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ミニマリズム

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自分にとっての「必要最小限」を追い求める旅路
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#apple

SEを買ってSEを手放した話

はじめに先日、家電量販店などで行われていた「iPhone一括(or 実質)○○円セール」に便乗して、エディオン店内のYmobileで、iPhone SE3を一括2,001円で購入してきた。 そして、大学入学直前に購入してもらったXRと、昨年購入したApple WatchSEを手放した。 タイトルの「SEを買ってSEを手放す」とは、正確には「iPhone SE3を買って、Apple WatchSEを手放す」ということになる。 画面の表示領域を確保しつつコンパクトさを実現した

スマホの中身もミニマルに

はじめに昨日更新したnoteで、「iPhoneに3つだけアプリを残すとしたら、何を選ぶか」ということについて述べた。 現状、私のスマホには3つを遥かに上回る数のアプリが入っている。 ここから、どれだけアプリを減らしてスッキリできるか。本noteは、それを記すための備忘録、その第一弾になる予定である。 なお、すでにアプリをだいぶん整理してしまったため、「ある程度きれいになった段階から、ミニマルを目指す」ことにする。 現状把握そもそも、なぜアプリの数を減らしたいか ものご

スマホにアプリを3つ残すとしたら?

はじめにこれは、「海外の日本語を学ぶ大学生と、日本語で交流する」という、私が学生TAとして運営に携わっているプログラムの、「交流タイム」でお題として出されたものの一つだ。 このプログラムは、Zoomのブレイクアウトルーム機能を用い、お題について日本語を母語とする人、そうでない人とがグループとなって交流する。 このお題を考えてくれたのは、一緒にプログラムを運営する方である。リハーサルでこのお題を聞いたとき、ミニマリストを目指す私にとって、これは考える価値のあるものだと感じた。

「当たり前」を問い直す

はじめに私が専攻する文化人類学は、「奇妙を当然にして、当然を奇妙にする」(ロスリン 2021:212)ことを、その主な目的としている。人類学者は、私たちにとって「異文化」や「奇妙に見える文化」に飛び込みフィールドワークを重ねる。そこから見えてくるのは、「私たちの当たり前」が、いかに相対的であるかだ。「当然だと思い込んでいたものが、実はそうではなかった」、「絶対に理解できないと思っていたが、根っこの部分ではわたしたちと同じ考えだった」など、我々の認識を大きく揺さぶるのが人類学と