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イケスのウツボ ②ワールドワイドなご馳走の果てに・・・。

気を失ったウツボは、身動きもできず、死んだように水の中を漂った。こんな時、生死をさまよう生き物の脳には、それまでの人生が走馬灯のように駆け巡ると言われるのだが、短い人生とは言え、孤独だったウツボには、めくるめく幸せな日々の思い出がない。その代わり、爪楊枝のように痩せ細ったウツボが見たモノは、豪華な料理をたらふく食べるフルコースの幻だった。

フカヒレのスープ。戻りカツオのタタキ。舌平目のムニエル。尾頭付きの鯛の塩焼き。ムール貝のバターソテー。生わかめとじゃこの和え物。白身魚と海老とイカのブイヤベース。これでもかと言うほどの様々な国の豪華シーフード料理だ。そのワールドワイドなご馳走にウツボは舌鼓を打った。

しかし食べても食べても、ウツボの腹の虫は収まらない。お腹がグーグーッ鳴り続けるのだ。一口食べてはグーッ。もう一口食べてはグーグーッと音と立てる。ウツボは、食べて食べて食べまくった。もちろん、お腹がどんどん膨れ上がる。それでも、どんどん食べ続けて、腹の虫もグーグーッ、グーグーグーグー、グーグーッグーと、さらに鳴り続ける。自分の腹から発し続ける音にウツボは狼狽しながらも、もっともっと食べ続けた。
そして気がつくと、今にもはち切れて割れてしまいそうな風船のように、お腹が膨れ上がってしまった。こんなになっても、まだグーグー、グーグーは腹の虫は鳴いている。

ぶーん。

そこへ、一匹の蚊が飛んできた。そして膨れ上がったお腹のてっぺんに止まった。ウツボはその蚊をはたき落としもせず、ただ呆然と凝視した。蚊の口には血を吸う尖った針がある。蚊は、自分の上体をそらして勢いをつけてこういった。

「せーのッ!」

蚊はその尖った針をウツボのお腹に突き刺した。

パチンッ!

蚊がお腹に針を刺した途端、事もあろうにウツボの腹が破裂した。

中から、大量の水が流れ出た。その水はテーブルにあったシーフード料理を押し流し、辺り一面を水浸しにして池を作り、さらには川を作った。

その川にウツボは流された。激流にのまれて押し流された。さらに、激流は大河となった。しばらく大河に流されると、川の中央には大きな渦を作っていた。その渦の中にウツボは飲み込まれ、ぐるぐるぐるぐる渦の中で回り続けた。ウツボは、必死にもがいた。でも、激流の水圧で体が動かせない。もう抜け出せないかと諦めそうになった時、ふと冷静さを取り戻して周りを見た。するとその川には対岸があった。対岸には、大勢の人たちがいる。いた人ではない。大勢の骸骨になった魚たちがいたのだ。何百何千といるだろうか。一匹一匹の頭には三角形の頭巾を巻いている。

しかし骸骨の魚たちは楽しそうに騒いでいる。飛びはねて、踊るもの。タバコを吹かしているもの。マイクを持って歌うもの。お尻をくねくねさせて他の骸骨の魚を誘惑するもの。まるで乱痴気騒ぎのお祭り騒ぎだ。

その中の一匹が渦に巻かれるウツボを見つけた。


「見てあの子。川で溺れてるわよ。」

「あっ、まだ、身がついてるじゃないか。」

「珍しい子だ。まだ食べられてないんだな。」

「おーい、こっちへおいでぇ。」

「さあ、泳いでおいで。魚なんだから泳げるだろ。」


ウツボは直感的に骸骨たちがいる対岸に行ったら、もう戻ってこられないと通説に感じた。


「イヤだ。イヤだ。あっちには行きたくない!」

ウツボが、もがけばもがくほど、だんだんと渦の中央に飲み込まれていく。

「イヤだ。イヤだ。絶対に嫌だ!」

ウツボは叫んだ。しかし、渦はさらに激しくウツボを引きずり込む。

「助けて!誰か助けて!ゴボゴボ。・・たす・・て・ゴボゴボ」

そうして、ウツボは渦の中に飲み込まれてしまった。

・・・続く。

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