イケスのウツボ ①蛸入道に殺される
「海にイケスだって!?」
そんな噂話を聞いて、僕は、さっそくそのイケスを見に行った。イケスの周りに大勢の魚たちが群がっていた。メバル、鯛、鯖、いわし、おこぜ、ハゼ。みんな押すな押すなで中の様子を見ている。みんな見慣れた顔ぶれの魚たちだ。でも、誰も僕のことなんか気にしていない。僕は、生まれて数ヶ月の幼魚。みんなよりも細長くて、口が大きい。自分でも他の魚たちとはちょっと違うなとは思ってはいるんだけど、僕がいったい何の魚なのか自分でも分からない。生まれてから物心ついてからずっと一人だった。今までに自分と同じ形をした魚と出会ったことすらないし、親も知らない。それに誰も僕と話したがらない。まあでも、僕も誰かと話したいとは思わなんだけどね。いつも海底近くの岩穴に閉じこもって一人でいるのが好きなんだ。でも近頃ほとんど餌らしいモノは何も食べていないので、お腹が空いているんだ。体が爪楊枝みたいに痩せ細っている。それにしても、みんなが見ているイケスには何がいるんだろう。
幼魚は群がる魚の隙間を細い体をにょろにょろさせてイケスの中を見た。
「なんだこいつらは!」
僕はびっくりした。まるまる太った巨大な魚。それも50匹、いや100匹はいるだろうか。しかも、こんなデカいナリして俊敏に泳いでやがる。
ふと隣を見ると大きな蛸がイケスの網にへばりついていた。よく見ると2本の足が切り落とされ、6本しか残っていない。蛸は横目で視線を感じ取ったのか、幼魚を見て眉間に皺を寄せた。
「お前、ウツボか」
蛸は、かなり年月を生きてきたのだろう。その声は、老熟の錆声だった。しかも、その声には深い恨みを含んでいる。幼魚は、ウツボと呼ばれた事に、それが自分の素性なのか判然としない困惑と、蛸の深い恨み声に狼狽してしまい言葉に詰まった。すると、蛸の6本の足が、まるで地を這い出す6匹の大蛇のようにうごめき、その一本の足先が細いウツボの体に巻き付いた。足はウツボを締め付け、吸盤がウツボの体に吸い付いていく。
「イ、イタイ・・・」
さらに、蛸の足はウツボを締め付ける。ウツボはだんだん苦しくなってきた。息もできなくなってきた。意識も徐々に遠のいていくのが分かる。目の前の蛸の顔がぼんやりとにじんできた。目の奥に届く光が闇へと変わっていく。殺される。このまま食べられるんだ。
蛸は、だんだんと青ざめていくウツボの顔を凝視した。苦しむウツボのその表情の中には、まだあどけなさが残っている。その幼い表情を見るにつけ、自然に蛸の眉間の皺が緩んできた。同時にウツボを締め付ける足の力も緩んだ。フンッと鼻で笑い飛ばし、蛸はウツボを解放した。そして、またイケスの網にへばりついた。
続く。
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