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観光地における廃屋問題①:景観を理由とした強制的撤去は可能か?

はじめに

観光地において、廃屋の存在は課題となっている。見た目のインパクトも関係し、栃木県日光市の鬼怒川温泉における廃墟群は広くニュースで取り上げられたが、廃屋問題を抱えるのはここだけではない。コロナ禍で観光産業はダメージを受けたが、その影響は大きく、多くの観光地で廃屋問題はこれからも広がっていくだろう。

空き家に関しては、「空家等対策の推進に関する特別措置法」(以下「空家法」という。)が存在しており、空家等に関する定義を以下のように規定しているが、この法律上では廃屋に関する定義はない。北村(2018)は、廃屋を「種々の理由により、管理がされずに居住者や利用者のないまま長期間放置され、建築物の機能が損なわれて、景観上の支障を発生させているもの」と定義しており、景観上の支障の発生に力点を置いているという点で特徴がある。ひとまずは空き家の中で景観上の支障が生じているものを廃屋と呼ぶと考えれば良い。

第二条 この法律において「空家等」とは、建築物又はこれに附属する工作物であって居住その他の使用がなされていないことが常態であるもの及びその敷地(立木その他の土地に定着する物を含む。)をいう。ただし、国又は地方公共団体が所有し、又は管理するものを除く。
2 この法律において「特定空家等」とは、そのまま放置すれば倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態又は著しく衛生上有害となるおそれのある状態、適切な管理が行われていないことにより著しく景観を損なっている状態その他周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切である状態にあると認められる空家等をいう。

空家等対策の推進に関する特別措置法

観光地における廃屋は、老朽化された建物が崩壊するかもしれないといった防災上の問題に加えて、それが観光地における景観を阻害してしまうという点で問題が大きい。一部の廃屋マニア以外の観光客にとっては、廃屋の存在は決して望ましいものではなく、周りの整備をどんなに実施していたとしても、廃屋の存在が観光地としての景観を大きく損なわせてしまう。

本Noteでは、既存の法律に基づいて、所有者が廃屋の撤去に同意していない場合、景観への支障を理由とした廃屋の強制的な撤去ができるのかということを検討していく。なお、独自条例に基づいた対策や所有者が撤去に同意している場合の支援等の方法については、別途検討するため、本Noteでは対象にしない。

景観を理由とする強制的な廃屋撤去

景観を理由とする廃屋の強制的な撤去について、その根拠となる法律候補はいくつか考えられる。ここでは建築基準法、景観法、空家法を取り上げる。なお、どの法律にも共通して言えることだが、行政代執行による廃屋を撤去した場合、その費用は所有者に支払ってもらうことが原則であるが、所有者に資力がなければどうにもできない。実際、多くの廃屋撤去の事例において、行政は費用が回収できていないということが現状である。

仮に、廃屋が競争力のある観光地の中心部に位置していた場合は、話は違ってくる可能性がある。もし所有者が費用を支払わない時は、(廃屋と土地の所有者が同じ場合)所有者の廃屋を撤去した後の土地の差押えにつながっていくが、その土地が需要が高い場所にあるのであれば、競売の結果、費用回収ができる可能性が上がるからである。

建築基準法

建築基準法には、以下の著しく保安上危険な建築物等の所有者等に対する勧告及び命令を定める規定が存在する。しかし、ここで定められている要件該当性の判断基準が不明確であり、それが各自治体で空家条例が制定されるきっかけとなった。国交省が空家法の制定に消極的であったのも、こちらの条文での対応で十分だと考えていたからであるが、北村(2018)は、老朽危険家屋に対するこの権限の使用については、「著しく保安条危険」という要件の認定が難しく、多くの市町村が使用を躊躇っていると指摘する。

第十条 3 前項の規定による場合のほか、特定行政庁は、建築物の敷地、構造又は建築設備(いずれも第三条第二項の規定により次章の規定又はこれに基づく命令若しくは条例の規定の適用を受けないものに限る。)が著しく保安上危険であり、又は著しく衛生上有害であると認める場合においては、当該建築物又はその敷地の所有者、管理者又は占有者に対して、相当の猶予期限を付けて、当該建築物の除却、移転、改築、増築、修繕、模様替、使用禁止、使用制限その他保安上又は衛生上必要な措置をとることを命ずることができる。
4 第九条第二項から第九項まで及び第十一項から第十五項までの規定は、前二項の場合に準用する。

建築基準法

また、こちらの規定は保安上危険であること又は衛生上有害であることを要件として定めており、景観への支障を理由とした廃屋撤去には使えない。

景観法

景観法には、70条に景観地区内における良好な景観の形成に著しく支障がある建築物に対する措置を定めている。景観地区とは、景観法によって規定された、市街地の良好な景観の形成を図るために定められる、都市計画法上の地域地区である。

(形態意匠の制限に適合しない建築物に対する措置)
第七十条 市町村長は、前条第二項の規定により第六十二条から第六十八条までの規定の適用を受けない建築物について、その形態意匠が景観地区における良好な景観の形成に著しく支障があると認める場合においては、当該市町村の議会の同意を得た場合に限り、当該建築物の所有者、管理者又は占有者に対して、相当の期限を定めて、当該建築物の改築、模様替、色彩の変更その他都市計画において定められた建築物の形態意匠の制限に適合するために必要な措置をとることを命ずることができる。この場合においては、市町村は、当該命令に基づく措置によって通常生ずべき損害を時価によって補償しなければならない。
2 前項の規定によって補償を受けることができる者は、その補償金額に不服がある場合においては、政令で定めるところにより、その決定の通知を受けた日から一月以内に土地収用法第九十四条第二項の規定による収用委員会の裁決を求めることができる。

景観法

景観地区内における廃屋については、70条の対象となり得るが、「当該建築物の改築、模様替、色彩の変更その他都市計画において定められた建築物の形態意匠の制限に適合するために必要な措置」という条文に使われている文言を踏まえると、原則として修復等の措置が想定されており、廃屋の撤去は、修復等の措置によって対処できない限定的な場合に限って許されると解釈される。従って、景観法に基づく廃屋の撤去はかなりハードルが高いだろう。

空家法

埼玉県所沢市における「所沢市空き家等の適正管理に関する条例」が成立したことをきっかけに、全国的に空家条例が広まっていった。2010年代に、老朽化等により保安上の危険を発生させていた空き屋が社会問題となっていたが、2010年7月に所沢市が空家対策をメインとする上記条例を制定したことがきっかけとなって、他の自治体も同様の条例を成立させていった。

空家法は、そうした空家条例が全国的に広がっていった後に制定されたものであり、法律と条例は景観条例が広がっていった後に制定された景観法のような関係にある。建築物に関する法政策であるため、空家対策は国交省の所管であるが、立法には消極的であり、議員立法として成立した。空家法の全体構造は、下図のとおりである。

国土交通省「空家等対策特別措置法について」より抜粋

空家法の目的には、「適切な管理が行われていない空家等が・・・景観等の地域住民の生活環境に深刻な影響を及ぼしていることに鑑み、地域住民・・・の生活環境の保全を図り」と規定されており、景観への支障を理由とした廃屋対策も空家法の射程の範囲内である。

しかし、空家に対する措置に関して規定された14条を確認していくと、保安上の危険はないが、景観を損なっているという空家に対しては、建物の除去に関する指導はすることができず、修繕等に留まってしまうことがわかる。これは、景観が空き家については、憲法29条の財産権の保障とのバランスから、建物の除去という財産権への侵害強度が高い措置を講ずるのは合理性を欠くという、比例原則に由来する規定である。

第十四条 市町村長は、特定空家等の所有者等に対し、当該特定空家等に関し、除却、修繕、立木竹の伐採その他周辺の生活環境の保全を図るために必要な措置(そのまま放置すれば倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態又は著しく衛生上有害となるおそれのある状態にない特定空家等については、建築物の除却を除く。次項において同じ。)をとるよう助言又は指導をすることができる

空家法

空家法によって、倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある空き家については、最終的に代執行処分で強制的に撤去することができるが、景観への支障を理由として廃屋を撤去する場合、所有者の同意は必須であり、行政代執行で強制的に撤去することは難しいだろう。

なお、空家法の成立によって、固定資産税情報を使って廃屋所有者の手がかりを探せるようになったこと(10条1項)は、廃屋対応を考える自治体にとって役立つことだと思われる。また、所有者が不確定の廃屋に対しては、略式代執行(14条10項)の制度が準備されたことも、空家法の大きな特徴である。相続人が全て相続放棄した場合なども、この所有者が不確定という場合にあたる。

まとめ

さて、ここまで見てきた通り、既存の法律は、空き家等に対する対策する手段を用意しているが、建築物の撤去という強い手段については、原則として生命、身体、物に対する危険が生じていて初めて対応できるものであり、景観を理由とした対応については想定していない。

これは、上記で述べたとおり、憲法29条の財産権の保障とのバランスから、景観への支障を理由として、建物の除去という財産権への侵害強度が高い措置を講ずるのは合理性を欠くという、比例原則に由来すると考えられる。
では、景観への支障を理由とした廃屋対策は、修補等の弱い手段に限られてしまうのか。次のNoteにおいては、独自条例によって景観支障を理由とする廃屋撤去を可能とする方法について検討していく。

文献

  • 北村喜宣. (2018). 空き家問題解決のための政策法務: 法施行後の現状と対策. 第一法規株式会社

  • 北村喜宣. (2020). 環境法. 弘文堂.

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