見出し画像

思い出の岬(掌編小説760文字)

ショートショート
『思い出の岬』(760文字)

#文披31題
Day15
お題:岬


中学校の校舎裏に、小さな湖があった。
湖の形は、おおらかな目で見るとハートの形をしていて、湖の真ん中には小さな祠も祀ってあった。
一部の学生の間ではハートの湖なんて呼ばれて、告白スポットになっていた記憶がある。
ハートの尖った部分の方に校舎があり、ハートの窪んだ部分、湖の岬には桜の木が立っていた。
中学卒業の日、その桜の木の下で、僕たちは恋人になった──。

僕がこの思い出の岬に立つのは、卒業以来8年ぶりだった。
ふと視線を感じて顔を上に向けると、太陽を背にした君が桜の木に腰掛けていた。
「懐かしいね」とでも言うように、笑みを向けている。僕も「そうだね」とでも言うように、笑みを返した。

そうして、しばらく岬で桜の木に腰掛ける彼女を写真に撮ったりしていると、彼女が僕の後方を指差した。
彼女が指差す方には校舎がある。
僕は校舎も見に行こうかと思い、岬から真っ直ぐそちらに向かった。
祠をこんなに近くで見たのは初めてだった。
祠は意外に小さく、ボロボロで、改めてここには誰も来ていないことが感じられた。
校舎は誰が見ても廃校だと分かる状態だった。人間が通える状態にはない。
校舎を背景にして写真を撮って、その日は帰ることにした。

「結婚前に行けてよかった」
思い出の岬に行った1週間後、彼女が僕の家に来て、そう言った。
「そうだね」
「意外とキレイに写真撮れるんだね」
手元には現像した数枚の写真があった。
「晴れてたし、なんとかなったね。雨が降ったら写真はさすがに難しかったんじゃないかな」
「そうかもね。でも校舎、見る影もなくて笑ったなぁ」
「それな。完全に藻で覆われてて、前世紀の遺物って感じだった」
そう、ダム建設で僕たちの故郷は水没した。
ダイビングの装備をした彼女が、水面に写る太陽を背に、水没した桜の木の周りを優雅に泳ぐ写真が、僕のお気に入りの1枚だ。

(了)


最後までお読みいただき、ありがとうございました!
Xの方では140字小説を書いています。
そちらもご覧いただけますと幸せます。

写真:ぱくたそ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?