従業員とその家族が安心して暮らせるために、セーフティネットである被用者保険への加入を促進するよう努めて欲しいと思います。

今は、コロナ禍の中、大変な面もありますが、政府は中小企業の生産性向上等に係る支援策を充実させており、これらを活用して従業員のために適用拡大を進めて欲しいと思います。また、中小企業の生産性が向上しない理由として、大企業の下請けとして搾取されているようなことがあるならば、是正されなければならないでしょう。

ところで、労使の合意があれば、企業規模要件に関わらず、短時間労働者を被用者保険に適用することができることはご存知でしょうか。適用拡大の意義が理解されることによって、法律による企業規模要件の緩和や撤廃を待たずしても、労使の合意で適用拡大が促進されれば、素晴らしいと思います

労使合意による適用拡大





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