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マウンテンバイク(MTB)振興と権利調整

はじめに

世界的にマウンテンバイク(MTB)市場が拡大している。世界でMTBはロードバイクとほぼ拮抗する市場規模となっており、特に山岳エリアでは、核となるレジャーアクティビティとなっている。

日本でも、多くのスキーエリアで、MTBは需要平準化の手段として期待されている。例えば、ニセコにおいてMTBコース整備計画ができている。ニセコエリアマウンテンバイク協会のインスタグラムを確認(2022年7月12日確認)したところ、「双子山トレイルパーク」に関する許可は既に出て、トレイル造成は始まっていた。

NPO法人ニセコエリアマウンテンバイク協会(倶知安町北1条東1丁目4)は、ニセコリゾート地区や羊蹄山麓でマウンテンバイク(MTB)コースの整備を計画している。今後20カ年程度をかけ、倶知安、ニセコ町内のスキー場などで複数のコースを設置するとともに、羊蹄山周回路も構想。初弾となる倶知安町内の「双子山トレイルパーク」は、8月にもアレグラ(本社・スイス)が施工を開始する。計画通りに進めば、コースの総延長は100kmを超える見込み。

https://e-kensin.net/news/149234.html

こうした盛り上がりを踏まえても、海外に比べると、市場の広がりは遅い。理由の一つとして、気軽に野外でMTBに乗れる場所が少ないことが挙げられる。その背景には、山道・トレイルに関する権利関係が複雑であり、整備・利用するのを躊躇わせてしまうことがある。

MTBを実施するためには、森林等の中の山道やトレイルを利用したり、新たにコースを整備することになるが、日本の多くの森林や山道には、利用者に焦点を当てて、その活動のルールを定める体系的な法制度が存在しない。そのため、それぞれの地域で草の根的に、トレイル利用や造成のための権利調整が実施されている。特に多数の権利者が関わる場合、それぞれの土地類型に対応した法制度(民法、自然公園法、道路交通法等)に応じて、個々の権利関係を調整するしかない。

しかし、森林に関する権利関係は曖昧であり、MTB振興のために地域で「どこまでやれば良いのか」が明確ではない。そうした場合、地域の取組みが、必ずしも持続的なMTB利用やトレイル管理の正当な権利・権限に結びつかないのである。

本Noteでは、MTB 振興に際して必要となる権利調整について、整理していく。整理のため、まずは、ベースとなる底地(土地)とその上の道(山道やトレイル等)の権利調整に分けて考える。

底地(土地)の利用

底地の利用について、その底地の所有者の許可が必要になるという点は、通常の土地利用と変わらない。多くの場合、土地所有権、地上権、賃借権等に基づいて、利用していくことになるだろう。山林については、所有者が多数いたり、それぞれの所有権の境界が不明確な場合が多い場合は、許可を得る難易度が格段にあがる。原則として、個別の権利調整が必要であるが、仮に入会権が設定されている場合には、入会団体との交渉が必要となる。

また、山林の種類によって、森林法をはじめとする法令の制限がかかっている場合がある。MTB利用に際して最も関係するのは、保安林制度と林地開発許可制度である。

保安林においては、立木の伐採に都道府県知事の許可が必要となるため(森林法34条参照)、トレイル等を造成するために都道府県知事の許可を得なければいけない。そして、許可要件としては、伐採の方法が指定施業要件をクリアする必要がある。なお、指定施業要件は、個々の保安林の立地条件等に応じて、立木の伐採方法及び限度、並びに伐採後に必要となる植栽の方法、期間及び樹種が定められている。

また、林地開発許可制度は、保有林以外の殆どの民有林を対象としており、1ha以上の開発行為や幅員3m・面積1ha以上の道路建設等に都道府県知事の許可が必要となる(森林法10条の2参照)。

他にも、森林を対象とした法制度は多く存在し、特に自然公園法や自然環境保全法等の規制がかかっていないかについて、チェックする必要がある。

道(山道・トレイル等)の利用

既存トレイル等を利用する場合、道の利用に関する権利調整も考える必要がある。以下は、典型的な道の分類に基づき、誰の許可を得れば良いのかについて原則論を記載するが、そもそも山や森における道は、利用の権利や維持管理の責任等が法制度上において不明確な場合が多いという点が課題としてあげられる。

一般の道路(国道、都道府県道、市町村道)は、道路交通法等の規定に従うことになる。多くの場合、それぞれに対応した行政部門が明確な管理権限を有しており、イベント等を開始する場合には、警察から道路使用許可を得る必要がある。

登山道・遊歩道は、様々な制度によって整備されており、自然公園の公園計画に基づいて整備されていることもあれば、条例レベルに基づいて整備されていることもある。利用行為の種類は、それぞれ整備の根拠となった法令等によって制限されている。こうした道は、それぞれの管理行政部門の許可を取ることで利用できるという点で、一般の道路と同様である。登山道は、登山客やハイキング客によって利用されている場合が多いため、そうした利用者との兼ね合いで、MTB利用は好まれない場合も多い。例えば、東京都自然公園利用ルールでは、MTBを禁止しないまでも、以下のような消極的な意見が書かれている。

8 登山道は歩行を目的に整備されていることに留意しましょう 自然公園内の登山道は、自然公園法の趣旨に基づき、徒歩利用に供される歩道として整備されています。マウンテンバイクは軽車両であるため、登山やハイキング利用が多い、明治の森高尾国定公園・都立高尾陣場自然公園内の登山道への乗り入れは控えるとともに、その他の地域でも行楽シーズンは避けましょう。

東京都自然公園利用ルール

林道・林業専用道・森林作業道は、森林法及び林道規定に基づいて、森林の適切な管理のために設置されてる道である。国有林道については、林野庁とその地方機関である森林管理署等、民有林道については、都道府県・市町村・森林組合等に管理権限が存在し、これらの機関の許可を得ることでトレイルとしても利用できる。林道等については、管理機関が、トレイルとしての利用許可に消極的な場合が多いということが課題となる。対応としては、管理機関との丁寧な調整はもちろんであるが、そもそもMTB利用を行政の計画に入れ込むことや、地域でMTBを振興していくための管理組織を明確にすること等が重要だと思われる。

私道については、基本的に所有権者の許可というシンプルな話なのだが、私道の存在自体や管理権限の認知が不明確という問題も起こり得る。例えば、先代等が私財を使ってトレイルを造成し、登山客を含む多くの人が登山道として利用していたが、その相続人等の現所有者はそのトレイルを認識していなかったというような場合である。

里道は、道路法の適用のない法定外公共物である道路である。通行や生活の必要から住民によって造成されていることが多く、現在は市町村の所有・管理下に置かれているが、実質的な維持整備は地元のコミュニティ(自治会等)に任されていることが多い。その場合、トレイル等として事業者が整備する場合は、そうしたコミュニティの同意を得たり、協定が取り交わされていることが多い。

今後の課題

さて、本Noteではやや無理矢理に、底地や道の類型に基づいて必要となる権利調整についてまとめてきた。実際は、そもそも類型に分けることが難しい場合も多く、それぞれの場所に応じた丁寧な権利調整を実施していくしかない。

日本において権利調整を難しくしているのは、日本の森林の大半が私有林ということも大きい。海外において、森林は国有林である場合が多く、この点は日本特有の事情である。私有林であることから、トレイル造成において、様々な所有権者が関与することになり、権利調整を困難にしている。また、相続に伴う所有権移転登記がなされておらず、そもそも所有者不明の森林も多く存在し、さらに権利調整を厄介にしている。

また、苦労して権利調整しても、それがしっかりと明確化されなければ、持続可能とはいえない。MTBに関する権利調整は個人間の信頼関係に基づく場合が多いが、所有者の変更や管理担当者の異動、MTB側のキーマンの引退によっても、権利調整の結果が持続できる仕組みを考える必要がある。所有者と契約はもちろんだが、自治体の条例や計画等において、これまでの取り組みとその成果を明文化していくことも検討すべきである。

なお、MTB振興に際しては、安全管理に関する責任の明確化といった課題も存在するが、こちらはアドベンチャーツーリズム全般における課題と考えられるため、別のNoteにて整理していく予定である。

参考文献

  • 小賀野晶一, 奥田進一編. (2021). 森林と法.

  • 平野悠一郎. (2016). マウンテンバイカーによる新たな森林利用の試みと可能性. 日本森林学会誌 , 98(1), 1-10.

  • 平野悠一郎監修. (2021). マウンテンバイカーズ白書


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