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【決断とは】父との別れ

自分の決断が今でもどちらの方がよかったのか,思い出し,悩むことはみなさんありませんか?
現在、30代のまだ若輩者の私にも少ないながらもあります。
それについて記します。
表題にありますが,私の父との別れの話。
もう7年前に亡くなった父。
40歳で生まれた当時は一般的に遅い子供だったせいか,父はずっと微笑んで接してくれていた優しい性格でした。
穏やかな性格で,仕事一筋。町工場を経営して,粉塵を浴びながら汗水垂らして働いていた父。たまに遊びにいくと笑顔で接してくれた父。サラリーマン家庭ではなかったため,幼少期は父が休んでいる日があったことはほぼ記憶がありません。父に怒られたことも生涯1度だけ。
働くことを生きがいにしていた人生観をもっており,
父兄参観も,公園でキャッチボールをしたことも,家族で外食したことも,休みにお出かけたことも全くありません。。
そんな優しくもあり,子供ながらには家族サービスをしない自己中心的な父と私は捉えていました。

父から教わったこと…
「おれの背中を見て育て」ということ。(もう会えないから違うのかな…)
父からは,仕事のやりがいや仕事に向き合う姿勢 を教わったと思っています。非常識かもしれませんが,その部分しか本当に接点や記憶,影響を受けていなくて。
そんな父が,仕事を引退して間もなく亡くなりました。
慢性閉塞性肺疾患(COPD)でした。慢性的な喫煙や職業柄,粉塵を吸ってしまう等。仕事を引退してから,どんどん衰弱していく様子の父。いくら私が説得を何度も試みても病院診察を断固拒否する父。病院で死なず,自然死を望んでいた父でした。最後まで信念を貫いてかっこよかったと今でも思います。しかし同時に想像に難くないであろう,感じることも多々あります。


仕事を引退した父が心配で当時,私は同居をしていました。父が亡くなる当日の朝,母が救急車を呼び,抵抗を示しながら救急車に運ばれる父を見届けて,私は仕事にいきました。
母も当時は理解をしてくれませんでした。しかし,私の中では父だったら

『仕事にいけ』と言っただろう,と今でも思っています。人並み程度ではありますが、バリバリ働いていた当時,その日も大事な契約案件がありました。だから私は仕事にいきました。そして,父は同日15時頃に病院で亡くなりました。もちろん死に目にはあえません。
仕事にいく決断をしたこと今でも悔やんだり,正しかったと思ったり,ふと考えることがあります。

後悔はたしかにあります。母の気持ち…自身の息子としての気持ち…父の気持ち…など, それぞれをふと考えます。罪を背負ったり,救いを求めたり する気もないですし
この判断が誤っていたのか,正しかったのか,なんて当事者たち自身が決めるものだと思ってます。※この考え方,父の考え方に似ているようです。

でもここに記した理由は,果たして自分の決断が正解なのか不正解なのか
どうしようもなく救ってほしい時があるから。

最後まで読んでいただきありがとうございます。
あれから7年経っても答えは揺れます。

親父。あの時のおれの決断は間違っていたのか…朧げに覚えている幼少期の時にみた元気な時の親父の笑顔がどうしようもなく見たい時があるんだよな

感傷的な記事で申し訳ありません。
自身の整理として書きたかっただけですのでご理解ください。

“I wish you all the best. ”

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