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「中庸道」人間におけるTao

 この世は、いつも対立する2つの事象で悩み争ってしまうと私は感じている。例えばそれは「善悪」であったり、「正誤」、「上下」、「左右」であったりする。
 私は永い期間、この対立する2つの考えの狭間で、悩み苦しんで来た。正解を求め苦しんで来たのだ。正解は2つのうちどちらかであり、それに正当性を見出そうとして来たのだ。しかしそれは、私に限ったことではない。個人は勿論、この世界全体で、もがき、いがみ合っているとしか思えない。
例えばそれは、ある注射が良いとか悪いとか、どちらの宗教が良いとか悪いとか、どちらの国が良いとか悪いとか…
このイデオロギーは、明らかに争いであり、正論のぶつけ合い、勝負、論破、最近は様々な所で見掛ける様に思う。
私はどうしても、この2つのいずれかが正解であるという感覚が腑に落ちなかった。違和感を感ぜずにはいられなかった。もっとその先にある本当の答えは一体何なのか!!そしてその本当の答えは、明快であり、霧が晴れたかの様に清々しいものではないのか?!という気持ちが、どうしても湧いてきてしまうのだった。

 今回のタイトルである「中庸道」とは、私の作った造語であるものの、この考え方にようやく行き着いた私は、まさに霧の晴れた想いに至ったのである。それは一つの「道」。生き方の羅針盤。
その内容は、私が今まで色々な学びの中で、人間が生きて行く上で最も大切だと思われる、生き方や考え方、私の辿り着いた真髄。つまり「道」である。
今回はこの「中庸道」について解説し、一人でも多くの方に、安寧な人生をイキイキと生きて行って頂く為の一助になれたらと思っている。
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