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投球障害予防 -胸郭出口症候群-

|はじめに

C-IBaseball育成メンバーの新海 貴史と申します。

今回は野球選手の中でも多く見られる疾患の一つである胸郭出口症候群の予防に関して、自分なりの意見を交えて説明していきたいと思います。

最後まで読んでいただけると嬉しいです。

|胸郭出口症候群:thoracic outlet syndrome(以下、TOS)について

胸郭出口部において血管神経束が圧迫や牽引、摩擦刺激を受けることにより、上肢および肩甲骨周囲などにさまざまな症状が惹起される疾患です。

分類すると、神経性と血管性(動脈性・静脈性)に分けられますが、神経性TOSが全TOS症例の約95%、神経症状を伴う症例の99%を占めています。

蓑川創,柴田陽三:胸郭出口症候群の画像診断.関節外科 基礎と臨床.2019; 38(10): 24-29.
Roos DB. Thoracic outlet syndrome is underdiagnosed. Muscle Nerve 1990 ;22:126-37.                           
Atasoy E. Thoracic outlet compression syndrome. Orthop Clan North Am 1996;27:265-303.

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💡今回はこの神経性TOSについて考えていきたいと思います。

日本では腕神経叢の刺激状況により、神経性TOSは圧迫型(18%)牽引型(8%)、圧迫と牽引が混在する混合型(74%)に分類できると報告されています。

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井出淳二.胸郭出口症候群.最新整形外科学体系13.高岸憲二編.東京:中山書店;2006.p.278-89

✅胸郭出口(thoracic outlet)とは

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胸骨上縁、第1肋骨、第1胸椎で囲まれる環状構造で、解剖学用語の胸郭上口に相当します。また、胸郭出口の英名 thoracic outletは胸郭下口(胸骨剣状突起、肋骨弓、第12胸椎に囲まれ、横隔膜で塞がれる)を指すことがあります。

TOSは鎖骨上窩から腋窩に広がる領域で惹起されます。

この領域の斜角筋隙(前斜角筋−中斜角筋−第1肋骨で囲まれた三角錐状の間隙)、肋鎖間隙(鎖骨・鎖骨下筋腱−第1肋骨・前中斜角筋停止部で囲まれた間隙)、小胸筋下間隙(小胸筋停止腱−前鋸筋・第2〜4肋骨−肩甲下筋で囲まれた間隙)は生理的な狭窄部位であり、正常ではTOSを来すことはありません。しかし、高頻度で存在する解剖学的変異、なで肩や上肢帯の運動による狭窄部位のさらなる狭小化はTOSを来す因子になり得ると言われています。

中野隆:胸郭出口の臨床解剖.関節外科 基礎と臨床 .2019;38(10):15-23.

 |症状

TOSの代表的な症状には以下のようなものがあります。

✔︎上肢・指の痺れ

✔︎上肢痛、肩痛・肩こり、頚部痛、頭痛

✔︎めまい・全身倦怠感・不眠などの不定愁訴

✔︎筋萎縮や筋力低下、特に握力の低下

など...

|野球選手におけるTOSの原因と予防の意義を考える

TOSは肩肘痛を訴える多くのオーバーヘッドアスリートに潜在すると言われています。

⚠️野球選手においても投球側の肘痛の原因がTOSであることは稀ではありません。

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✅...では野球選手におけるTOSは一般的なTOSと何が異なるのでしょうか❓

①野球というスポーツの中で投球動作や打撃動作が繰り返されることで、広背筋や上腕三頭筋、前腕屈筋群などはoveruse(過使用)の状態になります。overuseによって胸背神経、橈骨神経、尺骨神経などがメカニカルストレスを受けたり、筋肥大によって神経のentrapment(絞扼)や滑走不全が生じると考えます。

②entrapmentに加え、野球選手では広背筋や僧帽筋下部などのタイトネスが生じることで肩甲骨は下方回旋・下方偏位を呈しやすくなります。肩甲骨が下方回旋すれば牽引型TOSを惹起する可能性が高くなります。

肩甲骨の不良な位置やoveruseによる腱板筋群の微細損傷・筋疲労により、肩甲骨周囲筋や腱板の出力が入りにくくなります。上肢の土台である肩甲帯の出力が低下すれば、その機能を末梢(上腕や前腕・手指)で代償するようになり、末梢の神経(尺骨神経など)により大きなストレスがかかる事が想像できます。

④このような肩甲骨の位置不良や出力不良が存在する状態での投球動作や前腕での代償が繰り返されることによって神経へのストレスはますます増大し、症状が顕在化してくるのではないかと考えています。

上記をまとめると、野球選手におけるTOSは牽引型TOSに神経のentrapmentが組み合わさったdouble crush syndrome(神経の2ヵ所での障害)が比較的多いと個人的には捉えています。

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✅なぜ野球選手においてTOSの予防が必要なのか❓

TOSや神経絞扼により肘関節の安定性が低下すれば肘痛を発症する要因になるだけでなく、球速が落ちる事により投球のパフォーマンスに直接影響を与える可能性があります。

先ほど説明した通り野球選手ではその競技特性から、神経のentrapmentや筋のタイトネスによる肩甲骨の位置不良から来る神経の牽引が生じやすく、それらが野球選手に多いTOSを生み出してしまっていると考えます。

例えば、橈骨神経が上腕三頭筋外側頭の緊張により絞扼を受けたり、尺骨神経が上腕三頭筋内側頭の発達や前腕屈筋群の過緊張により絞扼を受けるとそれらの筋は出力が低下します。

筋出力低下が生じている状態で繰り返しのストレスが加わることによって肘関節は不安定になります。

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したがって投球動作における肘痛の原因の一つである ”筋出力低下” をどのような評価によって見出していくかがポイントになってきます。そのためには通常のMMTだけでは不十分と考えています。

硬くなった筋を伸張位にすることによって神経の絞扼が生じやすい条件を作った上での筋出力を診ることによって、肘の不安定性に繋がる可能性のある”初期の筋出力低下”を検出することができると考えます。加えて、把持動作やグリップなどのパフォーマンスを診ることによって細かな動作のエラーを早期に見つける事が重要であると考えています。

|チェック方法

一般的にはTOSの評価方法としてMorley testRoos testWright testなどの整形外科的テストが存在しますが、前述したように野球選手においてはこれらのテストでは引っかかってこないような潜在性のTOSが多く存在すると考えています。

そのため、これらのような「どこ”where”で障害されているか」を診るだけではなく、スポーツに直結する"Performance"をスクリーニング的にチェックしていく必要があるかと思います。

評価① 上肢の引き下げ

症状を引き起こしているのが牽引型TOSか神経のentrapmentかどうかの評価として用います。

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評価② Froment徴候

尺骨神経のentrapmentが生じると母指球筋に力が入りにくくなるため代償動作が生じます。

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評価③ 尺側grip

深指屈筋の尺側は尺骨神経支配になるため尺骨神経のentrapmentが生じると尺側でのグリップ機能に影響を及ぼします。

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上記のテストにて機能低下、パフォーマンスの低下が認められた場合は、さらに詳細をチェックしていく必要があります。

評価④ 筋柔軟性低下によるentrapmentの評価

■上腕三頭筋の柔軟性低下による橈骨神経のentrapment

上腕骨の後方には橈骨神経が走行しており、三頭筋の柔軟性が低下していると伸張位で収縮させた時に神経に圧縮力がかかります。

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評価⑤ 肩甲骨下方回旋位でのbelly press test

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この評価では前腕が固定された状態で上腕骨が内旋方向に動くことで、肘関節には外反ストレスがかかります。不良な肩甲骨位置で肩甲下筋が十分に収縮しなければ前腕内側筋群が代償として過剰に働き、筋収縮性の絞扼により尺骨神経症状が出現すると考えています。

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|予防のためにはどうすればいいのか

1.圧迫型に対する予防

圧迫型は第一に誤ったフォームでのトレーニング過負荷なウエイトトレーニングにより斜角筋や小胸筋などの筋肉が過度に肥大することを防ぐ必要があると考えます。

また様々な体格の選手がいる育成年代からの過剰なマスコットバット等の使用も斜角筋の肥大を招く一要因になるのではないかと考えています。

トレーニングの前後では前胸部(小胸筋)のセルフマッサージ・ストレッチを実施することも良いと思います。

小胸筋の上にある皮膚や皮下脂肪などの軟部組織を持ち上げてリリースするイメージで行います。小胸筋を触知可能な方は直接筋にもアプローチするのが良いと思います。

また斜角筋の圧迫に対しては、第1肋骨(上部肋骨)の前方回旋や下制によって斜角筋が伸張されて緊張が高くなると腕神経叢にストレスがかかると思いますので、次項で説明するように肩甲骨および鎖骨が引き下げられた状態でのエクササイズを防ぐ事が重要だと考えています。

2.牽引型に対する予防

牽引型に対する予防法としては、

✅肩甲骨下方回旋を日々の生活やトレーニング時に抑え続けること

が重要だと考えております。

野球選手では僧帽筋下部や広背筋のタイトネスにより肩甲骨下制位や下方回旋位であることがしばしば認められますが、これに対して広背筋のストレッチのみで対応するのにはやや疑問が生じます。

広背筋ストレッチを行っても広背筋が緩まるだけで、あくまで原因は他にあるからです。

僧帽筋下部や広背筋は投球動作においてブレーキングの作用を持ちます。

これらの筋群は投球負荷が加われば加わるほど遠心性のストレスを受けるためタイトネスが生じやすく、結果的に常に肩甲骨の位置が悪い方向へと偏位しうるのが野球というスポーツの特性です。

タイトネスに対してストレッチを行うだけではなく、腱板エクササイズなどを実施する際も肩甲骨が下がらないように常に良い位置で行うなど、”日々肩甲骨の位置を調整し続ける事” が最大の予防策であると考えています。

🔽エクササイズ時の適切な肩甲骨位置🔽

(※分かりやすいように左手でペンを持って鎖骨の傾きを表現しています👆)

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|まとめ

今回の内容は以上になります。

予防においては単純にストレッチやトレーニングなどを行うコンディショニングだけでは不十分です。

不良な肩甲骨アライメントでは上肢の痺れが出る可能性があることを説明しましたが、肩甲骨の下方回旋位や前腕での過剰な代償は、基本的には”無い”ことが大前提となります。その上で腱板のエクササイズやストレッチなどのコンディショニング・セルフケアを実施する事が重要となります。

TOSに関してはあまり予防という考えが浸透していないかと思いますが、この記事をきっかけに日々のトレーニングや身体の使い方を意識してみて下さい。

最後までお読みいただきありがとうございました。

この記事が一人でも多くの野球選手のためになれば幸いです。

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