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【短編】「命」


私の名はビクトリア。趣味はフリークライミング。あら、ご存じない?
ほら、壁登るやつ。

私の家は大家族で、兄弟だけでも13人いるの。下から3番目の私はもちろん存在感が薄いわね。だから目立ちたくてクライミングを始めたのよ。

これから友人に会いに行くところ。私が企画したお菓子のパーティー。
ちょっと作りすぎちゃったかしら?

ビクトリアは徒歩で街へ出かけた。

街に出るときは心に留めることがあるの。13人の孫を招集してはお爺ちゃんが言ってた事。遺言と言ってもいいわね。

「今から3つ言う。街に慣れるな、注意を怠るな、危機感を持続しろ。」

耳にタコだったよ。だけどお爺ちゃんに言わせると、街には殺人鬼が潜んでいて、何度も犠牲者が出てるんだって。何の因果か、お爺ちゃんはその殺人鬼に殺されたと聞いてる。

現場の詳細はよく知らないけど、仰向けの状態で、口と目を見開いて…..
そんな恐ろしい光景に、第一発見者もショック死したという噂なの。
ひとつ気になる点があって、死体やその周辺が何かで濡れてたみたい。

ビクトリアは一本道を急いだ。

急ぐこともなかったわね…..ついつい走っちゃうこの癖どうにかならないかしら。「見て!見て!あの壁」彼女は嬉しそうにはしゃいだ。

数メートル前方に開けた空間を確認すると、ビクトリアは正面の壁に全速力で近づく。

「見てて。いくわよ?」彼女の目は輝いていた。

あっという間に垂直方向に2メートル登ったと思いきや、時計回りに全身を90度回転させ、ちょうど体と地面が平行になったところで、

「この姿勢は慣れるまでしんどいの」「私は小柄だからこれができる」

などと自慢げに言い放ち、暫く静止状態を保った後、思い出したように右へ右へと歩を進めていった。

そうそう、友人の名前を伝えてなかったね。彼の名はゼレンスキー。
何やら悩みを抱えてるみたい。だからお菓子の差し入れをしに行くの。
あの角を左折したら待ち合わせ場所が見えてくるよ。

軽快なクライミングで角を曲がり、ビクトリアが目にしたもの、
それは仰向けに横たわるゼレンスキーの姿だった。

彼の手足は宙で硬直し、表情はお爺ちゃんを凌ぐものがあった。周囲に広がる液体に晴れた日の太陽光が反射している。

瞬間、ビクトリアは背筋に冷たいものを感じた。彼女は頭から地面へ転落し、悶え苦しみながらゼレンスキーの隣に横たわり、やがては息を引き取った。


声が聞こえる───。

「あらら…..ちょっとー?誰?ちゃんとゴミ箱に捨てなさいよ」

「僕じゃないよー」
                       

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