銃口を向けられた東ベルリン
便座に腰かけたら、足が床にとどかない。靴が床から10㎝ぐらいのところに浮いている。地に足がつかないとは、このことか。
ローマ空港のトイレで味わった情けない思い出だ。
旅をかさねると、愉快な話、恥ずかしい話が多々あるが、怖い話もある。
60年ほどまえ1965年、自動小銃の銃口を向けられたことがある。
ベルリンの壁にある検問所、チェックポイント・チャーリー。
車のトランクなどに隠れて東から西への脱出が絶えない場所で、
東西冷戦のさなか、スパイ小説や007などの映画の舞台にもなっている。
僕が東ベルリンに入る2日まえにも、ここから脱出しようとした東独人が射殺される事件があった。
朝はやく西ベルリンから電車で東ベルリンに入ったときの緊張感は、いまも忘れられない。
東側の検問所がある下車駅で、無表情な兵士がカバンの中身をすべて開け、体も探った。さらに財布の中身もチェックされた。
駅のそとに出ると、第二次大戦で崩れた建物の瓦礫の山がそこかしこ。
東西分断の象徴たるブランデンブルク門のそばのベンチに腰かけていると、ヤミドル買いがしつこく迫ってくる。
デパートのなかは暗く品数がとぼしく品質も低そうで、東京のデパートのような華やかさはどこにもない。
舗道を歩くひとびとの表情はかげり、息をつめて生活している感じ。
街そのものがうつ病みたいに、重苦しい空気がただよっていた。
東ベルリンを暗くなるまでほっつき歩き、
そのまま徒歩で西へ戻ろうとチャーリー検問所でパスポートを見せた。
兵士が何か言っている。皆目、分からない。
で、わめきちらした兵士が僕に銃口をおこした。
背筋にゾクッと寒気がはしり、胸の動悸が高まる。
が、救世主あらわる!
西から東へ車で入ってきた米国人が、兵士の早口ドイツ語をゆっくり英語で伝えてくれた。
電車で入った駅から電車で戻れ、と。
西ベルリンの明るい空気を胸いっぱい吸いこんで、ジョッキのビールをぐいと飲み干した。
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