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7章 ザワザワ病院⑴


スイデンは意外に早くモクレン館の暮らしに順応した。
まず、彼は、4階食堂の西側にある花壇に注目した。
花々が咲き乱れている。バラの木が2鉢もある。
バラの手入れは、4階の誉田吉郎が専用の鋏を持って花壇に出ている。
腰は曲がっているが杖なしでバラの手入れをしている。
水遣りは、元気印の5階の林田隼夫である。彼は、スポーツクラブに週3回通っている。
どうしてもモクレン館の園芸に携わりたいスイデンは、
「花壇の草むしりをしたい」と申し出た。
片口施設長は、スイデンの申し出を承知したが、キツイ条件を付けた。
「4階の食堂に職員がいる間だけ花壇に出てください」
以前、アクシデントがあったためである。
しゃがんで花壇の手入れをしていた男性が、立ち上がろうとしてひっくり返り、亀が甲羅を下にひっくり返った恰好となった。生憎、職員が4階食堂から引き上げた後のことであったため発見が遅れ、救急搬送されるまでとなった。


慎重な片口施設長は、スイデンが花壇に出ることを、身元引受人である娘・英子にあらかじめ承諾を求めた。
実際のところ、客観的に見てスイデンの動作には危ういところがあった。
花壇に出るため、外履きの靴に履き替える際に、少しよろめいた。
職員がそれを目撃していた。
頑丈な木製のベンチが用意された。
「1度座ってから、靴を履き替えてください」と忠告があった。
スイデンが花壇に出ると、職員も一緒に出て来て草むしりをした。
初めの頃こそ、スイデンは、
「30分も草むしりすると、結構しんどい」と、言ったが、すぐに、機嫌よく草むしりに精を出すようになった。
長年の畑仕事で鍛えた足腰は強い。
スイデンが本当に狙っているのは、バラの手入れである。
誉田吉郎からバトンタッチされる日をじっと待つことになった。
しかしその日は意外と早く来た。
スイデンが草むしり担当となって幾日もしないうちに、誉田吉郎が廊下で転倒し、病院に搬送されてしまった。
幸い打撲だけであったが、移動には車椅子が必要となり、常時介護を受けるために、ナースステーションのある2階へと部屋移動した。
そうなってまでも彼は、どうしてもバラのことが気がかりで、手入れを引き受けてくれる人に、愛用の鋏を譲りたいと申し出た。
スイデンは、有り難く鋏を譲り受け、念願のバラの手入れが出来るようになった。


モクレン館の暮らしにささやかな楽しみを見出したスイデン。
一方、イチョウは、キトキト病院への通院がいささか重荷になっていた。
元々、自宅から近い病院というわけではなかったが、モクレン館に移ってみると、距離はさらに遠くなった。通院に時間が掛かる。その上、往復のタクシー代も膨らんで来た。
しかし、キトキト院長から膝への処置を受けると、痛みがウソのように軽くなる。毎週1回のセラピストによるマッサージが心地良い。彼との会話も弾んで楽しい。
イチョウは、何とか継続したいと思っていた。
そんなある日、キトキト病院のセラピストから、
「今回で、医療保険のリハビリ期間が終了します」と告げられた。
今後は、月1回、膝の痛みを緩和する処置だけとなる。

イチョウは、かねて考えていた膝の手術について、キトキト院長に意見を求めた。
院長は、「膝の手術?  さあ、どうでしょうかネー」と、曖昧な返事をした。
イチョウとキトキト院長との出会いは、とある会合から始まる。
「何かあったらいつでもどうぞ」と、優しい言葉をかけられた。
すぐに、右膝を痛めて、急な診察と処置を受けて以来、何かと院長を頼りにして来た。キトキト病院は、療養型病床を持つリハビリの病院で、本来は、整形外科病院ではない。
このまま、月1回の痛み止めの注射で様子を見て行くか、転医して膝の手術を受けるか、いよいよイチョウは、決断を迫られることになった。
どうするイチョウ!


→(小説)笈の花かご #23
7章 ザワザワ病院⑵ へ続く




(小説)笈の花かご #22 7章 ザワザワ病院⑴
をお読みいただきましてありがとうございました
2023年10月21日#1 連載開始
著:田嶋 静  Tajima Shizuka
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