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はじめて起業を考えたら、失恋したような気分になった話

これまで僕は会社員とフリーランスを行ったりきたりしているので、会社を辞めることに抵抗がない。もちろん初めてフリーになった時は、「生きていけるのだろうか」と、不安で夜も眠れなかったけど、実際にやってみると意外となんとかなるものだし、サラリーマン時代より少ない労働時間で多くの収入を稼ぐこともできた。フリーでいることは僕にとって心地がいいのだ。

ただ、そんな快適なフリー生活もいいことばかりではない。フリーライターという仕事は一人で完結できてしまうゆえ、取材や打ち合わせがない限り基本外に出ることはないし、普段人と関わることも少ない。「自分、一人でも全然大丈夫です」というプロブロガー並みのメンタルがあれば全く問題ないかもしれないが、僕は意外と寂しがりで、群れるのは好きじゃないけど、かといって一人で黙々と仕事をするのもそこまで得意ではない。(めんどくさいかまってちゃん気質…)

というのと、フリーになってしばらくすると、なんとなく社会から取り残されたような感覚に陥り、自分の成長が止まっているようにさえ感じる。さらに、労働集約型のビジネスモデルゆえ、どんなに休みなく働いたとしても、よっぽど単価をあげない限りは、稼げる金額の上限が決まっている。ちなみに僕は月100万が自分一人で稼げる限界だと3年前に悟っている。

そして、その金額をこの先何十年とコンスタントに稼ごうとしたら、間違いなくあと数年で倒れる、いや死ぬ。つまり、サステナブルかつ健康を維持しながら働こうとしたら、普通に会社員の頃とさほど変わらない収入になるので、社会保険など諸々を考えると、正直、「マイペースにストレスなく働ける」くらいしかいまの僕にとってフリーランスのメリットはない。

こうしたジレンマもあり、僕は毎回フリーと会社員を行ったりきてしまうのだけど、さすがにこれにはうちの嫁も黙っておらず、「いい加減腹を決めてリーマンかフリーか決めなさい。(じゃないと離婚するわよ)」的なことを言われてしまい、次のステップとしてぼんやりと会社員とフリーランスのいいとこどりな「起業」を考えていた。

ガチで起業している人からすると、「そんな舐めたモチベーションで起業してうまくいくはずねぇだろ!ボケ!」とお叱りを受けそうだが、全くその通りで、なんとなくいま寄せられている案件を一人でやりきるのは難しいから、人手を増やしてニーズを取りこぼさないようにしたい。くらいにしか考えていなかった。ので、ミッション、ビジョン、バリューとか、崇高な理念とか、そういったものは全くないまま、「いつか起業しよう」みたいなノリでズルズル生きていたのだ。

ただ、そんな僕にも転機が訪れたかのように思えた。いつもお手伝いしていたあるメディアの編集者さんから突然電話がかかってきて、「田尻さん、残念なお知らせです。〇〇が今月いっぱいでなくなることになりました」と言われたのだ。

僕はそのメディアが立ち上がった当初からライターとして関わっていたので、なんだかとても残念だった。しかも、僕の大好きなHR領域のメディアだったから余計に悔しかった。聞けば、経営者が入れ替わり、「採算が合わないから閉じる」というジャッジがくだされたようだ。

連絡をくれた編集者さんも残念そうだったし、僕も悔しかったので、「それならそのメディア買い取って自分たちでやればよくないですか?」と普通に考えて無理なことをその場の勢いとノリで言ってしまった。

するとその編集者さんは「私たちもそれは考えたんですけど、株主がそれを許してくれないんです」と。「いやいや、だったら自分たちでそれにかわる、いやそれ以上のメディアをつくりましょうよ。これまで一生懸命やってきたのに、ここで終わるのは勿体無いですよ」と、さらにハードルの高いことをその場の勢いだけで口にしてしまった。

するとその編集者さんは「それはありかもしれませんね」とおっしゃってくれたので、僕はそのままの勢いでメディアおよび会社づくりを本気で考えるようになった。

しかし、編集ライター経験しかない僕は、メディアや会社をつくるのにいくらお金がかかるのか、システムはどれくらいかかるのか、かりに人を雇ったらどうなるのか、起業するのにどんな手続きが必要なのか、融資はどうすればいいのか、などなど、起業やメディア立ち上げにまつわるあらゆる知識が皆無だった。

そこで、メディアを立ち上げたことがありそうな人や、普段お世話になっている税理士さん、Web関連の仕事をしている知人、さらには10年前の元上司など、ありとあらゆる人と急ピッチで打ち合わせという名の飲み会を設定し、超短期間で情報を集め、ある程度の仮説をもとに、「来月までには起業するぞ」という気になっていた。

「ミスマッチを撲滅する」というミッションも考えた。僕は10年以上HR領域で採用広告をつくっていて、大手の採用広告は中小企業にとって高額すぎるとずっと思っていた。しかも、給料がいいとか、勤務地とか、残業があるとかないとか、年間休日がいくらあるとか、(アットホームだとか)、そういったKWDをフックにPVを稼いでとりあえず母集団を形成するやり方にも疑問があった。

小手先のテクニックで応募を集めたところで、集まった応募者が本当に活躍するかは疑問だし、そもそも募集している企業側もそういったモチベーションの人たちを採用したいと思わないからだ。事実、応募を200名集めたにも関わらず、1名も採用できなかった、なんて事例は腐るほどあった。(既存メディアを愛するがゆえのディスなので関係者の方は気を悪くされないでください……)

こうした課題を解決するメディアはすでにいくつか存在するし、こうした現状に課題感を持っている人たちがたくさんいて、ある意味レッドオーシャンであることは承知だったけど、それでも「採用に向き合ってきたこのメンバーならいけるかも」という全く根拠のない自信だけはあって、他のメンバーの了承を得ず、僕はメディア立ち上げに突き進んでいた。

そして、満を辞してきっかけを与えてくれた編集者さんに「これから僕のプランをお伝えしたいので、どこかで時間をくれませんか」と伝えたところ、なんだか不穏な空気が電話口の向こうに漂っている。

編集者さんはとても気まずそうに、「じ、実は…」と切り出した。「どうしたんですか?」と僕がいうと、編集者さんは「私たち、すでに他の会社に転職することが決まってしまい…」

……。

「そ、そうですか。それは仕方ないというか、まっとうな選択だと思います。なんか、突然、変なこと切り出してしまい、すいませんでした」「いえ、全然。なんだか、すいません」「いえ、全然謝ることではないので、気になさらないでください」

……。

まるで、大好きな人に思いきって告白して、見事にフラれたような、もう10年以上忘れていたような感覚。でも、いいんだ。この歳になって、久々に何かに人生を捧げようと本気で思えたから。「仕事に熱くなる」きっかけを与えてくれて、今回の件には感謝をしています。でも、なんか不完全燃焼だから、誰かもう一度青春したいおっさん(じゃなくても全然いい)がいれば、僕とメディアをつくりませんか。

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