義母の奇跡的な回復報告一髭を剃って新たな出発?
かなりの痛みを伴うことが心配された心臓カテーテル検査と胃カメラによる上部消化管内視鏡検査も全く「痛くもかゆくもなかった」と義母があっけらかんと笑いながら報告してくれ安堵した。「こずえと御先祖様がきっと守ってくれたんだ」と満面の笑顔を見せた。
面会開始時刻の14時に病室に入ると、母は驚いた表情で、「今、史朗さんのお父さんとお母さんが秩父に感謝の挨拶に来られた夢を見ていたんだよ」と興奮気味に語った。実に爽やかな表情をしているので、むくんでいた足を見ると、すっかりむくみが取れ健康な状態に戻っていた。劇的な回復ぶりである。
検査結果も良好で、妻の告別式の会場からタクシーでかかりつけの医者に診てもらい、紹介状を書いてもらって日赤医療センターに直行したのが良かった。1週間以内に退院できる見込みだという。2週間はかかるだろうといわれていたので、奇跡的な回復ぶりである。
何よりも清々しい表情が順調な回復ぶりを物語っており、久しぶりに思い出話に花が咲いた。「ママ、今までの人生でいつが一番楽しかった?」と聞くと、「女学校時代」と答えた。「実はね、今まで話したことがないけど、私は入学試験の成績が一番だったので、新入生代表で挨拶したのよ」と目を輝かせながら語った。「こずえにも私にも優しくしてくれて本当にありがとう」と何度も何度も繰り返した。やすらかなほのぼのとした温かい親子の心の通い合う会話が続いた。二人とも手を握りしめながら涙があふれ出てくるのを抑えることができなかった。
私の妹の礼子も龍野高校の入試は一番と聞いているので、驚いた。夫と私たち夫婦と一緒にアメリカを旅したことも楽しかったようだ。妻が3月2日に脳内出血で倒れて以来、人生の思い出を語るなどという精神的余裕は全くなかったので、やっと穏やかな一家団欒のときを迎えることができて嬉しかった。
多くの知人や教え子たちがメッセージを寄せてくれ、長い手紙や妻とのツーショット写真をショートメールで送ってきてくれた。明星大学のゼミ1期生のゼミ長が妻が亡くなって49日辺りにゼミ卒業生に広く呼び掛けて「偲ぶ会」を開催したいと提案してきた。埼玉県鴻巣市の親学の会も同様の計画を立ててくれている。昨朝は妹の長女(勝岡寛次氏の妻)が栄養満点のスープを持参してくれ、久しぶりに手作りの温かい味を味わわせていただいた。
妻の霊前に線香を、という申し出も多いので、一刻も早く部屋を片付けて妻の遺影と位牌、骨壺を整えて準備を急ぎたい。順調に回復してきた義母は、一刻も早く退院して秩父に帰りたいと今朝も電話してきた。郷里の秩父に親身に世話をしてくれる親しい知人や親戚が多くいるので、秩父のケアホーム施設に入りたいという希望が強いので、入所手続きを進めている。
「心不全」による緊急入院という危機を乗り越えて、妻の緊急入院から始まった約50日間にわたる夢のような病院での看病生活にようやくピリオドが打たれようとしている。明治神宮早起き体操会は休ませていただき、代々木公園での毎朝6時半からのラジオ体操に切り替え、毎朝1万歩以上歩く運動は続けてきたが、満開の桜を満喫する心の余裕はなかった。
毎日妻と母と一緒に食事をし、団欒してきたので、妻も母もいない自宅マンションに帰ると、寂しさが一入込み上げてくる。孤独老人の気持ちがよくわかるようになった。幸い、私の姉と妹の子供たち5世帯が東京で暮らしているので、私は孤独老人ではなく、兄弟と家族に恵まれている。寂しくなったら、髙橋塾生や兄弟・家族に呼び掛けて集まりたい。
毎朝散歩した代々木公園の風景を動画撮影して、病院に到着次第妻に見せると、目を輝かせて見入った光景が今も忘れられない。アメリカ大陸を何度も横断し、楽しかった人生の思い出を病院で語り合えたことは、妻の突然死への心の準備になった。「今まで本当にありがとう」と繰り返すことができたことは、あっぱれな「覚悟の死」を迎える心の準備になった。
ところで、先程、親しい知人から気になる情報が送られてきた。
本日午前8時より衆議院第一議員会館第五会議室でパンデミック条約を阻止し、国民の基本的選択の自由を守るための超党派議連の会合を開くという。上川外相がこの条約に署名し、日本が加盟国となった場合には、将来、WHOがパンデミックと認定した場合に、この疫病に対して摂取すべきだとWHOが決定したワクチンを加盟国の国民は摂取する義務が生じる。
国民の拒否する権利を蔑りにし、国民一人一人の選択の自由を阻害するので、明らかに憲法違反であるにもかかわらず、このような重要な議論を国会での審議もなく進めようとしている。
現在は、接種を拒否する国民に対しての罰則規定はないが、将来的には、違反者を犯罪者として逮捕するところまで進むかもしれない。国内法と国際法(条約)で判断が異なる場合は、国際法の規定が優先する。
直接的に意思決定に携わる方々が目覚め、グローバルエリートのアジェンダに絡め取られないような方向に良導されることを期待したい。
今月中に義母を秩父にタクシーで移送し終えたら、毎週見舞いを続けながら、いよいよ髙橋塾第4期開塾に向けた準備と著書2冊の執筆に着手したい。祖国救済、子供救済のための天命を実現するための戦線復帰が近づいている。こずえの死によってパワーアップした新たな人生のスタートである。
白髪が目立ち始めた髭はバッサリ切って新たなスタートを切りたい気分であるが、米留学から帰国後、1度だけ髭を全面カットした折「額縁のない絵みたい」と酷評した妻の助力がこれからも妻が嫌がらないようにしばらくはこのままにして、近い将来バッサリ切るつもりであるが、果たしてどうなる事か・・・