理不尽を乗り越えた先にあったもの
未曾有の金融危機
もう10年以上前のこと、僕が中学生のときにリーマンショックが起きた。
正直なところ、それがなんだったのか未だによくわかってない。
ただ、海の向こうで起きた、誰かさんたちが引き金となって起きた金融危機が、日本の片田舎にある貧乏家庭をさらに苦しめる結果になった。
理不尽だと思った。
賢い人たちが回しているお金。
顔も知らない誰かが引き起こした危機。
何の関係もないはずの僕らがなぜこの危機のあおりを受けているのか。
強い怒りを感じたのに、その怒りのやり場さえわからなかった。
誰に向ければ、どこに向ければ、何に向ければ、全くわからなかった。
ただ、この怒りを一生忘れるものかと、僕は勉強机の前で誓ったんだ。
越えられない格差
大学に入学した。
在学中はいろいろな人に会った。小学校、中学校、高校まででは考えられないレベルでいろいろな人に会った。
楽しくなかったわけではない。だけど、絶望することも多かった。
僕にとって彼らの多くは富めるものであり、持てる者だった。
彼らは例えば授業料の支払いだったりとか、定期代だとか、書籍代だとか、学生として活動し続けることに何の心配をすることもないのだ。
僕が奨学金を借り、バイト代も費やして命からがらなんとか維持していたものは、彼らにとっては当たり前のインフラだった。
格差の正体というものを目の当たりにした。
高いものを買うとか、土地を持っているとか、そんなことはどうでもいい差なんだと思い知らされた。
ただ生きていく、ただ学生をやる、それだけのことに必要な努力が違いすぎる。
理不尽だと思った。
僕はずっと彼らの前では透けて見えない壁の反対側で、もがき苦しんでいた。
しかしその苦しみから得られたものは、残念ながら何もない。意味のない行為だったと思う。
人間は平等ではないし、この世には理不尽しかないと今は知っている。
ただそう諦められなかった。若すぎたんだと思う。
いつしか壁を越えていた
就職をした。いつしか周りの人は高学歴だったり、起業歴があったり、似通った人で固まり始めていた。
僕はただのサラリーマンで居たいと思っているし、ずっとこの空間では異物だなと感じていた。
でもあるとき考えた。この空間にいる自分は外にいる人からはどう見えるだろう?
僕は曲がりなりにもそれなりの大学を卒業していた。曲がりなりにも仕事をこなし、給料が上がったりしていた。地方にいたのに東京に転勤したりもしていた。
都内で一人暮らしをし、ほぼ我慢することもなく遊んで生きている。きっと僕ひとりの事情ではお金に困ることはもうないだろう。
この状況だけを客観的に見れば、僕も彼らハイソな同僚たちと異質な存在には見えないんじゃなかろうか。
そこに思い至って考え直すと、いつの間にか人生に理不尽を感じることも減っていた。
そう、大学時代までは目の前にずっと立ちはだかっていた越えられない壁をいつしか僕は乗り越えてしまっていた。少なくとも周りからはそう見えるのだと気づいた。
普通に遊んで生きていける、それがどれほどの特権だったかを僕はあっという間に忘れ去っていたんだ。
持たざる者と持てる者
パンデミックが起きた。
僕はたまたま運良くフルリモートの会社にパンデミック直前に入社を決めた。そして会社はパンデミックの影響で売上を伸ばした。
出来すぎていた。
実家はまた大きな力に巻き込まれてなす術もなくなっていた。
かつてのリーマンショックのときのように。
リーマンショックのときに感じた理不尽を、僕はまだ覚えている。あのときの怒りを僕はまだ覚えている。
でも僕はこのパンデミックで理不尽な目に遭った人たちの気持ちを、両親の気持ちでさえも、きっと心からは理解できないんだろう。
10年以上の時を経た今回、僕はいつしか大きな力の巻き添えにならない立場にいた。きっとリーマンショックのときも、僕が知らないだけでそういう人がたくさんいたんだ。
持たざる者と持てる者との境界線はあいまいだ。職業では決まらない、立場でも決まらない。
だけど自分はいま持たざる者ではないのだろう。
理不尽を乗り越えたら、持たざる者から持てる者になったら、何か幸せがあるのだと思っていた。達成感があるのだと思っていた。
結論から言えばそんなものはなかった。単にシンプルな生活が待っているだけだった。
ただそれは悪いものではないどころか、冷静に考えてみれば幸せの極地でしかない。
どこで聞いたのかは忘れたけど、そんな言葉を思い出した。
終わりに
幸運に幸運を重ねて、いま僕は生きているという自覚がある。
大学受験でなぜか成功したことを皮切りに、大学時代にアベノミクス等々で景気は回復してくれて就職に不安をあまり抱かなくなった。
まじめに数学を勉強していたら AI の潮流と合致し、偶然の出会いで就職を決めた。
そしてのらりくらりとパンデミックもかわすだけじゃなく良い影響ばかりを受けてソフトウェアエンジニアをやっている。
仮に今の会社がコケたとしても、エンジニアの採用市場の過熱は留まるところを知らないから転職ができないと嘆くことはないだろう。
すべてが出来すぎている。大学時代までで見ていたもの、想像できていたものとはあまりにも違いすぎる人生を僕は歩んでいる。こんな身に余るほどの選択肢を持てる人生ではなかったはずだ。
この幸運がどこまで重なるのか、ぶっちゃけよくわからない。そのうち急に梯子を外されるかもしれない。
だけど、今まで血反吐を吐く思いで生きてきた以上、まだまだ食らいついていきたいと思っている。まだまだ生きていきたいと思っている。
理不尽への反発ではなく、自己実現のために。
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