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観光地における廃屋問題②:独自条例による対応を考える

はじめに

前回のNoteの冒頭で記載した通り、廃屋の存在が問題となる観光地が増えていっている。保安上の危険が問題となるのは観光地以外と同様であるが、観光地における廃屋問題については、景観に対する悪影響によって観光地としての価値を損なってしまうという側面が大きい。

そして、既存の法律は、建築物の撤去という強制的手段は、保安上の危険性が発生することを前提にしており、景観への支障を理由には使いにくい。これ自体は、景観への支障を理由として、建物の除去という財産権への侵害強度が高い措置を講ずるのは合理性を欠くという、比例原則に由来すると考えられ、おかしな法設計ではない。

しかし、全国一律で考えた一般論としては上記の通りであるが、全ての地域で同じとは限らない。観光地にとって景観の維持は非常に重要なものであり、現在の景観は長年のまちづくりの成果として存在している地域も多い。仮に、地域において景観に支障を生じさせている廃屋への対応が求められているのであれば、一般的な廃屋対策より一歩踏み込んだ対策も必要となる。そこで、本Noteでは、独自条例による景観支障を理由とした廃屋の強制的撤去の可能性について検討していく。

ちなみに、英米法の国では、「ニューサンス(nuisance)」という法律上の概念があり、他人に有害または不快である人間の活動または物理的状態を指しているが、周辺住民の健康や生命に悪影響を及ぼすものだけでなく、不動産価値に悪影響を及ぼすような空き家等もこの「ニューサンス」に含まれ、こうしたニューサンスを規制したり禁止したりすることは私有財産権の侵害とはみなされないということである(平、2020)。

独自条例での考慮要素

既存の法律が使えないため、自治体はフルで条例を作成しなければいけない。しかし、現存の法律の限界は、比例原則に由来したものであり、そうした限界が設けられていることには理由がある。そこで、条例を作成するにあたっては、法律の限界を超えることができるように理論武装していく必要がある。ここでは、特に重要だと考えられる要素について、取り上げる。

規制の正当化根拠

まず、一番大事なのは、景観への支障を理由とした廃屋撤去を正当化する根拠である。通常、規制条例において規制を正当化する根拠は、条例の目的規定(1条)の内容として記載される。しかし、目的の内容に景観を含めればいいという単純な話ではない。

そもそも問題となりえるのは、景観の法的保護性である。この点の考え方については、以前のNoteで解説した国立市大学通りマンション事件判決(最1小判平成18年3月30日)が参考になる。この判例では、「景観利益は、人格権や物権のような権利と言えるほどの強さを持つ利益ではないのであり、第1次的には条例等によって、その内容が規定されるべき」と示されている。

このような考え方からすると、廃屋撤去は個人の財産権に対する強力な制限であるから、対立する保護法益であり、物権と比べて弱い権利である地域の景観利益については、民主的手続きによって定められることが大前提となる。具体的には条例に基づいて策定される計画の中で、保護されるべき景観が明記され、そうすることで初めて廃屋撤去を正当化する根拠として、地域の景観利益が認められるのである。

また、計画は単に作るだけでは十分でなく、具体的な必要がある。市町村全域を対象に守るべき景観の利益を規定するというのでは説得力がなく、例えば、文化的資源が集中する観光中心部といった形で区域を限定することが考えらえる。全国一般で言えば、景観利益を理由とした廃屋撤去は、保安上の危険性を理由とした廃屋撤去に比べて正当性が小さいかもしれないが、文化的資源が集中する観光中心部のような場所では、景観利益を理由とした廃屋規制の正当性は高いという理屈である。

なお、海外における都市計画規制に比べて、日本の規制は弱いと言われ、その原因としては日本の法制度等が個々人の所有権を偏重しすぎているからだと言われることがある。間違っていはいないのだが、おそらくより根底にあるのは社会に流布する価値観による違いだと思われる。内海(2021)は、財産権の制限に関する価値観を以下の「一般公益優先」と「個別権利利益優先」に分類した上で、日本においては「個別権利利益優先」の価値観が社会に置いてる流布していることを、現在の都市計画に関連した法制度の根底にあると指摘している。

  • 一般公益優先:個々人には帰属し得ない一般公益の利益を優先する価値観

  • 個別権利利益優先:個々人に帰属する権利利益を優先する価値観

地方分権が認められている現代において、地域の景観に関する一般公益優先の価値観が存するのであれば、景観利益を理由とした廃屋規制についても日本の法制度と矛盾するものではないだろう。上記で記載した景観利益の公的ルール化等の流れは、地域の景観に関する一般公益優先の価値観の具現化として考えることができると思われる。

建築物の所有者・管理者の義務

上記のように区域を限定し、そうした区域において、建築物の所有者・管理者が建築物を適正に管理する義務を定めることで、廃屋をそのまま放置している所有者は、その義務との関係で、財産権を消極的に濫用していると整理されることになる。

所有者・管理者の義務については、できるだけ具体的に記載することが望ましい。一般的に、他人の生命や財産に害を与えないように不動産を管理する義務は存在するが、それを超えた義務について当然には受け入れられているわけではないからである。

また、気をつけなければいけないのは、既にある特定の廃屋を狙い撃ちとするような形としてはならないということである。上記のように条例の存在によって、景観利益を守る形での適正管理義務を創出するわけだが、既に廃屋となっている物権について遡及的にその義務を負わせることは難しい。現実的には、条例が施行される際に既に景観支障状態となっている建築物等については適用除外として、補助金型等の施策と組み合わせることになると思われる。

代替手段の検討

また、比例原則の観点から、廃屋撤去という極めて強い措置を用いることなく条例目的を達成できる対応が検討されていなければならない。目的は地域の景観を守ることだが、その目的を達成するために、より制限的でない他の選びうる手段はないのかという視点である。空家法で、景観支障を理由とした建物の強制的除去が認められていないのも、この点を考慮したものと考えれるし、景観法に基づく措置においても、例示として改築、模様替、色彩の変更をあげるのものも同様の考え方である。

撤去の前に、任意の順守を期待する行政主導(助言又は指導、勧告)等を挟むのも、比例原則の観点からは重要である。できるだけ、自主的な撤去を促すようにするべきである。仮に、自治体が補助金等の支援を用意している場合には、そうした支援制度の存在を教えること等も考えらえる。

手続き的正当性の確保

手続き的正当性の確保という観点は、いくつかの段階で検討する必要がある。まずは、景観に支障がある廃屋という認定である。保安上の危険性という要件よりもさらに、景観への支障という要件は曖昧であるため、できるだけ明確な形で規定しておくことが重要である。これは、地域によってどのような景観が望ましいのかという議論の裏返しとなる。

また、廃屋撤去は、行政手続条例上の不利益処分であるから、弁明機会の付与が必要であるが、それを超えて、当該物件の所有者や管理者に対して、聴聞までをするのが適切であろう(弁明機会は原則として書面、聴聞は原則として口頭という違いがある)。

景観支障防止条例(和歌山県の事例)

日本における具体的事例としては、和歌山県が2011年に制定した「建築物等の外観の維持保全及び景観支障状態の制限に関する条例」が存在する。この条例は、既存の法律に基づいては、景観への支障を理由とした廃屋撤去が難しいという問題意識から、制定されたものである。制定経緯や考え方については、和歌山県県土整備部都市住宅局都市政策課が作成した「建築物等の外観の維持保全及び景観支障状態の制限に関する条例ついて」に詳しく記載されているため、そちらを参照してもらいたい。

本条例では、景観支障状態を定義して、その状態に当てはまっている建築物に対する対応について規定する。景観支障状態については、3条にて「規則で定める程度の特に著しい破損、腐食等が生じている状態」「周辺の良好な景観に対して著しく不調和である状態」と定め、さらに具体的な考慮要素について、規則と合わせて考え方を発表している。

「周辺の良好な景観に対して著しく不調和である状態」という要件については、面白い考え方を取っている。4条に周辺の住民は要請発動をすることができるとの規定があるが、和歌山県は「周辺住民等から景観支障除去措置をとらせるよう要請があった場合は、周辺住民等は当該建築物等が周辺の良好な景観と不調和であると判断しているものと捉える」と述べている。実際には、現況調査を踏まえての認定が中心になると思われるが、「周辺の良好な景観に対して著しく不調和である状態」という曖昧な要件について、ある種の具体化を試みた結果であろう。

(景観支障除去措置の要請)
第4 条 次に掲げる者は、規則で定めるところにより、知事に対し、外観が景観支障状態にある建築物等(以下「景観支障建築物等」という。)に係る建築物所有者等に除却、修繕その他の景観上の支障を除去するために必要な措置(以下「景観支障除去措置」という。)を行わせるための要請(以下「要請」という。)をすることができる。
(1) 景観支障建築物等から規則で定める距離以内の区域に居住する 20 歳以上の者又は土地の所有権若しくは借地権を有する者(当該景観支障建築物等に係る建築物所有者等その他規則で定める者を除く。次項及び第4 項並びに第8 条においてこれらを「周辺住民等」という。)
(2) 景観支障建築物等(規則で定める区域内に存するものに限る。)の所在地を管轄する市町村の長
2 周辺住民等による要請は、当該要請に係る周辺住民等が複数ある場合には、規則で定める数以上の当該周辺住民等が共同して行うものとする。
3 市町村の長による要請は、当該要請に係る景観支障建築物等の所在地を管轄する市町村が複数ある場合には、当該所在地を管轄する市町村の長が共同して行うものとする。
4 市町村の長は、要請をしたときは、速やかに当該要請に係る建築物等の周辺住民等から意見を聴取し、知事に対してその結果を報告するとともに、知事の求めに応じて当該要請に係る事務の遂行に必要な協力をしなければならない。

建築物等の外観の維持保全及び景観支障状態の制限に関する条例

実際に、2016年3月上旬、本条例によって景観を理由として老朽化した空き家を行政代執行で撤去したとのことであり、活用もされているようである。リンク先の記事によると、10年以上前から空き家となり、壁が壊れたりツタが茂ったりしたまま放置され、周囲の景観を損ねていた建築物を対象としたとのことである。

まとめ

さて、本Noteでは、既存の法律は、景観を理由とした空家撤去は想定されていないことを前提に独自条例での対応可能性について検討してきた。原則として、廃屋撤去という強い手段を活用するのは、身体や財産への危険という状態がないと正当化されないという法律の考え方は妥当だろう。

しかし、観光地において、景観は地域の価値と直結している。また、地域によっては、長年のまちづくり活動の結果として、その場所の景観が保全されているという場合も多い。仮に、民主的な手続きを経て、地域の景観に対する考え方が規定されており、実際に景観利益が重要となる観光地の中心部といった一定の区域に限定されているのであれば、そうした景観を阻害する財産的価値の乏しい廃屋に対しては、他の場所よりも一歩踏み込んだ対応である廃屋撤去もできると思われる。

文献

  • 北村喜宣. (2018). 空き家問題解決のための政策法務: 法施行後の現状と対策. 第一法規株式会社.

  • 北村喜宣. (2020). 環境法. 弘文堂.

  • 平修久. (2020). アメリカの空き家対策とエリア再生: 人口減少都市の公民連携. 学芸出版社.

  • 内海麻利. (2021). 決定の正当化技術: 日仏都市計画における参加形態と基底価値. 法律文化社.

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