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景観政策としての屋外広告物対策:京都市の成功要因は?

京都市と景観政策

京都は日本を代表する観光都市として、国際的にも認知されている。米国の旅行雑誌である「Travel + Leisure」の観光都市ランキングにおいて、京都は2014年に1位に選ばれており、2021年も5位に選ばれている。歴史・文化的な側面での評価はもちろんであるが、京都の魅力はそうした側面が景観としても具現化されている点であろう。

こうした京都の景観は、自然に保全されてきたわけではない。昔から京都市は景観保全に取り組んできたが、常に景観が問題なく保全されていたわけではなく、2000年頃から、価値観や生活様式の変化や偏った経済性・効率性の追求といった社会情勢を背景に、京都らしい景観が損なわれていたことが問題となっていた。

そんな中、京都市の景観政策が大きく変化したのは、2007年である。都市計画や市の法律を大幅に変更して、新しい景観政策を打ち出した。そこでは、以下の5つの柱を提唱し、合わせて様々な支援制度を設けた。詳しくは、京都市が発行しているレポート「新景観政策 10年とこれから」に記載されている。

  1. 建築物の高さ規制の見直し(高度地区の変更)

  2. 建築物等のデザイン基準や規制区域の見直し

  3. 眺望景観や借景の保全の取組

  4. 屋外広告物対策の強化

  5. 京町家などの歴史的建造物の保全

本Noteでは、京都市における屋外広告物対策について、取り上げる。屋外広告物対策は、日本全域で取り組まれているが、その実効性は地域によって様々である。明確な成果を上げている京都市の事例を取り上げることで、何が実効性がある屋外広告物対策として重要なのかについて検討していく。

屋外広告物対策の概要

屋外広告物対策については、屋外広告物法が存在している。かかる法の目的は、「良好な景観の形成又は風致の維持」と「公衆に対する危害の防止」であり、都道府県、政令市、景観行政団体等が、屋外広告物法に基づき屋外広告物条例を定め、必要な規制を行うことができる旨を定めている。この法律の概要は、国土交通省のページで紹介されている。

また、国土交通省は、屋外広告物法に基づく制度の的確な運用を支援していく趣旨から、屋外広告物法の運用に関する技術的助言として地方公共団体に送付されているものとして、屋外広告物条例ガイドラインを発行している。2022年4月1日時点において、指定都市及び中核市以外の屋外広告物条例制定済み市町村は102あり、多くの地域で屋外広告物対策は実施されている。

しかし、屋外広告物条例を定めれば違反がなくなるというわけでもなく、地域によって違反の量は様々である。伊藤(2020)は、屋外広告物政策自体には欠陥が見当たらず、違反が生じる原因は政策の実施、すなわち実施機関が違反を取り締まらないことにあると主張し、なぜ取り締まらないかについては、以下の要因を指摘する

  • 実施職員の行動原理:
    ストレスとリスクを回避し、機械的に処理できる業務に傾斜する。

    • 申請処理に関しては、処理期限が定まった非裁量的行為であり、評価が得やすい業務であるため優先される。一方で、違反対応については、様々な政策手段をいつ、どの程度用いるかの判断が職員に委ねられ、労力とストレスが大きく、違反が溢れる中で放置しても評価が下がりにくいため、後回しにされる。

  • 実施組織の構造:
    複数業務性(職員それぞれが複数業務を担当)と複数担当性(各業務に複数の担当者が配置)により資源(予算、人員等)の奪い合いが生じる。

    • 複数業務性の影響で、業務間の人員争奪戦が生じ、人員の不足が生じている状態を前提に、担当者が上記で述べたように申請処理のような定型業務が優先され、違反対応が後回しにされる。また、複数担当性の影響で、違反対応のような前例のない対応が求められる場合が多い業務において、責任を曖昧にして先送りを生む可能性が生じる。

京都市における屋外広告物対策

冒頭で述べたように、京都市の魅力の一つは、その歴史・文化を具現化した京都らしい景観の実現である。京都市の屋外広告物対策の歴史は長いが、現在の成功は、2007年に屋外広告物条例を改正し、その後、7年間をかけて屋外広告物の違反を是正してきたことにあるだろう。この経緯について、詳しくは伊藤(2020)の第7章や「新景観政策 10年とこれから」で紹介されているが、以下大枠の経緯を抜粋して紹介する。

2007年の改正では、規制区域を9から21区分とする再編成、屋上広告物や点滅照明の全面禁止、地域特性に応じた大きさや色、表示できる高さ等の許可基準の見直し等が規制の柱となり、新条例に適合しない既存広告物の経過措置は最大7年間とされた。当時は屋外広告業界から批判もあったようだが、景観政策に対する市民の圧倒的賛成を背景に、全会一致で可決された。そして、モデル地域を中心に行政指導を中心とした違反対策が進められ、優れた屋外広告物に対する誘導策も合わせて実施された。

2012年になると、経過措置が終わるまでの猶予期間は残り2年となったが、モデル地域以外の地域における違反は依然として多数存在した。こうしたことを背景に、強力な首長のリーダーシップの下、京都市が展開したのは以下の取組み等であり、特に2014年に実施した総人員数110人体制での市内全域を対象としたローラー作戦が、全市域で違反是正を促す契機となった。

  • 屋外広告物制度の定着促進

    • 周知チラシの市内全戸配布

    • 経済団体等を対象とした説明会の開催

    • 屋外広告物を表示するすべての事業者への制度周知ポスティング

  • 是正の為の指導の強化と支援策の充実

    • 市内全域を対象としたローラー作戦による是正指導

    • 屋外広告物の是正を促進する低利の融資制度の創設

  • 京都にふさわしい広告物の普及促進

    • 「京都景観賞 屋外広告物部門」の創設

    • 優良な屋外広告物の設置や設計等に対する補助制度の創設

京都市の成功要因は、屋外広告物に関する規制の内容そのものというよりも、トップの明確な方針の打ち出しと、それに対応した組織の変化(予算、人員の強化)だろう。伊藤(2020)も、京都市の屋外広告物対策の特徴として、「政治的に優先順位が明確にされたこと」「思い切った資源配分を行い、短期集中でやり遂げたこと」を指摘する。また、徹底した違反是正によって、事業者の間で、違反広告は許されないとの認識が広がり、更に目に見える街並みの改善によって、市民の間で政策の正統性も評価を得たのだろう。実際、2016年の市長選挙においては、屋外広告物条例の見直しを掲げた対立候補も存在したが、門川大作市長が圧倒的な大差をつけて再選を果たした。

屋外広告物対策を実施するにあたって

本Noteでは、京都市の屋外広告物対策を例として取り上げた。もちろん、京都市ならではの特性もあり、すべての地域で当てはまるわけではないが、京都市の屋外広告物対策の実施態様は、他の地域でも景観政策を実効性を持って実施するにあたっての一定の示唆が得られる。景観は、何が望ましいのかという定量的な指標を作りにくいため、違反対応にあたっては職員の裁量に委ねられてしまうことが多い。また、優先順位としても、福祉や教育といった分かりやすい課題が注目され、景観に関する優先順位は相対的に低くなってしまうことが多い。そのため、景観に関する政策そのものが良かったとしても、実施(特に違反対応)にあたっては後回しにされがちであり、結果的に実効性の乏しい政策になりかねない。

しかし、景観政策は、特に観光地等の景観が地域の魅力に直結するような地域において、長期的に非常に重要な政策である。そこで、屋外広告物対策に真剣に取り組む地域においては、職員の裁量が大きくストレスがかかる業務であり、優先順位が低く見積もられがちという政策の特徴を加味した上で、実効性が保てるように、トップによる優先順位の明確化とそれに見合った資源配分を確保していくべきであるのではないか。

文献

  • 伊藤修一郎. (2020). 政策実施の組織とガバナンス: 広告景観規制をめぐる政策リサーチ. 東京大学出版会.

  • 伊藤修一郎. (2010). 「コモンズの悲劇」 の解決策としての法 景観保全における 「メニュー法・枠組み法」 についての考察. 法社会学, 2010(73), 188-203.

  • 高谷基彦. (2008). 京都市の新景観政策~ 時を超え光輝く京都の景観づくり~. 日本不動産学会誌 , 22(3), 84-88.

  • 高村学人. (2010). 屋外広告物規制の執行・受容過程の実態調査と理論モデル 京都市の新景観政策を事例に. 法社会学, 2010(73), 23-44.

  • 京都市. (2018). 新景観政策 10年とこれから. https://www.city.kyoto.lg.jp/digitalbook/page/0000000337.html (最終アクセス2022年7月30日)

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