渋谷区にある大きな森の秘密〜秘話から学ぶ〜
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渋谷区にある大きな森の秘密〜秘話から学ぶ〜

高畠信一郎

このエントリーはiCARE Advent Calendar 2021 の7日目です。

社員がリレーで毎日投稿していますが、昨日はCSの遠藤倫生さんでしたね。もともと先生だったので、キチッとした内容で、たまには本を読んでみようかな〜と思いました。これからお勉強させていただきます(笑)

さて本日は7日目です。バトンを引き継ぎましたので、人事総務部の高畠がお届けします。
気軽に読めるものになっていますので、どうぞコーヒー片手にご覧ください。


今回のテーマは、株式会社iCARE本社がある渋谷区に存在する大きな森の誕生秘話のお話をしたいと思います。
そこからの「気づき」で、皆さんの行動変化に繋がるものになると嬉しいです。


その大きな森というのは、「明治神宮の鎮守の杜」


行かれたこともあると思いますし、テレビなどでもよく出ますからご存知の方も多いことでしょう。


その森は、実はいまからおよそ100年前に、全国民の手で造られた当時は世界的にもとても珍しい「人工の森」なのです。
※昔からあったのでは? とよく言われるそうです。


その森の成り立ちを通じて、いまを生き抜く我々へのヒントがあると思いますので、どうぞ最後までお付き合いください!


■明治神宮と言えば…?

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そうですよね、一番有名なのは、

初詣、日本一!、みたいなイメージがありますよね。

正月三が日で、およそ300万人!



そんな明治神宮の創建は、大正9年。

いまから、およそ100年前(私の祖父祖母が生きていた頃で結構、最近ですね)


いまや都心にあって広大な敷地の大きな森であり、参拝や森林浴、パワースポットとしても人気がある神宮の森ですが、

実は100年前の創建当時、樹木がほとんどない荒地でした(驚き)

↓当時の原宿駅周辺から見た明治神宮の敷地

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あの緑豊かな森が・・・もともとこんな状態だったなんて、
全く想像できませんよね??


では、そんなところになぜ神宮を創建し森を造ったのか??

少し歴史を遡りますね。

■明治神宮創建〜国民運動〜

時代は、明治から大正時代に元号が変わる頃のお話。

明治天皇が崩御(ほうぎょ:お亡くなりになる)した時、全国民の悲しみや嘆きは相当なもので、明治天皇の功績を後世まで伝えるために、神宮建設運動が沸き起こりました。

既に御陵は京都に決まっていたことから、神宮創建への機運が高まり、全国にいくつもの候補地が挙がり、最終的には渋谷区代々木に決定されたようです。


■世界に類を見ない森造りへの挑戦

神宮の社殿を始めとする建物は、当時国家予算として計画されましたが、神社には必ず鎮守の杜が必要で、これをどのように造成するかが議論され、結果として、全国各地から献木を行うことになりました。


当初、内閣総理大臣の大隈重信がイメージしたのは、伊勢神宮や日光東照宮などにある荘厳な森で、ヒノキや杉が中心となった森だったそうです。

しかし造営委員会側とすれば、当時から100年後の社会をイメージして、温暖化や公害があっても成長する森造りにこだわり、総理大臣の意向をも退け、北は北海道から九州、そして海外から様々な樹木を集めたようです。

その数は10万本、365種類。
海外からも献木もあったようです。

すごいところは、ここから。

その10万本の樹木を無計画に植樹しても、将来、形のないスカスカな林にしかならず、「永遠の杜」を造ることをテーマにしていたことから、
すぐに成長する木は苗木で献木してもらい、だからといって苗木ばかりでも初期形成としてはバランスが悪いので、第一期の森を形成するために中低木クラスの植樹もする計画となりました。


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そして、100年という時間の中で、計画的に植樹された木が、ひとまわり、ふたまわり、みまわりと3段階で森が大きくなるように配置されました。

そして、ちょうど100年後の現在、いままさにひとつの形となって、今日の我々に都会のオアシスとして緑の恩恵をいただいているわけです。


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■全国からのボランティア〜青年勤労奉仕団の結成〜


このような人の手による壮大な森の計画は当時からも世界をみても前例があまりなく、
それほど神宮創建は、国内外で大きな熱誠のあった国民運動であったことがわかります。

次にもうひとつ今回、特筆すべきポイントは、全国民から献木された10万本を誰が植えたと思います?

それは、その趣旨に賛同した20歳前後の若者たちなんです。

いまでこそボランティアと言うことになりますが、神宮創建にあたり、各都道府県単位で、青年勤労奉仕団が結成され、のべ11万人が参加したようです。
※この奉仕団に参加することは当時、とても名誉なことだったそうです。

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ここまで壮大な当時のお話を、少しダイジェストにお伝えしましたが、

まとめてみると、

●神宮の森が、世界で類をみない人の手で造られた人工の森であること。 

●森が100年計画で、100年後に人工の森から自然の森へと、さらに成長するよう設計されていること。そして現在がその100年であることも。

●全国からの多くの献木を、のべ11万人若い方々のボランティアで植樹されたこと。

↓創建当時と現在(原宿口の第一鳥居)

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■現代に生きる我々の学びとは?

🔲やっていることの視座が高い
私もそうですが、仕事やっていると、ついつい今日明日のことに追われてしまっています。長くても半年とか(笑)

神宮創建に関わった人たちは、先を見越して仕事し、完成した姿は自分たちの生きていない100年後の姿を、いまの我々に託していること。

iCAREのvalue:視座は上がらないか



🔲次代を動かすのは、いつも若い人たち
明治維新も神宮創建でも同じなのは、国を動かしたり大きなことを成し遂げたりする核となる人たちは、若い人たちであること。決して年配の偉い人たちじゃないこと。

組織にいると、ついつい上司のいうことばかりしていて、本来自分のなりたい姿ややりたいことが、後回しになっていることが多くありませんか?
    
iCAREのCREDO:自分にフタをしていないか


🔲情熱を持つことって素敵なこと
何も全員、松岡修造さんになる必要はないですけど、重要なことは目の前の仕事にこだわりを持っていること。

神宮創建時の青年たちのように、ひとつの目的に全集中して力を合わせて大きな目的を達成する姿は感動的です。

iCAREのCREDO:家族に誇れるか
          仲間に愛があるか 


最後に…

季節は師走なので、お正月やお時間ある時に、神宮に行って見てください。


100年前の偉業に思いを馳せながら、ゆっくり散策することをオススメします。

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■おまけ  「代々木」の地名の由来

「代々木」って言う地名の由来、知っていますか?

JRの駅もありますよね??

実は、神宮の境内に、「代々木」と言う樹木があるんですよ!
これが地名の由来なんです!

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↓この木です!!
※境内を原宿口から入り本殿に行く途中にあります。

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現在の樹木は、先代が東京大空襲で焼かれたため、少しスマートですが、
記録によると、先代の樹木はとても立派で、幹の太さは10m、木の高さは50m以上、枝の広がりの幅は54mだそうで、木登りしたら当時ペリーの黒船も見えたらしいです。



長々とお読みくださり、ありがとうございます。
明日は、カスタマーサクセス部 ADチームの竹中さんが投稿します!
お楽しみに~!



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ありがとうございます!
高畠信一郎
株式会社iCARE 人事総務部長。國學院大学文学部を卒業し、これまでスタートアップから中堅、大手企業のHR領域業務を経験。自身でも2社起業。大学での非常勤講師や講演多数。直近でやりたいことは「働くひとの健康を世界中に作ること」と「HR領域の哲学を創ること」 趣味:面接、特技:面接