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タイのネームはベトナムのネムチュア?

 タイとベトナムは一見似ているようで、まったく違う文化がある。当然国と民族が違う結果だ。タイとベトナムは接してもいない。しかし、中国から陸続きであり、双方の国で国境はカンボジアとラオスに接しているので、どこか遠くなのに近いものもあったりするから不思議だ。

 その中で気になっているのが、ベトナムの発酵ソーセージの「ネムチュア」だ。

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 ベトナム料理は独特なものがあって、興味深い。おいしいものもたくさんある。そんな中で、一度だけ食べたことのあるのがネムチュアと呼ばれるものだ。

 これは豚肉と香草、もち米、塩などをよく混ぜ、串を刺してバナナの葉で包む。そして、1日など短期間発酵させるとできあがる。やや酸味が特徴的で、ベトナムで好まれる発酵食品だ。

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 ハノイで食べたときは8本セットだった。旧市街の裏路地、ちょうど宿泊していたゲストハウスの前に屋台があったので買ってみた。ビールと一緒に食べてみたのだが、正直ボクにとってはおいしくなかった。だから、結果的に1回しか食べていない。

 発酵食品はそもそも癖があって、食べなれていないとおいしいと感じない。だからというのもあるが、しかし、ボクはこのタイプの発酵には不慣れなわけではない。タイにも微発酵させた豚肉の料理がある。そちらに慣れているから、むしろネムチュアは合わなかったのかもしれない。

 タイのその料理は「ネーム」と呼ばれる。豚肉を、やはり香草やもち米、塩などを混ぜて、容器に入れるなどして発酵させる。ベトナムではバナナの葉に包むが、タイは少なくとも現在はバナナの葉にはあまり包んでいないようだ。ちなみにバナナの葉に包むのは、バナナの葉につくカビを発酵に利用しているからなのだとか。納豆を作るのに藁に包んだのと同じような理由なのかな。知恵というのはすごいもので。

 ネームとネムチュアは原材料がほぼ同じだし、作る工程もそっくりだ。香草の種類が違い、発酵時間がネームの方がちょっと長いようではあるが。それでも短期発酵には変わらないのでタイのネームも微発酵食品になるからか、あまり長持ちはしない。

 ネームとネムチュア。果たして、名称が酷似しているのは偶然なのだろうか。中国などにこういった料理、あるいは語源となる料理があるのでしょうか。ネットで検索してもそういったものはなかった。

 ラオスにもバナナの葉で豚肉を包んで発酵させる料理がある。この名称は「ソム・ムー」だ。地理的にはタイと中国の間にあるのものの、直訳すれば酸っぱい豚肉という意味になり、ネームの語源になるような名称ではない。

 ミャンマーにも酷似した料理があって、その名前は「ヌーソム・ムー」というそうで。ミャンマーといっても、シャン族の料理なので、いわゆるタイヤイ族(大タイ族)の料理だ。

 ということは、ベトナムにもタイ族がいるし、あるいは山岳少数民族にもルーツを同じくする民族が多数タイとベトナムにいるので、その民族の料理の可能性がある。ミャオ族など、山岳民族の中にはわりと発酵食品を好むグループもあるようなので、ネームとネムチュアはそちらが起源の可能性もなくはない。

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 ネムチュアとネームの作り方はほぼ同じだが、ハノイで買ったものは軽く炙ってくれた。ネームはひと口サイズのものは生のまま食べる。太くて大きいものは炭火焼にすることもあるし、炒めものやほかの料理の材料として使うことも少なくない。

 また、ネムという名前のつく料理はベトナムには多いようだ。春巻きなどもネムという名前のようだ。また、野菜や揚げものを、米粉のシートやレタスのような葉の野菜に包んで食べるものがある。これに似たものがタイにあり、タイではネーム・ヌアンと呼ばれる。主に東北部の北端にあるウドンタニー県やサコンナコン県などで有名な料理だ。

 ここでまた混乱が生じる。タイのネーム・ヌアンは揚げものではなく、豚肉のソーセージのグリルを包む。このグリルのソーセージがどうもベトナムでのネーム・ヌアンらしい。ネットで検索するとネーム・ヌアンはたぶん「Nem nướng」と表記する。しかし、これで検索すると、今回の画像に出てくる、ボクがネムチュアだと思っている料理が出てきてしまう。どうなっているのでしょう。ネムチュアはネームと同じ生の状態で、火を通すことをネーム・ヌアンと呼ぶのでしょうか。

 このネーム・ヌアンに関しては、ベトナム人が持ち込んだ料理であるとタイ人も認識している。バンコクには1800年代に中国人移民が大量に流入しているが、ベトナムからの移民もいた。タイのベトナム移民は旧移民と新移民と呼ばれるジェネレーションがある。

 旧移民はラマ3世王の時代(1824~1851年)のころにやってきた。旧移民はタイ人との婚姻が進んで、独自の文化をほとんど残していないようだ。新移民は1945~1956年の間にタイに移住してきたベトナム人を指す。ウドンの「VT」など、ネーム・ヌアンの名店の多くが年代的に戦後に始まっているところばかりなので、おそらく新移民が持ち込んだ料理なのかと思う。

 結局、ネームとネムチュアの関係はよくわからないので、今後機会があったら調べてみたい。

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 ちなみに、タイの自家製ネームは注意した方がいい。そもそもネットのレシピには「発酵するかしないかは運次第」みたいなことが平気で書かれている。つまり、成功すれば発酵、失敗品は腐敗というわけだ。さすがにプロが作る場合はちゃんとしているが、一般家庭で作る場合は怖い。危ないのはやっぱり細菌などの問題だ。

 ボクが初めて食べたネームは新宿のタイ・カラオケでタイ人がくれたものだった。生肉っぽくて、辛くてすぐに好きになった。でも、最近は全然食べない。コンビニでも、三角形のキャンディのサイズのネームもあり、以前はビールのつまみに重宝していたのだが。

 というのは・・・・・・。ここから先はちょっと気持ち悪い話になる。タイのネームにいい印象を持ったままでいたい人は読まない方がいいかな。






 ボクがネームを食べなくなって、たぶん15年は経っていると思う。あるニュースがきっかけだ。いつだったかは憶えていないのでネット検索してみたが、全然出てこない。うろ覚えだが、概要はこんな感じだ。

 バンコクの女子大生がある日、コンビニでネームを買って食べた。すると異物を感じたので吐き出す。固いなにかがついた、肉のような塊だった。よく見ると、人間の指の先だったという。固いのは爪だったらしく。警察が製造元に確認すると、確かに従業員が製造ラインで指を切断する事故を起こしていた。そのときに切れた指先がネームに混入し、微発酵後に出荷された、というわけだ。

 このニュースを当時読んでしまって、食べられなくなった。ボクは17歳のときにバイクの事故で右の人差し指の先端をわずかだけれども切断している。爪がはがれ、骨がむき出しになった事故だった。だから、余計にその指が生々しく感じて、一気に食べたいという気持ちがなくなってしまった。

 とはいえ、食べないのはひと口サイズのネームだけだ。最近はネームというと、シークロン(スペアリブ)のから揚げは好んで食べている。ビールのつまみに最高なので。

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