パリオリンピック 個人総合決勝 岡慎之助の演技
パリオリンピックで個人総合金メダルを獲得した、徳洲会体操クラブ所属の岡慎之助選手の演技を紹介します。
2022年の国内大会で膝の靭帯損傷の大けがを負い、長期間の競技離脱を経て2024年に世界選手権を含む世界大会の代表には初選出となった岡選手。かねてから「チャンピオンの橋本選手に勝てば金メダルが獲れる」と金メダル獲得に息を巻いていた様子です。
張博恒に次ぐ予選2位で個人総合決勝に進んだ岡選手。ここまで着実な実施を重ね、予選では6種目合計86.865、団体決勝では4種目に出場して大きなミスなく演技を通し、日本の団体金メダルに貢献。今大会は好調を見せていました。
共に個人総合を戦うのは現役個人総合チャンピオンの橋本大輝選手に、2021年の個人総合チャンピオンである中国の張博恒、更に2017年の個人総合チャンピオン、中国の肖若騰と強者揃い。
しかし、岡選手は何を隠そう2019年に創設された「ジュニア世界選手権」の初代個人総合チャンピオン。岡選手もチャンピオンの肩書を持つ1人でした。
国内大会では6種目合計87点に乗せる実力を持っていましたが、橋本選手・張選手の2大巨頭は88点に乗せられる実力を持っています。
実際、張選手は予選で88.597という超高得点でトップ通過をしています。
橋本選手は難度を落としたりミスが出るなどして85点台にとどまりました。
決勝では予選の得点は繁栄されないので決勝一発勝負です。
順当にいけばメダル獲得の可能性は十分あり得た岡選手ですが、この個人総合決勝は「順当に」とはいきませんでした。
▼ゆか
※動画は演技途中から
1節目に後転とび(A)からの①伸身ムーンサルト(E)。空中姿勢も美しく、着地は小さく1歩にとどめています。2節目は②前方1回ひねり(C)+③前方2回半ひねり(E)の組み合わせ。ここは高さこそありませんがひねり切りと着地は完璧にまとめています。ひねりを伴う1回宙返り同士の組み合わせは難度に関わらず組み合わせ加点は得られません。
もうひとつ対角線を使って抱え込みの④新月面(E)ここも着地をピタリと止める強さを見せます。
着地後は正面支持臥を経てゆったりとした開脚旋回へ。
⑤シュピンデルゴゴラーゼ(D)と⑥ゴゴラーゼ(C)を淀みなく連続で成功。
そのまま⑦マンナシンピ(D)へ。ここも美しく倒立に上げています。
倒立から更に前転して足を通して⑧閉脚浮き腰倒立(C)で再び倒立へと上げます。
このように脚を両腕の間に通して倒立へと持ち込む技は、足をゆかに擦ってしまう実施をする選手がいたり、それを防ぐために手のひらを浮かして少しでも足を通しやすくする選手もいるのですが、岡選手の実施は手のひらをペタッとフロアに着けたまま両足をゆかに擦らずに通しています。
これは胸と腰と脚の筋肉の強さ、そして何より卓越した柔軟性が為せるさばきですね。
前転から起き上がって短いコースでの⑨後方2回ひねり(C)は宙返りの高さも良く着地まで洗練されたさばき。
終末は未使用の対角線を使って⑩後方2回半ひねり(D)でフィニッシュ。
腰が低くなって後ろかがみになり、着地は後ろに1歩動きました。
岡選手の演技構成はグループⅠのノンアクロ技を4つも入れた珍しいものです。ひとつの技グループからは最大5つまで技を入れられますが、グループⅠの技は多い選手でも3つくらいなものです。
ノンアクロ技にはE難度以上の技がなく、最高難度であるD難度を稼ぐのにかなり難しい技を実施しなくてはならないのもあるでしょう。
そんな中で岡選手はD難度のノンアクロ技を2つ、旋回技と力技で1つずつ、それも高い精度で実施しています。
膝を怪我する前、2022年の全日本個人総合選手権の演技では、ノンアクロ技は力技を2つしか入れてません。
代わりに後方2回半ひねり(D)+伸身前宙(B)の組み合わせを入れています。
終末技は後方3回ひねり(D)。
膝の怪我から復帰後に演技構成を変え、宙返り技では組み合わせ加点は狙わず、ノンアクロの旋回技を増やして終末技は後方3回ひねり(D)ではなく2回半ひねり(D)。自分が最もEスコアを取りやすい技を選んで構成しているのが分かります。
決定点は14点台半ば。順調な出だしです。
▼あん馬
冒頭は①バックセア倒立(C)から入ります。倒立に上げる局面で開脚の表現を見せています。少々慌ただしいですが脚を閉じてしっかり倒立を見せています。
倒立から下ろしたら、閉脚旋回から逆リア倒立での②ブスナリ(G)を成功。
ほぼ180°開く脚で柔軟性と雄大さを表現して旋回に下ろした後は開伽旋回を続行。
ゆったりとした開脚旋回から③アイヒホルン(E)と④横向きシュピンデル(D)を連続で実施。旋回はゆったりと、シュピンデルはスピーディーに、緩急を見せてきます。
馬端から直接馬端への⑤横移動(D)でも広い開脚と腰の高さを崩しません。
体の向きを変えて縦向きの⑥マジャール(D)と⑦シバド(D)も開脚で成功。シバド(D)では体の向きがほんの少し傾いたでしょうか。
ラストは⑧縦向きで真ん中まで1/2だけ移動(B)して⑨あん部で縦向き旋回(B)を1周回して再び横向きの閉脚旋回に戻ります。
終末は逆リアから倒立に上げて⑩E難度の下り技でフィニッシュ。
2022年の怪我前にはセア倒立(D)を入れていたり、閉脚旋回でE難度のフロップを入れるなど今とは違った構成。アイヒホルン(E)は入れておらず、横移動はあん部を経由するC難度のもの。
怪我明けの2023年には今の構成に近づいています。
セアはバックセア倒立(C)に変え、閉脚でのフロップはD難度に、アイヒホルン(E)は入れておらず、横移動はC難度、終末もD難度で下りていてDスコアは5.6と低めの構成です。
2024年に入ってからはセア倒立(D)が復活、フロップが外れてアイヒホルン(E)が入れられました。横移動があん部を経由しないD難度になってDスコアは6.0。
パリ五輪ではこの構成からセア倒立(D)をバックセア倒立(C)に替えてDスコアを5.9に落としています。
ゆかに続きあん馬でも14点台半ばをマークしてこの時点でトップに立ちます。金メダルが有力視されていた橋本大輝選手、張博恒選手はそれぞれミスがあり、後退しています。
▼つり輪
冒頭の①後ろ振り中水平(E)は少し足が下がりますが、手幅の広さで力をアピールします。力技と倒立は2秒の静止が求められますがここの静止時間は短いですね。
続いて蹴上がり支持(A)を経て単発の②中水平(D)は肩の位置が少し高いでしょうか。静止もまだ短いように思えます。
さらに③後ろ振り十字倒立(E)で高難度の力技を3連続。十字倒立は肩の位置が高くケーブルの揺れも見られますが、静止時間はバッチリです。
そのまま④後ろ振り倒立(C)へ。ケーブルの揺れは収まり、倒立はほぼ動かず姿勢も美しいです。
⑤ジョナサン(D)と⑥ヤマワキ(C)で振動技を見せてからの⑦ホンマ十字(D)。ここも静止が短いです。振動技の連続したにもかかわらずケーブルの揺れは起きていません。素晴らしいコントロールです。
その後の⑧翻転倒立(C)は倒立の静止がよく決まっています。見ていて気持ちの良い倒立静止ですね。
⑨後方車輪(B)で助走をつけて終末はF難度の⑩伸身新月面(F)。空中姿勢は膝が緩い瞬間があり、ひねりにも勢いがありません。疲れが見えます。着地は後ろに大きく1歩動きました。
初めはDスコアが5.7と表示されましたが、インクワイヤリーを申し立てた結果、予定の5.9に変更があり、決定点も0.2修正されました。
2022年の演技構成は中水平は入っておらず、振り上がり開脚上水平(B)を入れて技数を稼いでいました。Dスコアは4.9。
しかし、足の怪我をきっかけに上半身を強化したことで、1年後には後ろ振り中水平(E)や後ろ振り十字倒立(E)、脚上挙十字懸垂(C)を入れてDスコアは一気に5.6まで上がりました。
ここから単発の中水平(D)を入れて終末をF難度に戻したことで2024年にはDスコア5.9にアップ。2年前からDスコアを1.0も上げる驚異的な成長を見せました。
ここまでのゆか・あん馬の2種目で高いEスコアを取ってきましたが、ここで初めてEスコアは7点台に沈んでしまいます。決定点も14点を割ってしまいました。しかし、以前暫定トップを維持しています。
▼跳馬
一緒に回る選手がロペスなどの高難度技を跳ぶ中、岡選手は難度が下がったドリッグスで確実に点を取ります。
宙返りの高さはあまり感じられず、空中姿勢は腰の曲がりや膝の緩みが気になります。
着地は腰の低い不安定なものになりましたが、1歩も動かずにまとめました。
Eスコアは何とか9点台をキープしました。
2022年にはロペスを跳んでいましたが、この年の全日本選手権の決勝の跳馬で膝を怪我してしまうのです。
平行棒の得意なウクライナ勢が追い上げて岡選手は肖若騰と同率の暫定3位で終盤へ向かいます。
▼平行棒
冒頭、ピンコ(A)で腕支持に収めたまま後ろ方向に振動を加えて➀ホンマ(D)で支持して倒立にスムーズに上げます。好調なスタート。
②棒下ひねり倒立(E)は倒立へ上昇しながらひねっているのが分かります。日本人選手に多いさばき方ですね。
ほかの選手は倒立に上がり切ってからひねるようなさばきをする中で、理想的なさばきと言えます。
続く③棒下倒立(D)も気持ちよく倒立へと上昇しています。
そして岡選手の見せ場である④車輪ディアミドフ(E)は、倒立に綺麗にハマりましたが決めは甘かったでしょうか、すぐに前振り上がり(A)で処理しています。
まだまだE難度が続きます。仕切り直して⑤マクーツ(E)を成功。単棒倒立で少し体が反り、支持受けでは少し角度のゆがみがあり倒立への持ち込みもスムーズとは言えません。手ずらしで倒立の修正をしたのち、⑥ヒーリー(D)では問題なく倒立へと収めました。
大きな前振り上がり(A)から⑦爆弾宙返り(D)をしながら端の方へと移動します。危なっかしいところはありません。倒立移行(A)で向きを変え、体を振り下ろして⑧バブサー(E)、蹴上がりで上がって再び倒立移行(A)で⑨ティッペルト(D)、体を浮かせてバーを掴む~倒立に持ち上げるの切り替えがはっきりしています。腰の上がり方がエッチです。
終末へ向かう前振り上がり(A)は脚が水平になるほど勢いよく振り上げて、⑩前方ダブルハーフ(E)で下りました。空中での脚の開きが目立ちますが、着地は小さく1歩に纏めました。
2022年には車輪ディアミドフ(E)は入れておらず、車輪倒立(C)を実施。
爆弾宙返り(D)もこの時は入れておらず、バブサー(E)とティッペルト(D)の順番も逆です。最後にツイスト倒立(C)を入れて終末へ向かう構成。
翌2023年には車輪ディアミドフ(E)を構成に取り入れてDスコアアップを図ります。ここでは車輪ディアミドフ(E)の後処理として車輪倒立(C)を使っていますが、この車輪はDスコアには反映されていません。
個人的にはこの方がリズムも良く気持ちよく見られますが、前振り上がり(A)の方が負担が少ないのでしょう。
さすがは岡選手が最も得意とする種目。15点台を出して、つり輪で沈んだEスコアをここでリカバリーします。
5種目終了時点で再び岡選手が暫定トップに立ちました。
▼鉄棒
ひとつ前に橋本大輝選手の演技が終わり、橋本選手のメダルの可能性は消えていました。日本勢のメダル獲得は岡選手に委ねられます。
そんな状況ではありましたが、岡選手はそんなことはつゆほど気にもしていなさそうな表情。ただ自分の演技を通すだけ、そんな勇ましさが窺えます。
振動から倒立へ振り上がって➀アドラー1回ひねり両逆手倒立(E)からスタート。倒立位からは少し逸れましたが問題ありません。
続く②アドラーひねり(D)もしっかり倒立に収まっています。
車輪の方向が変わって加速車輪で勢いをつけてから③コールマン(E)を成功。
脚は閉じられていて体の開きも見られる良い実施です。
④伸身トカチェフ(D)の伸身具合も完璧といって良いでしょう。⑤開脚のトカチェフ(C)も綺麗に決まっています。
そしてここからチェコ式車輪のシリーズ。足を腕の間に通して⑥後ろ振り出し(C)からの⑦チェコ式車輪(D)、脚を抜いて⑧ケステ(C)で倒立に収めます。ラストに⑨閉脚シュタルダー(C)を確実に決めて終末は⑩伸身新月面(E)を着地1歩に抑えました。
残る演技者を1人残した時点で岡選手は暫定トップに立ちます。
予選で88点を出してトップで通過した中国の張博恒選手の実力を考えると、逆転される可能性は十分にありました。
しかし、張選手の鉄棒は細かいミスが重なり、0.2ほど岡選手に届きません。
岡選手が初の世界大会、初のオリンピックで個人総合金メダルを勝ち取る結果となりました。
2012年ロンドン五輪の内村航平さんから続く、日本勢4連覇を成し遂げたのです。
近年、体操界全体ではDスコアインフレが起こる中、岡選手は6種目中跳馬を含む5種目がDスコア6.0未満の演技構成で、終始堅実な演技を揃えました。
ゆか・あん馬・跳馬・鉄棒では14点半ばを揃え、得意の平行棒で爆発力を見せる、理想を描いたようなオールラウンダーに成長しました。
予選~団体決勝~個人総合決勝と大きなミスなく通し切る精神力は小さな巨人のよう。
オリンピックの金メダルを獲得後は団体メンバーとともにメディアに引っ張りだこ。
そんな中でも大会に出場し、新しい演技構成を披露しています。
9月のジャパンオープンでは鉄棒でリューキン(F)を入れた新しい演技構成を成功させています。
世界の頂点に立った今でも向上心を忘れず、ひたむきに努力を重ねる岡選手の未来とは。
既に2028年ロサンゼルスオリンピックでの連覇の夢を語っています。
その歩みを見守り、次なる挑戦を応援していきましょう。
パリ五輪で名勝負を繰り広げたオールラウンダーたちが、ルールが変更される来年からどんな演技構成で臨むのか楽しみです。