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合格したあの日、世界が変わった

いわゆる受験シーズンである。

大学入試は僕も10年くらい前に経験した。当時はセンター試験と2次試験。それぞれ2日ずつかかったので計4日間の日程だった。
戦略的な理由と経済的な理由により僕は私立大学を一つも受けなかったから、この2つの試験だけを受けて僕の大学入試は終わった。

このたった4日間で、僕の人生は驚くほどに変わってしまったとこの10年を振り返って思う。大学入試は日本社会において文字通り人生を左右するイベントだったと、時間が経った今の方が強く実感している。

“身分” からの脱却

日本には形式上身分制度はない。皇族とか歌舞伎役者とか例外はあるし、医者の子は医者になることが多いみたいなバイアスもあるけど、特定の身分の家庭に生まれたから別の身分になることはできないというルールは存在しない。職業選択の自由だとか、居住・移住の自由だとかにより自由が保証されている。

しかし現実問題、子は親を選べないし、子の “身分” は親の “身分” から自ずと決まる。基本的に貧困は連鎖するし、その逆もまた然り。身分制度がないだけで、文化資本、教育費などは結局親に強く左右される。

人間は生まれた瞬間から不平等だ。

ところが日本社会において、今の “身分” から少しだけ脱却できる、非常にポピュラーな方法がひとつある。

そう、それが大学入試だ。

孤独な戦争

受験戦争の名の通り、僕にとって大学入試とは文字通り戦争だった。

勉強をして試験で点数を稼ぎ、その点数という唯一のものさしでライバルに競り勝つ。ルールはただそれだけ。

資金も時間も才能も潤沢にある鍛え上げられた人たちと戦うことにもなるだろう。他方、ボランティアなどしたことない、留学などお金の面で考えたこともない、履歴書に書けることなど綺麗さっぱりなんにもない一兵士たちもたくさんいることだろう。

そのどちらもが「大学へ入学する権利」を争い、平等に戦う場所。

この僕が、何も持たない僕が、試験という土俵で、全く同じ評価基準で今まで “身分” が敵わなかった人たちと戦うことができる。おそらく最初で最後のチャンスだ。

このルールでなら戦えると思った。
勝って、自分の “身分” を変えてやるんだと思ったんだ。

僕は10代のうちの数年を学業に費やした。
生まれた場所、家族など生まれた瞬間から付きまとう呪いを払うため。
夢を叶える一助にするため。
やりたい学問をするため。

大学という場所にあらゆる可能性を感じていた。
そこには自分の知らない世界がたくさんある。そう信じてた。

そしてそれは半分正しくて、半分間違っていた。

戦争の結果

僕は勝った。

合格発表を大学までわざわざ見に行ったときのことを僕は覚えている。

公開される掲示板、合否の悲喜交々で湧く周囲、胴上げされる合格者。その人混みを一心不乱にかいくぐって掲示板に近づく。理学部の合格者の受験番号の羅列に目を凝らす。

自分の番号が目に飛び込んできた。

その瞬間、僕の受験戦争は終わった。

僕は泣いていた。嬉しくて泣いたことで覚えていることは2個しかない。そのうちのひとつだ。

戦後の焼け野原に立って

戦争が終わった後、周囲には焼け野原が広がっていた。

受験戦争が終わっても、結局僕は孤独だった。
僕は自分の目的を果たした。果たせなかった人もたくさんいた。そういう人たちとはどうしても疎遠になった。
復興することのない焼け野原の中で、ポツンとひとり立ち尽くす。そんな日々が続いていた。

大学生という “身分” を手に入れたのに、ちっとも心は晴れなかった。

学内にも何人か話す人たちはいた。
でもそれよりずっと学外にできた友人と話しているほうが楽しかった。そのうちの何人かは今もつながりがある。

同じ大学の友人で今も連絡をとっている人はもうひとりもいない。

なぜこの大学で 4 年間を過ごしてしまったんだろうか。ずっとそう考えていた。
卒業ができたときは嬉しかった。大学に感謝もしている。だけど、具体的に感謝したい人の顔はほとんど思い浮かばない。

僕は間違っていたのかもしれない。あの合格は特に自分の人生に何ももたらさなかったのかもしれない。そんな風に感じていた。

卒業後の母校の影

果たして、それから何年か経ち僕は大学を逃げるように飛び出した。

大学という場所を離れた。京都と東京という地元とは関係のない場所で過ごした。
もうあの大学に僕はほとんど縁がない。

でも不意に、自分の人生に母校の影を感じることがある。

出身大学を言っただけで無条件に信頼してくれた人が何人居たのだろう。
スタートアップという世界で僕が尻込みしなかったのは、僕には大学の看板があったからじゃないか。

あの合格がなかったら会えなかった人、あの合格がなかったらありつけなかった仕事、あの合格がなかったら手に入らなかったモノ、そんなものが僕の周りには溢れかえっている。

どれも、たった一問の数学の問題をあの試験の4日目に解けていなければ手に入らなかったモノだ。

僕の人生の可能性は、あの大学に入った瞬間に大きく、本当に大きく広がったんじゃないかなんて思っている。
身分が変わったなんてもんじゃない、僕はあの瞬間に異世界へと迷い込んだんだ。高校まででは想像もできなかったような世界に。

終わりに

人生における大きな変化が起きることが、あの試験の4日間で決まっていた。僕の人生はあの瞬間完全に変わった

いま自分がいる場所からは全く想像もできないような出会い、経験、仕事、その他諸々を得る機会が曲がりなりにも平等に与えられている。それが大学入試という場だと思う。

最後に合否を決めるのは、くだらない試験の合格最低点というボーダーラインだ。

でもそのボーダーラインを超えた人間にしか見えないものがある。たどり着けない世界がある。そしてきっと素晴らしい未来もあるだろう。


僕は大学入試を語ることをしばらく避けていた。自分の人生に影響を与えすぎていてどんな風に言葉を尽くすべきかわからなかった。

今もこれでよかったのか、よくわかってない。

たしかに僕は戦争に勝って、自分の望んだものを手に入れた。しかし、合格発表の掲示板を見る僕の横には、不合格に喘ぐ子たちももちろんいたんだ。

あの瞬間、たくさんの人の人生が一気に変えさせられた瞬間の気味の悪さ、居心地の悪さもどこか忘れられない。

僕は大学入試に人生を救われた。でも同時に、大学入試というものがとても恐ろしいとずっと感じている。

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