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(9) 教え子達の成長が齎すもの

「ええっ、こんなに深く掘るの?」 

「地震国、デルタ地帯ではこれが標準の工法だって言うんだから、ビックリよね。ベネズエラ・ブラジルだとオリノコ川、アマゾン川河口部か流域、後は埋立地での建設くらいだからね、今まで玲ちゃんが見なかったのも仕方ないよ」

マタニティ姿にヘルメットを被った杏が説明する。妊婦と並んでも違和感の出ないようにと、玲子が気遣って珍しく外出時にワンピースを纒った出で立ちで、チタン鋼材を何本も打ち込んだ地下を覗き込んでいる。前傾姿勢となり、手すりを握ったポーズで型の良い臀部と下着のラインがくっきりと浮かび上がり、建設会社の職員の視線を集めてしまった。

さり気なく杏が動いて、職員たちの視線の間に割って入る。杏の前には、誰かさんが好む体位を無意識に取っている玲子の後ろ姿がある。

「玲ちゃんって無防備だから 家ではワンピース姿で居てくれって、あの男はリクエストするんだろうな」と戸籍上では姉の後頭部に向かって苦笑いする。
「ホンの数秒で終わっちゃって申し訳ないねぇ」職員たちの目の保養はこれにて終了、と思いながら。

玲子と杏、杏の実の妹の樹里の3人がそれぞれの息子たちと居住しているモリの生家から、ここまで歩いてやってきた。
横浜駅東口に隣接するデパートがあった現場では、ベネズエラ・高麗合同大使館が入居する、階下がデパートで 階上がオフィスフロアとなる低層階の連棟ビルを建設中だった。

杏と入れ代わりでベネズエラに向かう玲子の買い物に駅前へ出てきた。そのついでに「アビスのような巨大な穴」で、いま話題になっている現場を一目見ようと立ち寄った。
杜 蛍外相から・・実際は金森鮎元首相なのだが・・あなた達の選挙区になるかもしれないから、建設中の建屋を注目しておくように言われていたので。

既存の建物の解体・廃材の撤去作業はモビルスーツと人型ロボットを投入して、一日で終わったのだが、基礎工事には1ヶ月近くもの日数を費やすらしい。          
タイのチャオプラヤデルタ、ベトナムのメコンデルタ、ビルマのイワラジデルタ バングラデシュ、インド等の河口部の都市での建設と、タイ・バンコクからインド・ニューデリーまで繋がるアジア国際鉄道の建設に際して、軟弱地盤の地質に対応するために開発した、大深度地下基礎工事を横浜の建設現場でも取り入れていた。

横浜駅周辺は元々が海であり、明治以降の稚拙な埋立て作業と当時の拙い欧州の技術で不適切に造成された運河や既存の小さな河川が乱立する脆弱な地盤となっているエリアなので、デルタ向けの基礎工事を日本のプルシアンブルー社とベネズエラのレッドスター社の建設子会社ジョイントベンチャーが採用した。

玲子と杏の義理の兄夫妻となる、柳井太朗とヴェロニカがビルマ・タイ特使として駐在していた当時、東南アジア・南アジア南部デルタでの都市再開発と国際鉄道建設のミッションを父親から命じられて、従来の基礎工事を超える強度の工法が開発された。アジア南部では2021年以前に建設されたビルやマンションの価格が下った程、従来の建築技術、工法を超えていた。2つの建設会社にしか出来ない工法なので、両社が手掛けた建造物は役所や公立の学校などの公共事業が中心となったのだが、沿岸部などの脆弱な地盤の地域では、基礎工事だけでも大深度地下工法が必須とされ、建築基準法が改訂された。日本では近隣に新しい低層ビルが建つと、周囲のタワマンや高層ビルの資産価値が下落した。

この横浜東口の現場の基礎工事は世界でも最深度となる地中に鋼材を打ち込んだので、話題となった。基礎工事もさる事ながら、上部の11階の建造物でもチタン合金の鋼材が大量に使われ、強度は鉄骨の2倍以上で軽量なビルが完成する。横浜駅周辺の建造物の資産価値が下がり始め、賃貸料金、テナント料も既に下がり始めているという。

見学を終えた玲子と杏は職員に誘われるまま建設事務所に案内され、麦茶を出されて、3Dホログラムで立体的に浮かび上がった2棟の建屋の完成予想モデルを見る。

「あの、11階建ての建造物の為に、あれだけ地下深く掘らねばならないもの なのでしょうか?」
建設現場の責任者と思しき男性に玲子が尋ねる。

事務所に案内されたのも、責任者らしき人物が対応しているのも、そもそも見学を受け入れてくれたのも、この2つの建設会社の事実上のオーナーの養女たちだと分かっているからだろう。
その証拠に、ギクシャクした動きを職員たちがしているし、室内に妙な緊張感が漂っている。映像クリエイターの杏はカメラを持っていないのに、

「この場の雰囲気を撮るなら、この沈着冷静な責任者と オドオドしている部下達の表情を画面に入れるために、部屋の天井に小型カメラを複数付けて同じフレーム内で表情の違いを表現するのが良いかも・・。ママたちが、夫の健康状態のチェックが目的で、卑猥な魂胆は微塵もないと言って押し通した、養女たちとの行為を赤裸々に撮った、「家庭内AV」のように・・」と、脳内思考があさっての方向へ飛躍してしまった。

「おや? 室内温度が高かったでしょうか。山際くん、すまんがクーラーの温度を下げてくれないか」責任者と思しき人物が杏の顔を見ながら言うので、申し訳なく思いながらも頭を下げる「スイマセン、邪な想像をしておりました・・」と思いながら。

「お二人は横浜でお育ちになったと伺っておりますが、相違なかったでしょうか?」
2人の素性を把握しているのを先に明かしたのは好印象だった。年配者の発言に2人の養女が笑顔で頷く。

「江戸時代の横浜駅周辺は海の中でした。反町駅の直ぐ側が海岸線で、遊歩道になった反町トンネルの山に波が打ち寄せていたのです。社会科教諭だったお父様から聞かれた事があるかもしれません。龍馬の関係者が反町の宿場町で余生を過ごされました・・」

「奥さんのおりょうさん、ですよね。勝海舟が宿屋のお仕事を紹介したと言われています」玲子が即答する。界隈のホテルに当時の教師と女子高生がシケ込んでいたのは、杏には教えていなかったよね?と思っていたら、杏が片目で親指を立てている。

「そのサムズアップはなに?歴史クイズに正解したから? それとも連れ込み宿の常連だった過去の方?」と思いながら苦笑いを返す。

「やはり簡単過ぎましたか。そうです、龍馬と出会った頃の仕事に就きたいとおりょうさんが願ったのか、勝海舟が気を利かせて紹介したのかまでは分かりませんが、開港して賑わい始めた宿場町の経営も安泰だったのでしょう。彼女はこの地で臨終されました」 

「神奈川駅の隣の青木橋を渡った丘の上のお寺が、横浜開港直後のアメリカ領事館だったって、父に聞きました。海外からやって来た船乗りさんや商人が泊まったからの領事館、だったんでしょうね」
杏の発言にギョットする。それって、2人で出掛けてたって事?と玲子が勘繰る。そう言えば青木橋を車で走りながらあの人がそんな事いってたなと思い出して、玲子の対抗心に火が付いた。

「神奈川スケートリンクの向かいのガードを潜った所にあったお寺が、英国領事館だったのよ」・・スケートしてからのホテル直行も経験したのかな?と、探りを入れる。

「おー、スケートリンク懐かしいね。改装前の古いリンクしか知らないんだけど」
杏の鼻の穴が大きく膨らんだ。
「お前もか・・」と玲子は悟った。

「アメリカとイギリスの領事館は知りませんでした・・流石、ハマっ子ですね。
という訳で、横浜駅一帯は海の中でしたので地盤は最悪なんです。それなのに昭和平成の横浜市は最悪のジャッジを下します。東横みなとみらいライン建設と駅の地下化です。これで横浜駅は永久に工事が必要な駅となってしまいました。今でも何処かしらで工事が続いていますが、ゼネコンと政治の癒着が原因です。あまりの建設コスト高で中華街駅で止まってしまいました。防衛大臣の柳井治郎さんが市長になった時には既に地下駅でしたから、どうしようもありませんでした。市長はそれまで癒着していたゼネコンを排除して、プルシアンブルー社が工事を請け負ってJR根岸駅に接続するまで路線延長して、陸の孤島と呼ばれていた三渓園一帯を活性化させました。 
本来ならば既存の東横線桜木町駅までの路線を活かして、横浜駅ー桜木町区間は土壌強度を改良して、桜木町駅から先を高架、百歩譲って地下化すべきでした。みなとみらい駅と地上のランドマークタワー 一帯なんて最悪です。震災が来たら、どんな被害が出るのか・・とはいえ地下化してしまったので、このデパートを改めて建造するにあたって、バンコク、ラングーン、ダッカの様にエリア一帯を面と見たてて土壌改良工事をした上で基礎工事を施す方が良いのですが、周囲の建物の所有者がそれぞれ異なるので致し方なく早々に諦めて、ピンポイントの超大深度地下工事としたのです。低層階建築で、且つ鉄より軽くて強度があるチタン鋼材で組んだ建屋であっても、計算上 これだけの深さが必要になると判断したのです」

「あの、この立体映像を拝見していると海に浮かぶ氷山を連想してしまうのですが」

「さすがですね。氷山、良い着眼点です。
地球重力、海面を浮上する上での比率から、氷山の体積の9割近くが水没しています。氷山ではアルキメデスの定理が計算式として用いられますが、この建物は異なる計算式を用いていますが、出てくる数値は氷山とほぼ同じ体積量となり、約90階分相当の体積量のチタン合金が地中に埋まります。

繰り返しますが横浜駅周辺は海でした。埋立て地とは言っても明治時代の人海戦術による作業ですので、江戸を埋め立てた徳川幕府とレベルは同じです。今の江戸川区、江東区が該当しますが、私は昔の埋立地は海と同じだと思っています。ビルを建てるなら、9割の体積率の基礎部分が地下に埋み込まれた建造物でなければ危険で、且つ、人は住んではいけない。マンション建設は以ての外だと考えています。東京千葉、川崎横浜の湾岸部に高層ビルやマンションを建てているゼネコンは売国奴ですよ。大きな揺れが来れば、オジャンになるんですから。
・・とは言うものの、あからさまに出来ない事情があるんです。
本来なら、埋立地にビルを建てるなら大深度地下まで掘って、建物の9倍の巨大な基礎を作り上げる必要が有るのですが、それを声高に言うと、既に雨後の筍のように建っているありとあらゆる駅周辺のビルの資産価値を大きく下げてしまう事になります。

それで、奥歯にモノが刺さったような対応で誤魔化しています。モビルスーツと人型ロボットが掘った この穴を、杏さんがプロデュースしてヒットしたアニメ映画にちなんで「現代のアビス」と呼んで、市内の小学生に校外学習で見学して貰っています。抽象的な扱いにワザとしているのです」

「うちの子達も学校の授業の一環でこちらを見学させて頂きました。余計な質問はしないでねって、釘を差して息子を送り出しましたが」
玲子が言うと、杏が反応する。 

「そうだね。どして坊やで、質問魔代表みたいなダイチは「どうしてこんなに深く掘る必要が有るの?」「なんで11階建てにしたの、もっと高いビルにすればいいのに」って質問攻めにするだろうね。まったく誰に似たんだか・・」 

養女たちの遣り取りで職員たちは察した。「2人は最初から分かっていたのだ」と。
見学ではなくて、確認にやって来たのだと。

「確かに鋭い質問をするお子さんが居るのも事実です。だからこそ、なまじ予備知識のある記者たちを警戒しておりまして、マスメディアの取材を避け続けているのです。いずれ社会問題になるのは避けられないでしょうがね。確実に、昭和平成の負の遺産になるので。
お二方は状況をご理解されているとは思いますが、敢えて念押しさせて頂きます・・。
お願いなのですが、ここだけの話に留めて頂きたいのです。元社長の杏さんには伏してお願いしたいのですが、もしアングル社やネーション紙が事実をありのままに報道すれば、東京圏だけでは済まずに主要都市全体に影響が及ぶ事態となり、日本経済を停滞させかねない社会問題になるかもしれません。

古参の大手のゼネコンが倒産するのは自業自得なので仕方がありません。看板だけの大手は潰れても、実作業を請負っている下請けの中小企業はなんとか残るので建設業自体への影響は比較的軽いので良いのですが、横浜市で例えて言うと中区と西区の不動産業界と既存ビルのオーナーは経営破綻して、巨額のローンを抱えてしまうかしれません。これが日本の沿岸都市、埋立地全体で生じるかもしれません。退任された柳井幹事長は、2人の息子さん達に救済策を国会で纏めるように指示されてベネズエラに向かわれました。首相案件になったとも聞いております」

玲子と杏が顔を見合わせて頷きあう。杏が「状況は理解しました」と先程までとは異なる落ち着いた声色で答えた。

「あの、屋上のヘリポートはもしかして災害時を想定しているのですか?このビルもみなとみらいに住んでいる方々のライフラインの確保を目的にしている様に見えて仕方がないのです。建屋も、被災民の収容施設を兼ねるように考えられているとかではありませんか?」
旧そごう、旧スカイビルはとにかく売り場面積の広い商業施設だった。ワンフロアあたりがショッピングモール並の広さがあった。

玲子はヘリポートの他に立体映像のもう1箇所に注目していた。それは、建物に隣接する「運河」だった。
運河を介して東京湾にアクセスできるので、運河が破壊されずに残っていれば、ヘリだけでなく船舶による避難、物資輸送が可能となる・・。
「だから西口じゃなくて東口なんだろうな」玲子は結論付ける。あの人が考えないハズはない、この立体映像と図面を見て試行錯誤したからこそ、横浜に大使館を持ってきたのだろう、と。
ひと度震災が起これば、都内の方が混乱するだろう。ゼロメートル地帯の復旧でレスキュー隊、自衛隊の大半は取られるだろうから、横浜の方がベターと判断したのだろう。杏を大使に任命しかけた経緯からも守ろうとしたのだと分かる。プルシアンブルー社の本拠地がある横浜ならば、鶴の一声が使えるからだ・・

「あーやはり想像しますよね・・。そうなんです。震災もしくは高波で一帯のビルはかなりの確率で全壊もしくは倒壊すると考えています。南海トラフ、首都圏直下型地震、震度8クラスの揺れであっても倒壊せずに残れば、被災者の避難ルートの終着の確保が可能となり、周辺居住者の避難民をヘリでピストン輸送できます。この3Dホログラムの完成立体図にある通り、運河に面した箇所には船着き場を複数用意しますので、うまく行けば海上輸送が可能となり、ホバークラフトや船舶も接岸できるかもしれません。

平成までの横浜選出の与党の国会議員と横浜市議会とつるんでいた廃業したゼネコンは、みなとみらい地区に高層マンションを乱立させましたから、相当数の被災民が出るのは目に見えています。せめて、このビルとプルシアンブルー本社ビルだけでも何としても残らねばなりません。横浜市役所や合同庁舎、ランドマークなんかも恐らく根こそぎ倒れて、なんの役にも立たないでしょう。倒れなくても損壊が激しくても立入禁止ですから、結果は同じです。役所は拠点なき状態で復興に取り組むしかないでしょう。私は役人たちでは横浜繁華街の惨状は救えないだろうと考えています」

やはりそういう事だったか、とすっかり真面目な表情に戻った玲子と杏が顔を見合わせて頷きあう。

与党の幹事長を勤めていた柳井純子前首相がベネズエラに異動するに伴って、杏の母に幹事長職を委ねて、衆議院議員を引退した。
北前社会党発足時の横浜2区はモリの選挙区だったが、モリが国連に転じて議員辞職した際に、イランから帰国した柳井純子が「横浜市長の治郎の母」という触れ込みで横浜2区の補選に立候補して当選した。再び、横浜2区の補選の日程が間もなく決まる。
玲子と杏を含めた養女たちが次の議員の座を狙っているが、杏は妊娠中の為に選挙日程次第では立候補を見送らざるを得なくなる。臨月に選挙活動をする訳にはいかない。そうなると、横浜2区は玲子が立つ可能性が現時点では高くなる。杏にしてみれば、妊娠も自身が願っていたものなので痛し痒しの状況にあるのは否めなかった。

ーーー

浦賀水道を通過するコンテナ船や車両運搬船の群れの中に、タンカーを超えるサイズの巨艦が主のように航行している。海上自衛隊がレンタルし、ミニ空母、ヘリ空母2隻の後継と位置づけたベネズエラ製カラカス級 核熱動力空母「信濃」だ。旧日本海軍の信濃も巨大空母として建造されたものの、直ぐに沈められて無意味となった。命名したのはベネズエラの大統領とフィリピンで上院議員に当選した志乃の2人なので、縁を担いだりはしなかったらしい。どうせ海上自衛隊も艦名には使わないだろう程度の発想でしかなかった。

中南米軍の登録正式名称はローマ字表記で「shinano」となり、海上自衛隊は艦の側面と後部に漢字名を書き入れた。

何隻かの商船を挟んで、2kmほど後方にやはりベネズエラからレンタルした海上自衛隊旗艦「大和」が日章旗を後部甲板にはためかせながら東京湾を航行していた。

同じくレンタルした潜水空母・「甲斐駒」は東京湾を進行するには湾の深さと商船の数の多さを配慮して横須賀基地に待機、一般公開されていた。大和と甲斐駒の命名者が誰なのか、言うまでもない。

政府専用のホバークラフト2機にメディア関係者にくじ引きしてもらい分乗する。信濃の甲板に降着する機体には防衛大臣がに乗り込み、大和の後部甲板には阪本首相の乗る機が向かう。2機のホバークラフトが空母と戦艦の上空を交互に旋回して、上空から見る両艦の雄姿をカメラマンが撮影する。
ーーー
信濃の甲板に降り立った柳井治郎 防衛大臣はその広さに驚く。いつの間にか大和が近づいていて信濃と並走し始めると、カメラマン達が一斉に側面に走り、記者たちが追い掛ける。大和の甲板上に人の影が見える。あちらもシャッターチャンスなのだろう・・。離れたところで一人佇む治郎は、防衛大臣に推挙してくれた師匠に感謝する。

「お前に大和を託す」とネット越しに言われた時は思わず胸が熱くなったのを思い出す。信濃の甲板から見る大和はまさに「浮かぶ要塞」だった。こんな艦が中南米軍にはまだ3セットも残っているのだと思うと身震いしてしまう。大和には自衛官が5名しか乗員していない。中南米軍はロボットだけで操舵出来る旗艦を作り上げたが、海自はそうは行かない。海自としての大和の操作マニュアルを作る必要が有るし、徹底的に技術を盗まねばならない。それこそ、大和と信濃、甲斐駒を改良出来るレベルに到達させるのが目標だ。

しかし、ベネズエラに渡ってドエライ事を成し遂げたものだと、この2艦の異様さ だけで治郎は悟った。

「まさに現代の黒船だな、東京湾だし・・」

「大臣、今のつぶやきですが記事にしても良いですか?」
治郎は慌てて振り返る。ダメだ!と言おうと思ったのだが、声の主はネーション紙の阿部純子記者だった。

「あぁ 構いませんよ」真逆の言葉が咄嗟に出たので、自分でも驚く。いつの間に背後に居たのだろう・・。
「ありがとうございます。大臣に喜んでいただける記事にしますので」
阿部記者はそう言って離れていった。大臣と長々と会話していると、他の記者たちが集まってくると分かって距離を置いたのだろう。

「甲板上の皆さんは艦橋内に移動して下さい。これよりデモンストレーションを始めます」アナウンスされた艦長の声が甲板上に響く。大和を見に行っていた秘書官が治郎の元に慌ててやって来ると移動するように促した。

信濃の艦橋のハッチに入ろうとすると、歓声が上がった。搬送リフトに5m丈のアースウォーカーが乗っていて、ペイント銃を持っていた。「デモンストレーションって、聞いていないぞ・・」と治郎は思いながら、大臣にもサプライズって、まさか そんな事はないよな、と一つの考えが頭を過る。

副艦長がハッチの前で待っていて治郎を見つけると近寄ってくる。          
「大臣は上に上がらず、こちらにお越し下さい。ご案内致します」と言う。副艦長の手には折りたたみ椅子とタブレット。首に小型ムービーがぶら下がっている。

予想した通りのイベントかもしれない・・と治郎は思った。

(つづく)

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