見出し画像

意味不明な人生劇場は、まだまだ続く

今週は怒涛の一週間だった。

あっという間っていうけれど、これ、ほんとにそのまんまですよね。

「あっ」って言った瞬間に、金曜日にひとっ飛びした感じで、驚きを隠せない。

そして気づけば10月も、残りわずか。
11月に突入したら一気に年末モードになるのだろうと思うとドキドキするけれど、一日一日を大切にしていきたいと思っています。

さて、今日はそんな中、
というか今日も!?、またあの方に遭遇してしまった…!

しかも今週は、2回。

びっくりするくらいの遭遇率
ちょっと多すぎやしないか?の、濃すぎる密度
そして、決まって毎回シュールでコミカルなシチュエーション

もうここまでくると、特別なことでもなんでもなく、もはや日常ということになるが、それにしてもやっぱりすごいと思う。

そして、いつも「これってなんのシワザ!?」と思うくらい絶妙なのが、
鉢合わせのタイミング。

偶然出会う
ばったり会う

ということはつまり、一秒たりともズレが起こってはならないわけで、
その奇跡的なタイミングで、各々の時間が交差するから出会うのだ。

そういう偶然が起こる時、私は他のシチュエーションやパターンも含めて、前後の自分の行動や選択を反芻してみるのだが、

あの時これをしなかったら、この行動を選択せずに別の予定を入れていたら、明らかにこの時間に、ここにいない

ということばかりなのであります。

まさしく映画『スライディングドア』の世界。


不思議な遭遇をするたびに、私の頭の中にはいつもたくさんの「If」が駆け巡る。

また、こんなこともあった。

数ヶ月前、象徴的だったのは、連日マスコミを賑わせていたニュースのとある近辺で、またまた遭遇してしまったのだ。

シチュエーションは、私があるお店を出た瞬間にばったり、本当に寸分のずれもなく、坂の上からママチャリに乗ったその人が降りてきたのだった…!

それは、なかなかにオツなもので、なかなかに味わい深い光景であったが、ギャクかよ!と思った。あまりにもシュールすぎて。

しかも今日は、何度も再利用して使い古したように見えるスーパーのビニール袋を片手に、やる気なさそーに歩いていたのだった。

あれだけ著名人で、TVにも引っ張りだこの大物なのに、あの庶民感はいったいどこから出てくるのだろう、といつも感心を通り越して、謎だらけである。

とにかくオーラのかけらもない人で(超失礼!)ごく普通の日常に溶け込んでいるのだから、すごい。

本当の本当の本物は、オーラを消せる。ふつうの人以上にふつうですよ。

と誰かが言っていたが、ある意味、それは真実をついているのかもしれない。

と、ここまでつらつらと書いてきたが、やはり気になる。

ここまで偶然が重なると、どういう巡り合わせか、その意味を知りたくなってしまう。

本当は意味なんてないのかもしれないし、ものごとの意味づけをするのは、人間だけだから、ただそういう出来事が起こったのね、と傍観できればいいのかもしれない。

でも私は、このあまりにも多すぎる偶然を、何か不思議な巡り合わせとはいえ、どうしたって交わってしまう時間の交差を、そのまま流して素通りするほど、冷静な女ではない。

ただ、

ならば、どうしたい?

と問われても、答えに窮する。


これはいったいなんのお知らせだろうか?

辛酸なめ子氏あたりに聞いてみたら、ひょっとしたら納得のいく答えを教えてくれるのかもしれない。

とりあえずは、その人が手がけた全作品を片っ端から見てみようと思う。
今はまだ途中だから。

そこから先に、またとんでもないことが待っているかもしれないが、せっかくなのでこのシュールな劇の続きを、楽しみに待ちたいと思う。

そして、この数奇な運命の謎を解き明かすのだ。

意味不明な人生劇場は、まだまだ続きます。






いふ


この偶然を、私はほったらかしにしておいていいのだろうか



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?