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【中医基礎理論 第18講】 - 陰陽学説 序章 -

前回の記事では、クイズを解きながらさまざまの物事を陰陽に分類しました。

解いていく中で、意外にも陰陽の感覚がすでに身についていることが実感できたと思います(できましたよね?)。


今回から、陰陽学説の中身に入っていきます。

この記事では以下の内容を学びます。

  • 陰陽の概念の形成

  • 陰陽分類のルール

さっそく、陰陽がどのようにでき、どのように発展したのかを見ていきましょう。



陰陽学説

陰陽学説は中国の古代哲学で、「陰陽の対立と統一は天地万物の運動と変化の根本である」という思想です。

中医学では陰陽学説を応用し、陰陽の相互、対立、相用、消長、転化、自和の法則を用いて、生命、健康、および疾患を理解していきます。

陰陽は、自然を理解し、自然の変化を説明するために古代の人々が用いた自然観であり方法論です。世界は物質でできていて、物質世界そのものが陰と陽という二つの気の「対立と統一」の結果として生じています。そして、陰陽二気の相互作用とその運動変化が、物事の発展と変化を推進するのです。

そんな陰陽学説は、中医学の理論体系に融合され、生命活動を理解し、病気の発生、発展および変化のメカニズムを分析し、病気の診断と治療を指導するために広く応用されています。

陰陽学説は中医学理論体系の哲学的基礎となり、中医学理論体系の発展に極めて重要な影響を及ぼしているのです。

全ては陰陽から始まる


陰陽の概念

(一)陰陽の概念の形成

陰陽の起原は古く、夏や商の時代、つまり四千年前か、あるいはそれ以前にさかのぼります。

人類は自然現象、特に太陽の出没や、月の変化などの明暗の交替を観察し、陰陽の最初の意味である、「日向が陽」、「日陰が陰」という概念を形成しました。

陰陽の初期の文字記録は、殷商時代の甲骨文字に見られます。そこには「陽日」や「晦月」といった表現があります。つまり、甲骨文字で陰陽は「太陽と月」を指しています。

《周易》では、陰陽を「_ _ 」「―」の記号で表し、「一陰一陽之謂道(一つの陰と一つの陽が道である)」と提唱しました。これにより、陰陽学説を哲学的な高度にまで引き上げ、陰陽の対立属性およびその運動変化を宇宙万物の本性、および変化の基本規律として捉えました。《周易》では自然や社会における天地、日月、寒暑、動静、剛柔、進退、水火、男女などの対立関係を持つ事物や現象に陰陽の属性を割り当て、陰陽を「対立と統一」の哲学的概念として扱いました。

*《周易》の陰陽の表し方「_ _ 」と「―」が、奇数が陽で偶数が陰になった由来というのは前回お話した通りです。

陰陽の概念も自然観察から


世界最古の漢字辞典の陰陽は?

紀元100年頃に作られた世界最古の漢字辞典、《説明解字》には、陰陽はこのように書かれています。

「陰,暗也。水之南,山之北也。(陰は暗なり。水の南、山の北なり。)」

暗は「暗い」という意味で、水は「川」を指します。

自然界にある多くの川は、山と山の間(渓谷)を流れています。

イメージしてください。

南北に山が並んでいて、間に川が流れているとします。南に太陽が昇った時、南側の山の北側は日陰となり暗い状態となります。そして、南側の山の北側は、「川(水)の南側」にあたります。

この光が当たらない暗い部分が「陰」であると記載されているのです。

陰の意味がとてもわかりやすく説明されています

その後、「日光に向かっているものが陽であり、日光から背を向けているものが陰とする」など、自然現象の観察が広がるにつれて、陰陽の意味は天地、上下、明暗、寒暑、動静などを包括する概念として広がっていきました。


陰陽で自然界を分析

紀元前700年頃の春秋戦国時代では、陰陽を使って自然現象の分析が行われていました。

突然ですが、ここでクイズです。

陰陽学説で、地震はどのように起こると考えているでしょう?


正解は、、、


「陽伏而不能出、陰迫而不能烝、於是有地震。(陽伏して出づること能わず、陰迫りて烝る能わず、是に於ひて地の震ふ有り。)」です、笑

これは、当時の《国語》という歴史書に記載されています。

冬は地上が陰気に満ちていて、陽気は地中に潜んでいます。普通は、陽気が地上に出てきて、陰気が地中に潜むと春になるのですが、陰陽バランスの異常で、陽気が地上に出るのを陰気が防いでしまことがあります。そうすると、抑制された陽気が力づくで地上に出ようとした結果地震が起きると考えたのです。

当時は春に地震が多かったのでしょうね。

他にも、陰気と陽気のバランスで四季の変化を説明しています。

地上が陰気で溢れ、陽気が地面に潜んでいる状態が「冬」です。徐々に陽気が地上に出てくると「春」になり、地上が陽気で溢れると「夏」になります。陽気が徐々に減り、地上に陰気が出てくると「秋」になり、地上が陰気で溢れると「冬」になります。

この繰り返しで四季は変化していくのです。

この様に、陰陽を用いることで、より体系的に自然現象を分析・説明できるようになりました。

分析の基になった地震は、公元前780年(周幽王二年)陕西岐山地震


どのように自然界ができたのか?

自然界や万物がどの様にできたのかも陰陽を用いて説明します。

《老子・四十二》には以下の文があります。

「道生一,一生二,二生三,三生万物。万物負陰而抱陽、冲気以為和(道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。万物は陰を負いて陽を抱き、冲気をもって和となす。)」

道とは万物の根源のことです。

そこから一が生じます。一とは気のことです。

一は二を生じます。二は陰と陽のことです。

二は三を生じます。三は冲和の気で、天地の間にある調和されて穏やかな気のことです。つまり天の陽と地の陰が交わり、冲和の気が生まれるということです。*沖和(ちゆうわ)の気:天地の間にある調和されて穏やかな気のこと。

三は万物を生じます。つまり、冲和の気から万物が生まれます。その特性から冲和の気は「生生之気」とも呼ばれます。

冲和の気から生まれた万物は、陰を負いて陽を抱いています。

これは、陰陽が交わり出来た冲和の気は、その中に陰と陽を持っているという意味です。

冲和の気から生まれた万物も同じ様に、その中に陰と陽を持っているのです。冲和の気から生まれた私たちも、陰と陽の両方を持っているんですよ。

そして、陰陽を交流させた冲和の気によって万物は調和しています。

つまり、陰と陽が交わりバランスをとっている状態が「調和した状態」であり、人であればその状態が「健康」ということになります。

この様に、陰陽を用いることで、自然界や万物がどのようにして出来たのかを体系的に説明することが可能になりました。

「陰側(腹)で陽を抱き、陽側(背)で陰を負う」っていうのも陰陽バランスが考えられた表現ですね


黄帝内経での陰陽

我らのバイブルである黄帝内経にも陰陽の記述がみられます。

黄帝内経の陰陽と自然界

黄帝内経ある自然界と陰陽に関する記述をみてみましょう。

《素門・陰陽応象大論篇》には「清陽為天,濁陰為地。(清陽は天となり、陰濁は地となる。)」と書かれています。

清陽は「軽く澄んでいて、上昇する性質を持つ気」、濁陰は「重たく濁り、下降する性質を持つ気」です。

先程、老子は「一が二を生じる」とし、二が陰と陽であると紹介しましたが、黄帝内経でいえば陰が濁陰、陽が清陽にあたります。

このように、黄帝内経では陰陽が天地を作ることを述べています。


水も陰陽によって循環する

自然界では地上(特に海)の水が水蒸気となって昇り、上空で雲となり、雨となってまた地上に降りてきます。

黄帝内経では、それが天の陽気と地の陰気の交流によって起こるとしています。

この天と地の交流のメカニズムは臨床でもとても役に立ちます。詳しい内容は「互根互用」でご紹介します。

天地陰陽の交流のメカニズムは、臨床でもとても重要です


いよいよ医学と融合

春秋戦国時代になると、陰陽の考え方が医学の領域に応用されました。

秦の名医医和は、晋侯の診断時に、「天有六気、降生五味、発為五色、為五声、浮生六疾。六気日陰、陽、風、雨、晦、明也……陰淫寒疾、陽淫熱疾(天には六つの気があり、これが五つの味をもたらし、五つの色を生み出し、五つの音を作り、六つの疾患を生じさせる。六つの気は、陰、陽、風、雨、晦(くらみ)、明(あかり)である。陰が過度になると寒疾が生じ、陽が過度になると熱疾が生じる。)」と、疾患の原因を陰陽で説明しました(《左傳・昭公元年》)。

《黄帝内経》の内容は終始、陰陽学説の理論で貫かれています。例えば、「自古通天者、生之本、本于陰陽(天の気に通じることが生命の根本であり、この根本とは、陰陽に他ならない。)」とあります。また、「陰平陽秘、精神乃治。陰陽離決、精気乃絶(陰平にして、陽秘なれば、精神はすなわち治す。陰陽が離決すれば、精気はすなわち絶する。)」とあり、人体の生理と病理を陰陽を以って説明しています。さらに、「謹察陰陽所在而調之、以平為期((陰陽の状況を注意深く診察し、調整して、バランスを戻すことを原則とする。)」とあり、診断と治療の指針としても陰陽が用いられました。


黄帝内経には他にも健康や治療に関する記述もみられます。

  • 「治病必求於本」= 病の治療は根本(陰陽)を追求する。

  • 「陰陽匀平、以充其形、九候若一、命曰平人」= 人体の陰陽バランスが取れていて、九候(脈象)が一致していれば健康である。

陰陽の概念が生まれたことで、万物の生成、自然現象のメカニズムを説明する事ができるようになりました。そしてその後、陰陽の概念が中医学にも融合して、人体を体系的に理解できるようになっていったのです。


太極図の誕生

紀元後10世紀頃から、陰陽は「太極図」を用いて表現されるようになりました。「太極」は中国の古代哲学用語で、万物の起源を意味します。太極図は、黒と白の二つの魚のような模様で構成される円形の模様で、陰陽の「交感・対立・互根・消長・転化」の関係をを視覚的に表現し、すべての事物や現象が論理的で運動的で、柔軟な特徴と規則を持つことを示しています。


(二) 陰陽の基本概念

陰陽とは、物事や物事同士の相互に対立する二つの基本的な属性を指し、一つの事物内で相互に対立する二つの側面を示すことも、相互に対立する二つの事物や現象を指すこともできます。
 
陰陽の基本的な概念についての古典的な表現は、例えば「素問・陰陽応象大論」に記されているように、「陰陽者、天地之道也、万物之纲紀、変化之父母、生杀之本始、神明之府也。(陰陽は、天地の道であり、万物の秩序であり、変化の源であり、生と死の起源であり、神聖なるものが宿るところである。)」と述べられています。

陰陽は哲学的な用語であり、抽象的な概念です。陰陽は自然界の法則と規則であり、万物の運動と変化の指針であり、事物の誕生から消滅までを貫くものであり、事物の発生、発展、変化の内在的な力なのです。

陰陽学説を用いて事物や現象を分析する際、相反し合う対立する属性を持ちながら互いに関連するもの、あるいは一つの事物内で相互に対立する二つの側面を持つものは、陰陽を用いて要約できます。例えば、天地を考えると、天が陽で地が陰です。人間について考えると、男性が陽で女性が陰です。気血について考えると、気が陽で血が陰です。 

このように、何でもかんでも二つそろえば陰陽に分けられるわけではなく、そこにはいくつかのルールがあります。

(三) 陰陽の特性と分類のルール 

1.陰陽の普遍性(前提:あらゆるものは陰陽に分けられる)
 多くの物事や現象が正反対の側面を持っています。陰陽学説では、これら相互に対立する二つの事物や現象を「陰陽」で表すことができます。例えば、「天は陽で地は陰」、「夏は陽で冬は陰」、「火は陽で水は陰」などです。

陰陽は天地やあらゆるものを包括的に捉えることができます。宇宙のすべての事物の発展と相互関係は、陰陽の概念に含まれます。中医学でも、「人生有形,不離陰陽。(人は生まれながらにして形体を備えており、その存在は陰陽の変化から切り離すことはできない。)」《素問・宝命全形論》と考えており、気は陽で血は陰、背は陽で腹は陰など、人体の組織構造、生理機能、病態の変化、診断、治療など、すべてを陰陽の概念で説明することができます。

2.陰陽の関連性(ルール1:相互に関連するものしか分けられない)
陰陽で表される一対の事物や現象は、同一の統一体に存在するか、ある物事の内部で対立する二つの側面である必要があります。例えば、空間の中の上と下、内と外、季節の中の春夏と秋冬、1日の中の昼と夜、温度の中の寒さと暑(熱)さ、人体の基本物質の中の気と血など、相対的に対立し合いながらも関連性を持つ二つの側面は、陰陽で表現できます。一方が統一体の中に存在しない、関連性のない事物や現象、例えば寒さと上昇、昼と外などは、陰陽で表現できません。

3.陰陽の規定性(ルール2:陰陽属性の定義は変更できない)
陰陽学説において、陰陽それぞれの属性は明確に定義されていて、変更および逆転はできません。例えば、明るさ、温かさ、上昇、外向き、興奮などは陽の特性であり、暗さ、寒さ、下降、内向き、静止、凝縮などは陰の特性です。陰陽を使用して事物の属性を説明する際、水は陰に属し、火は陽に属します。水を陽と呼ぶことはできず、火を陰と呼ぶこともできません。人体の臓器や組織も陰陽で分類され、心陰と心陽、腎陰と腎陽、肝陰と肝陽など、それぞれ固有の意味を持っており、逆転させることはできません。

4.陰陽の相対性(ルール3:状況により陰陽属性が変わることがある)
相対性は、陰陽の属性が固定されないことを示します。これは主に三つの面があります。

  1. 陰陽属性は相互に転化できる
    特定の条件下で、「陰→陽」、「陽→陰」と物事の陰陽属性が転化することがあります。例えば、寒証と熱証の転化があります。寒証(陰)は特定の条件下(寒さの程度が極まると)で熱証(陽)に転化します。熱証から寒証への転化も同じです。疾患の性質が変化すると、それに従って症状の陰陽属性も変わります。例えば、インフルエンザでは、初期は寒証(陰)で悪寒(陰)がある状態から、高熱(陽)となり熱証(陽)へと転化します。

  2. 陰陽の中に陰陽が存在する
    陰と陽が、その中でさらに陰陽に分かれることがあります。例えば、昼は陽であり、夜は陰です。昼の午前と午後を比較すると、午前は陽の中の陽であり、午後は陽の中の陰です。夜の前半と後半を比較すると、前半は陰の中の陰であり、後半は陰の中の陽です。五臓も陰陽に分かれ、心と肺は陽であり、肝と腎は陰です。ですが、心と肺を比較すると、心は陽の中の陽であり、肺は陽の中の陰となります。肝と腎を比較すると、腎は陰の中の陰であり、肝は陰の中の陽となります。臓腑一つをとっても、心は陽ですが、その中に心陰と心陽があります。このような相互対立かつ相互関連するものは自然界に無限に存在します。《素問・陰陽離合論》では、「陰陽者、数之可十、推之可百。数之可千、推之可万。万之大、不可勝数、然其要一也。(陰陽とは、数えれば十に達し、推し進めれば百に至る。数えれば千に達し、推し進めれば万に至る。万の数は大きく計り知れないが、その要は一つである。」と、陰陽に属すものは無限に存在しても、その要は一つ=(結局は)陰陽であると述べています。

  3. 陰陽の属性は比較対象に応じて変化する。
    物事の陰陽属性は、相反する二つの側面を比較して定義されます。そのため、比較対象が変化すると、物事の陰陽属性が変わることがあります。例えば、水の温度100℃と50℃を比較すると、100℃は陽で、50℃は陰です。しかし、50℃と0℃を比較すると、50℃は陽で、0℃は陰になります。また、六腑と五臓も陰陽で分類されます。六腑は水穀を伝え排泄する機能を持ち、陽に属する。一方、五臓は精気を内に藏し、陰に属する。六腑と四肢を比較すると、六腑は内にあり陰に属し、四肢は外にあり陽に属する。つまり、分類の前提や基準が変われば、事物の陰陽属性も変わることがある。

迷った時は火と水をイメージしましょう。

物事の陰陽属性は、陰陽それぞれの特性に基づいて比較分類されます。「動的」、「外向き」、「上昇」、「拡散」、「温熱」、「明亮」、「興奮」などの特性を持つ物事や現象は、陽に属します。一方、「静的」、「内向き」、「下降」、「凝縮」、「寒冷」、「晦暗」、「抑制」などの特性を持つ物事や現象は、陰に属します。

水と火という対照的な二つの事物は、寒熱、動静、明暗の特性を持ち、陰陽の属性を反映する重要な要素で、物事の陰陽属性を区別する基準となっています。《素問・陰陽応象大論》によれば、「水火者,隠喩之征兆也。(水と火は、陰陽のしるしである。)」と述べられています。

「陰なのか陽なのか?」

迷った時は火と水をイメージしましょう。


まとめ

今回は、陰陽がどの様に形成し発展したのか、そして、分類のルールも学びました。

次回は、陰陽学説の「陰陽の法則」を学びます。

今回、特に覚えて欲しいのは陰陽の特性と分類のルールです。

前提として「あらゆるものは陰陽に分けられる」が、

  1. 相互に関連があること

  2. 比較対象によって陰陽属性が変化することがある

  3. 一つも物事の中に、さらに陰陽がある

特性を把握し、ルールさえ守れば、あらゆる物事を陰陽に分けて考えることができます。

そして、次回学ぶ「陰陽の法則」と合わせることで、陰陽を臨床に生かすことができるようになりますよ。

引き続き、より深い陰陽の世界を見ていきましょう。

火と水は陰陽の象徴なり


最後に

黄帝内経にある一節です。

「明于陰陽、如惑之解、如酔之醒」
〜陰陽が明らかなるとは、惑いが解け、酔いが醒めるようなものである〜

陰陽を明らかにすれば、あらゆることが明確に見えてきます。

臨床で本当に本当に大切な概念なので、しっかり学んで行きましょう。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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