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【ウォルモンドの薄暮】真犯人は?リターニアの世界観から事件真相まで考察(アークナイツ)

【注意】この考察は非公式であり、ネタバレや個人の見解、推測を含んでいます。2020年12月時点の情報を元に執筆しているため、今後の実装次第で公式設定とはかけ離れた考察となる可能性がある点を予めご了承ください。一部、日本版未実装オペレーターのプロファイルに言及しています。

小さな街に潜む大きな謎。答えを探し求め、私たちは駆け回る。

ウォルモンドを襲った悲劇の真相は、イベントシナリオを追うだけでは知ることができません。

これまでは日本版に実装された内容を軸に考察を重ねてきましたが、『ウォルモンドの薄暮』を紐解くためには、日本版未実装のオペレーターのプロファイルを参照せざるを得ませんでした。

一部、大陸版内容のネタバレとなることにご注意ください。

また、ウォルモンドの街を覆う時代背景や社会観念への理解を深めるため、作中に登場する建築物や音楽、服装などのモチーフについても考察しており、非常に長い文章となってしまいました。

シナリオの核心のみ知りたい方は、目次から「時系列整理、終幕を辿るウォルモンド」へ飛んで頂ければと思います。


リターニアの地政学

几帳面かつロマンティック、それがリターニアである。
その開放的で色濃い学術文化は、多彩で奇想天外なアイディアを日々積極的に受け入れている。そして古い幻想を元にした研究の成果が、リターニアを日々成長させ続ける原動力となっている。
TERRA EXPLORATIONより)

学術的な側面が強調されるリターニアは上記の説明に違わず、芸術大学でディピカの父が教鞭を執っていたり、地質学を専攻するアーススピリットや火山学で才能を遺憾なく発揮するエイヤフィヤトラのような天災トランスポーターを生み出す学術的な基盤を持っています。

明日方舟1.5周年の生放送で明かされた世界地図では、リターニアはウルサス(ロシア、旧ソビエト連邦)の南に位置し、ヴィクトリア(イギリス)とシラクーザ(イタリア)に挟まれる形で存在しています。
※()内はモチーフと想定される国。下図、紫色がリターニア。

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引用:https://ngabbs.com/read.php?tid=23891600

リターニア(LEITHANIEN)という綴りからは、オーストリア=ハンガリー帝国のオーストリア帝冠領を示すツィスライタニエン(Cisleithanien)が想起されます。ツィスライタニエンは19世紀に成立した議会制国家で、ウィーンの帝国議会を立法府としてました。

名前や地理から、リターニアがヨーロッパのいずれかの国をモチーフとしていることは想像に難くありませんが、その文化的背景を紐解くほどに欧州に位置する国の様々な要素が混在していることが分かります。

ヨーロッパという言葉は近代になって使われ始めた概念で、どこまでの国をその範囲に含めるかは度々議論になります。

ヨーロッパとは何であるかについて、指導者間にも、統合推進者にすら明確な観念はあまりなかった。
(中略)
もともとヨーロッパという概念は、地中海、とくにエーゲ海から見て日の昇る「アジア」に対比して日の沈む方向を「ヨーロッパ」といったものであった。英国の歴史家ノーマン・デイビスは、大著『ヨーロッパ』(1996年)のなかで、そもそもヨーロッパという考えは、キリスト教普遍世界とは別個のものであり、宗教対立の十八世紀に広まった、比較的新しい概念であると語っている。
下斗米伸夫/北岡伸一「新世紀の世界と日本」(中央公論新社 初版55,56頁)

その境界線は1世紀を待たずに変更され続けていることを踏まえると、リターニアを現在の国の枠組みとして考えること自体、それほど意味を持たないのかもしれません。

さて、イベントの舞台となったウォルモンドはリターニアの北部に位置する都市であり、とりわけ現実世界でのアルプス以北の国の特徴が見受けられました。

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テラ世界では天災による被害を避けるため、それぞれの都市が巨大な移動機構となっていますが、1.5周年で明かされた世界地図より、各都市が領土内を移動することでその災禍から逃れていることが分かります。

感染者を弾圧する軍事大国ウルサスに接していることから、その難を逃れた移民が集う街であり、マドロックもそうした理想郷を求めた一人でした。


イベントロゴのデザイン

イベント名のロゴに使用されているアルファベットは全て大文字で、画の先端には爪状の「セリフ(serif)」が視認できます。セリフが付いた書体はローマン体(或いはセリフ書体)という名で知られており、古代ローマより石碑に刻まれ、長きに渡ってラテン・アルファベットの書体として認識されてきました。

「TWILIGHT OF WOLUMONDE」に使用されている書体も典型的なローマン体ですが、よく見るとTとWのセリフに丸の痕跡とアルファベットを横切る線がくっきりと残されています。

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ヨーロッパでは16世紀に活版印刷が広まり、当初は手書き文字が主流でしたが、次第に幾何学的な書体が登場します。1692年フランスでは、コンパスと定規、グリッド線を用いたRomain du Roiが設計されました。

上図のMのように、円はセリフを表現するために使用されますが、印刷後にはその痕跡が残ることはありません。イベントロゴで円や線を敢えて残しているのは、舞台となるウォルモンドに成熟した出版産業が存在することを暗示しているからでしょうか。

余談ですが、Univers書体の生みの親であり、20世紀書体デザインの巨人とも称されるアドリアン・フルティガー氏は、「mond」の4文字で書体のリズムを決定できると語っており、Univers書体の名称候補として「mond」を推していました。(雑誌『Druckmarkt』2004年9-10月号 Klaus-Peter Nicolay氏によるインタビュー記事より)


ウォルモンドの意味

TW-1シナリオで、スズランが名前の由来を口にしました。

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ウォルモンドは八つ目の月という意味だそうです。
周囲の七つの街と共に商業集落を形成していて、リターニア北部で異彩を放つ存在だと――
本にはそう書いてありました。
アークナイツ「ウォルモンドの薄暮」イベントPV

「8」と「月」、それらの示す単語は
Wolu(ジャワ語で8)
Monde(ドイツ語で月)
でしょうか。

元となった単語について、中国の掲示板サイトNGAでは様々な観点から議論が為されました。
https://nga.178.com/read.php?tid=22312396
ヨーロッパの空気感を持つウォルモンドに対して、なぜジャワ語なのかという観点でも検討されており、フランス語と読み間違えたのではないかとする意見もありましたが、その真意は開発者のみ知り得ます。

NGAでは、Google Booksで見つかったとある本に記載のあるフランス語の文章から、Wolumondの意味を見出していました。

Avant d'être déviée vers Vilvoorde au Moyen Âge、la Woluwe se jetait dans la Senne au lieu dit Wolumont ou Wolumond(«embouchure de la Woluwe») :Wauters 1973、159; Deligne 2003、5。

中世のVilvoorde(フランドル地方のフランダースブラバント州にあるベルギーの自治体)に移る前、WolumontまたはWolumondと呼ばれる場所で、WoluweはSenne(ブリュッセルを流れる小さな川)に突入した。
※誤訳の可能性があります。

中世には、Senne川にWoluwe川が流れ込む場所がWolumondと呼ばれていた、という記述でしょうか。Google Mapで確認してみます。

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Wolume川は小さいためにGoogle Mapでは確認できませんが、現在でも存在する川です。(参考:2018-08_Bruxelles_Woluwe Saint Pierre

残念ながら川の合流地点(Wolumond)は干上がっているでしょうが、中世の頃には存在したであろう地点に思いを馳せるのも、また一興かもしれません。


建築様式

イベントロゴやウォルモンドという名前にヨーロッパの要素が散りばめられているように、建築様式も同地域の特徴が見受けられます。

イベント扉画面の中央に佇むフォリニックとスズラン。二人から影が伸びる逆光の構図はどこか怪しげな雰囲気を醸し出し、後ろを振り返るスズランはどこか不安げです。三日月と闇夜が覆うウォルモンドのイラストは、真実を煙に巻くような空気感を見事に描き出しています。

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中央奥にひと際高い建築物が描かれていることが分かりますが、これは教会でしょうか。建築様式は形状だけでなく、地域や年代も加味した上で分類が為されるため、一概に断定することはできません。しかし、飾り気のない外観や、ウォルモンドのモチーフが欧州であると考えることから、西ヨーロッパを代表する建築様式の一つであるロマネスクを意識したデザインではないかと考えられます。

ロマネスク建築は古代ローマ・ゲルマン民族の様式が変化したもので、分厚い壁や小さな窓、半円アーチで知られます。

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ーロマネスク様式の傑作として知られるサンタマリアデリポイ修道院。筆者撮影ー

フランス文学者・思想史・美術史を専門とする法政大学教授の酒井健氏の論文『≪ロマネスク≫概念の誕生—ノルマンディー好古家教会と好奇心の美学』によると、ロマネスクとは、11-12世紀の教会建築に充てられる概念であり、12-14世紀のゴシック様式と対にして用いられます。

ロマネスク(Roman:ローマ、esque:風の)という言葉は19世紀初め、「古代ローマの建築の調和美に劣る、そこから退化した」といった否定的な意味がこめられていました。しかし、先史時代から中世までの遺物や遺構を熱心に調査していた人々(ノルマンディーの好古家)は、いびつで不格好な造りながらも、異様な彫刻装飾には非理性的な力の湧出が感じられるこの様式に好奇心がそそられ、ロマネスクの概念をその魅力と共に流布していきます。

ロマネスク建築はカロリング朝フランク王国時代、中世キリスト教会の影響を受けて発展しました。8-10世紀末までに発展した建築様式はカロリング朝或いはプレ・ロマネスクと呼ばれ、ドイツのアーヘン大聖堂にある宮廷礼拝堂のように、ロマネスク建築の特徴となる要素の萌芽が認められます。

ちなみに、アーヘン大聖堂とウォルモンドイベント扉画面の中央に描かれた建物とを並べると、尖塔とドーム型の天井を有している点がどことなく似通っています(勿論、似通った建築物は他にも存在するため、アーヘン大聖堂をモチーフにしていると断定することはできません)。

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イベント扉画面イラストの左側へ目を向けると、高くトゲトゲしい意匠の尖塔や尖頭アーチが見られます。

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これはゴシック様式の特徴です。12世紀-14世紀にかけて広まった建築様式で、ロマネスク様式とは対照的に、広い窓や尖頭アーチを有します。

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ー世界で最も幅広いゴシック様式の身廊を持つジローナ大聖堂。筆者撮影ー

ゴシック様式はルネサンス期のイタリア古典学者たちが、ルネサンス以前の中世の芸術を批判するために「ゴート族※の様式(la maniera gotico)」と言い表したことが始まりとされています。
※東ゲルマン系に分類されるドイツ平原の民族

ゴシック様式が主流であったルネサンス期以前は、教会の権力と神聖ローマ帝国の王政が結び付き、古代ローマ・ギリシア文化の多様性が失われた暗黒時代と見做されることがあります。そうした歴史的背景とゴシック様式とを結びつけるならば、ウォルモンドにも既得権益と結びついた風習が残る、と考えることができるでしょうか。

ゴシック様式に関連して言及するならば、マドロックの昇進2イラストに描かれた建築物はスウェーデンのスカラに存在するテンプル騎士団の教会、スカラ大聖堂である可能性が挙げられています。

テンプル騎士団は14世紀、フランスのフィリップ4世によって悪魔崇拝の容疑で異端審問をかけられています。このとき槍玉に挙げられたのが黒山羊の角を持つバフォメットであり、マドロックのモチーフはこの異教の神であるということでしょうか。

一方で、似たようなゴシック様式の建築物は数多あり、世界最大級のゴシック建築であるミラノ大聖堂やドイツのケルン大聖堂も天に向かってそびえ立つ複数の尖塔を有する教会であるため、上記の推測はあくまで可能性の一つに過ぎません。加えて、マドロックのモチーフは旧約聖書に登場する巨獣、ベヒーモスではないかという大陸での考察もありますが、話が逸れるためここでは割愛します。

ゲーム内にゴシック建築が登場するのは、イラスト中央のロマネスク様式の教会を政治的に拡張・発展させたものであり、教会権力の象徴として捉えることができます。


他方、物語の中心となった市街議事堂には現代的な特徴が見られます。

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引用:https://zhuanlan.zhihu.com/p/164828941

ウォルモンドの薄暮をデザイン史の観点から考察している新手的君泰氏によると、この建物は新古典主義様式であり、建築家アンドレーア・パッラーディオの「3段」ファサードが見られるとのことです。

また、議事堂の右隣に描かれた建物には、17世紀の建築家フランソワ・マンサールによって考案されたマンサード屋根が見られ、フランスの建築様式としての特徴が見られます。

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新古典主義建築はフランスで興った建築様式です。それはポンペイ遺跡の発掘により古代への関心が高まったことの他に、貴族や高級聖職者が権力を独占していた状況の破壊するフランス革命前後の「啓蒙思想」や「革命精神」をきっかけとして波及したものでした。

つまり、議事堂及び周辺の建物にはウォルモンドの貴族たちに抗う思想をベースにした建築様式が見られると解釈することができます。


音楽

西洋の伝統的な音楽というと真っ先にクラシックが思い浮かびますが、イベント扉画面に使用されていたのはバグパイプやハープが使用されたケルト音楽のようなテイストの曲です。

ケルト音楽の歴史と楽器の特徴については、作曲家の水里真生氏が運営するWebサイトにて出典付きで詳細に、かつ分かりやすくまとめられているため、詳しく知りたい方はこちらの記事を参照ください。

欧州において、キリスト教が広まり始めると同時にそれぞれの土地に根付いていた信仰や伝承、文化は”異教”として扱われ、排除されることもありました。

クラシック音楽を思わせる名称が作中に登場しながらも、敢えてイベント扉画面で民族音楽を採用しているのは、後述する冬霊人がこの街を造ってきたことを強調させるためでしょうか。

ウォルモンドにおいて、感染者は「ドデカフォニー通り」に隔離されています。

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ドデカフォニー(ドイツ語:Zwölftontechnik)は日本語で十二音技法とも訳され、オーストリアの作曲家アルノルト・シューンベルクによって体系化された作曲技法です。

現代において慣れ親しんでいる曲は出現頻度の多い主要な音が決まっているのに対して、十二音技法はオクターブ内の12の音を均等に用いる奏法です。音楽を文章で長々と説明するよりも、十二音技法を用いたシューンベルクの曲「ワルシャワの生き残り」などを聴いていただいた方が、この技法の持つ雰囲気は掴みやすいかもしれません。

シューンベルクはユダヤ人であり、ナチス・ドイツによる迫害から逃れるため、アメリカに帰化しています。以前、6章のシナリオ考察にて、ダーウィンの『種の起源』出版年を意識した年に、アークナイツ世界における感染者迫害の律法が成立したことを取り上げました。

ダーウィンの進化論はナチス・ドイツによって優生学の論拠となり、ユダヤ人迫害に繋がったことを踏まえると、ドデカフォニー通りを感染者隔離区域としているのは偶然ではないのかもしれません。


加えて音楽要素として挙げたいのが、TW-EX-6のテキストです。

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マイバウム噴水広場の名前は、とある辺境生まれ名門育ちの大音楽家を記念したものだ。その音楽家は、終生貴族に頭を垂れることはなかったという。

マイバウムはドイツ語で「五月(Mai)の木(Baum)」という意味を持ち、4月30日に市町村の中心広場に大きな木を拵える習わしがあります。5月を迎える前夜に、Tanz in den Mai(踊って5月を迎えよう)というダンスパーティが開かれ、春の到来を待ちます。その起源は、魔女たちの集う「ヴァルプルギスの夜」に端を発すると言われ、キリスト教到来以前の異教の春の風習です。

そしてメーデーになると国際的な労働祭が開かれ、労働者が社会的地位や待遇の改善を求め、デモが行われます。

辺境生まれの大音楽家というのは、ベートーヴェンでしょうか。彼はドイツ北部にあるボンに生まれました。ウォルモンドもリターニア北部とされているため、地理上の方位としても一致します。

また、ベートーヴェンはゲーテと散歩をしている際に貴族の集団と遭遇し、ゲーテがお辞儀をした傍らで、毅然と立ち尽くし、堂々と貴族たちに話しかけたという逸話が残っています。

また、大陸有志の解析によってNicolaus Maibuamという注釈が発見されました。ニコラウスはベートーヴェンの弟の名前です。


「クラシック音楽」として今日知られる曲のほとんどはここ500年ほどに集中しており、ポピュラー音楽や民族音楽と対立する概念としてシリアス音楽(serious music)とも呼ばれます。そんな”まじめな”音楽はキリスト教の聖歌として産声を上げましたが、16世紀には宮廷音楽、つま封建的な貴族たちの嗜みとして幅を利かせていました。

18世紀後半、モーツァルトやベートーヴェンのように、有力貴族に媚び諂うことなく、その類まれな才能を開花させていった音楽家が登場し、ロマン主義の(教会や貴族の美学、封建制下の権力者たちに反発する)精神によって発展したロマン派音楽が台頭するようになりました。

建築様式同様に、音楽にも貴族に抗う文化的特徴が配されていることが分かります。


ウォルモンドのヒエラルキー

ここまで建築様式・音楽のモチーフを確認してきましたが、ウォルモンド住民の社会階級を紐づけて考えてみます。

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「憲兵、民兵、代表」と「正規住民」は区分しているものの、思想体系が近しいため点線を用いています。


貴族
作中では、天災による被害をそっちのけで結婚披露宴を開催している様子が描かれました。貴族たちはウォルモンド栄誉勲章に描かれるような高い塔、封建主義の象徴たるロマネスク・ゴシック様式の建物に居を構えています。

貴族たちの特徴は、イベントアイテムとして登場した鋳貨の説明にも表れており、

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過去の栄光を捨てられない悪しき慣習が、未だにウォルモンドを取り巻いていることがフレーバーテキストから分かります。


憲兵、民兵、住民代表
ロドスと協力関係を結んだ階層です。憲兵の大多数は婚礼に召集されていたため、憲兵として唯一登場したのはセベリンでした。彼はプロイセンの兵士を想起させるような服装をしています。

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このデザインは、ウォルモンドが立憲主義の下で一定の規律でまとめられた近代的な軍隊を有してことを意味すると考えられますが、彼らが活動拠点とする市街議事堂は前時代的な権力の象徴、貴族たちが住まう高い塔を背にして配置されています。

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特権階級が支持する封建主義の象徴となる塔と、国民主権に重きを置いた立憲主義(建築様式は新古典主義)の象徴する議事堂が一枚絵として、しかも隣接して配置されていることはウォルモンドという街が持つ歪さの一端を示しているようです。


正規住民
高等教育を受け、アーツ学と音楽に通じ、蓄音機の制御権を奪うことができるリターニア人をこの階層に分類しました。一定の水準を満たすことで憲兵や民兵となることもあれば、鉱石病に感染することでその身分を落とすこともある、ウォルモンドの主要層です。作中では、移民や難民に先んじて物資を受け取れる立場なることが明かされました。

反乱兵ではありますが、リターニアの教育を受けたと思しき(=古典アーツが使える)敵ユニットの説明欄には、「急進主義者」という言葉見られます。

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急進主義というのは一般的に、現状の体制に不満を抱き、抜本的な変革を目指そうとする主張や立場を示す言葉です。貴族の封建主義と対立する概念であり、ウォルモンドにおける火種となっているイデオロギーと呼べるでしょうか。

芸術の栄えるリターニアには、蓄音機や十二音技法といった音楽表現が登場します。先述の通り、貴族に頭を下げなかったベートーヴェンは教条主義による抑圧に反発するロマン派の先駆けであり、彼を仄めかす表現が出ているということは、ウォルモンドにおいても住民の一部が貴族に強く反発していることを指し示しているのかもしれません。


感染者、冬霊族、移民・難民
リターニアは感染者に寛容と喧伝しているものの、その実態は、ドデカフォニー通りを隔離区画とすることで有事の際に足きりできるような体制を築き上げています。

テラの世界では、石炭や石油に代わり源石を動力源として活用することで、近代産業が築かれているような描写が多く見られますが、鉱石病はその代償であり、リターニアにおける感染者は現実世界での無産階級(労働者階級)に属する階層でしょうか。


そして感染者と同様に、近代産業による被害を被ったのは冬霊族です。

現代の工業タバコなんて、旨くないものを。
―― TW-6:蔓延する怒り


ウォルモンドの街の背後には、WINTERWISP(※グローバル版Arknightsにおける"冬霊")という単語と共に巨大な山がそびえ立っています。

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ウォルモンドのモチーフがドイツやフランスであると仮定するならば、アルプス山脈を意識して描かれたものでしょうか。アルプス山脈に居住した人々の中で、最初に記録に残っているのはケルト人です。


冬霊の血を引くシャーマンが、巫術を扱うユニットとして登場しています。

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先に記述したマイバウムが古代ケルトの風習に基づくことを加味するならば、このシャーマンはケルト社会における祭祀「ドルイド」であり、キリスト教から見た異教徒にあたります。

イベント扉画面ではケルト音楽が使われ、シナリオや勲章として詩歌が登場することで、キリスト教の文化とは一線を画した表現が為されていました。

西洋においてケルト人はゲルマン人やローマ人との混血が進んだように、ウォルモンドにおいても冬霊人とその他のそのリターニア人との混血が進んでおり、作中における純粋な冬霊人は一人の老人を除いて皆既に息絶えています。


時系列整理、終幕を辿るウォルモンド

ここからがシナリオの考察です。ウォルモンドで発生した事象は大きく4つの局面に分けることができます。

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この4区分と、前述のウォルモンド階層構造、ロドス・危機契約・レユニオン残党という3つの組織を軸に時系列を整理していきます。


①天災

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ウォルモンドを襲った大裂溝。幸いにして死傷者は出なかったものの、ウォルモンドの四分の一に相当する土地を消失させました。

大裂溝が東南へのルートを完全に断絶した今、ウォルモンドは北へ進み続けることしかできない。……もし他の街と迅速に救済協定を結べなければ……冬の到来と共に飢饉が起こる。
―― TW-S-1:三体の巨象

ウォルモンドの北は異国ウルサスにあたり、現実世界の常識で考えるならば、他国の都市と協定を結ぶことは容易なことではありません。

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運行ルートが北に逸れたことで距離が近くなったこともあってか、チェルノボーグで武装蜂起したレユニオンの残党であるマドロック一派は難民として、表向きには感染者に寛容であるリターニア入りを果たします。

緊迫した状況にも関わらず、体裁を第一に考える貴族たちは婚礼を優先し、天災に対してロクな対応を行いませんでした。

様々な感染者の問題を解決に取り組むロドスではありますが、天災による死傷者がゼロであることから危険性は低いと考えたのか、鉱石病医師のアント一人を残し、同行していた狙撃手グレースロートは街を後にします。

こうした状況で大きく動いたのが危機契約機構、セベリンの息子トールワルドと天災トランスポーターのビーダーマンでした。

人類は、生を求めて足掻いた。その結果誕生したのが「危機契約」と呼ばれる特殊な情報交換システムである。如何なる政治実体からも独立した危機契約機構は、多くの天災トランスポーターによる運用されている。
―― 危機契約#0 作戦コード「荒廃」

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全ては、より多くの命を救うために。

如何なる制約も受けることなく、救うことのできる人命を純粋に数で判断する機械的な機構のキャッチフレーズは、トールワルドという不可解な人物の行動動機を詳らかにしています。

大陸版で実装されたマドロックのプロファイルにて、トールワルドがウォルモンドへ訪れたとある貴族の暗殺を企てたことが明かされました。

しかし、婚礼を中止させることで参列する憲兵たちの解放、そして貴族たちの街を救うための意思決定を促すための計画は、失敗に終わります。

ビーダーマン:お前は「元々」何をするつもりだったんだ?
???:婚礼の問題を解決し、ウォルモンドに天災に対応できるだけの人員を確保するつもりだった――
その結果は言わずともわかるだろう。今はそれよりも、これからどうするのかの話をしよう。
―― TW-S-1:三体の巨象

そして、その残酷な第二案が決行されることとなりました。


②火災

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私はあの高い塔で何か口実を探す。無関心な貴族たちの目を地上の惨劇に向けさせるためには、大きな火を灯してやる必要があるからな。
―― TW-S-1:三体の巨象

「大きな火」というのは比喩でありながら、極めて写実的な言い回しです。過負荷駆動したL-44「蓄音機」システムは、難民が集うテントを火の海に変えました。

炭化するほどの焼死体の身元を特定することは現実世界でも困難であり、その手法は歯の治療痕の確認などに限られます。

タチヤナがフォリニックたちに語ったところによると、火災による犠牲者はアントを含めて8人、そのうち街の住民はケヴィン、ビーダーマン、エッケハルト、トールワルドの4人でした。彼女は、その他の3人が外の人物だろうと語っていますが、マドロックは犠牲になった仲間の数は4人と語っており、その数に矛盾が生じます。

ここで疑問符が残るのが、タチヤナの言動と態度です。彼女は婚約者が亡くなっておきながらそれほど気落ちした様子を見せず、冒頭でセベリンからも疑問を投げかけられていました。

タチヤナはフォリニックたちにはアント含めて5人亡くなったと説明していますが、冒頭のセベリンとの会話では何故かアントの献身を褒め称えながら、「あの四人には、皆立派な葬儀を挙げてもらう権利があるんです」と口にしています。

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仮にこの言葉が彼女の本心から出た言葉であると仮定すると、タチヤナはこの時点で未だトールワルドの生存を認識しているか、彼の死に半信半疑であると言えます。そして事実、後述する通りトールワルドはビーダーマンと共に火災から逃れ、生き延びていることが判明しました。

アント、ケヴィン、エッケハルトの他、マドロックの仲間4人が火災で亡くなったとするならば、詳細が明らかになっている犠牲者の数は7人となり、一人は身元不明の焼死体となります。残った一人については本編中で言及がないため推測する他ありませんが、他の街の住人が特定されていることを加味すると、別の地域から難を逃れてきた移民・難民と考えるのが妥当でしょうか。

そしてアントからの定期連絡が途絶えたロドスは、追加人員の派遣を決定し、『ウォルモンドの薄暮』本編が開始します。


③反乱

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反乱を起こした感染者たちの要求は
・ドデカフォニー通りの物資供給の回復
・同地区の隔離措置の撤廃
そして
火災に対する公式な声明
の3点です。

ドデカフォニー通りの住人たちは火災の原因はウォルモンドの上層階級にあると考えており、その溝は次第に深くなっていきます。

冬霊人の老人に導かれたビーダーマンが街の動力炉を破壊したことで、その火蓋が切られます。街で戦いを始めたのはマドロックたちレユニオン残党ではなく、ウォルモンドの住民たちでした。

ウォルモンドのヒエラルキー最下層に位置する感染者たち、或いは冬霊の血を引く住人たちは従来より現体制に不満を抱いており、その抑圧された感情の起爆剤を探していたに過ぎません。

……あんたは「冬霊」の一員じゃない。それに感染者でもない。だから何後もなくやってこれたってだけよ。あんたみたいに平和ボケしたお嬢さんにわかるか知らないけどね。
―― TW-2:反乱の前哨

そして、それは正規住民たちも同じです。「リターニア人として誇り」は排外的なナショナリズムを呼び起こし、その怒りの矛先は外から来たマドロックやサルカズ戦士たち感染者に向いているようで、その実、冬霊人を自称する住民たちに向いていました。

反乱する感染者:諦めな!何が俺たちをここまで追い詰めたのか、何がウォルモンドを瓦礫の山にしようとしているのか、その目でしっかり見やがれ!
住民:それはお前たちだろ!?感染者と結託して街を奪おうとしている分際で!死すべき冬霊人たちめ!

双方の利害が完全に対立しているという思い込みは、心理学用語で固定和幻想(mythical fixed-pie)と呼ばれます。固定和幻想が引き起こすのは、その状況が競争的だと知覚されると、主張的な行動が増え、個々の争点のみに注目した視野の狭い議論となってしまう状況です。

己が信ずる正義に突き動かされた住民たちは、何のために争っているのかすら分からないまま、自分たちの”戦争”を始めます。

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モチーフと考えるにはやや根拠が希薄ですが、ゴーレムを用いて感染者のために戦う物語の原型は、1920年に公開されたドイツの無声ホラー映画『巨人ゴーレム』でしょうか。

プラハの皇帝がユダヤ人を追放すべく居住地区ゲットーに騎士を送りこむものの、ラビ・レーフは民衆を守るため巨大な泥人形ゴーレムを作り、ユダヤ人追放命令の取り消しを画策します。

その後、ラビの助手が悪用したことでゴーレムは暴れ出し舞うが、ゴーレムは街外れで純真無垢な少女と出会い、やがて元の泥人形に戻ってしまう…という作品です。

かつてレユニオンが引き起こした動乱の中で、その怒りの焔が巻き起こす惨状を目にしてきたマドロックは、火災で同胞を失って怒り狂う仲間たちが瓦解していく前にまとめ上げ、反乱の先導することを決めました。


動力炉を破壊した後、ビーダーマンは命を落とします。後頭部に外傷があり、氷のアーツで攻撃を受けた痕跡が見られるというグレースロートの発言と、トールワルドは氷のアーツ使い(TW-S-1より)であることから、ビーダーマンは背後からトールワルドに襲撃されたのでしょうか。

この一幕は描写されていないため、なぜこのような最期を迎えたのか、その真相はトールワルドのみが知り得ます。

巧い嘘のつき方は真実を混ぜて話をすることです。感染者による反乱は現実のものとなりましたが、トールワルドは「君が本当にあの医者を救いたいのなら、それでも構わない」と口にしながら、結局アントは犠牲になりました。協力を取り付けるため、彼は言葉巧みにビーダーマンを誘導し、その残酷な計画を完遂します。

そしてセベリンにより、ビーダーマンが真犯人だと宣言されたことで、反乱は終幕を迎えました。


④事態収束

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トールワルドの本心が明かされているわけではなく、何を想い、何を為そうとしたのかは推測する他ありません。

私はあの高い塔で何か口実を探す。無関心な貴族たちの目を地上の惨劇に向けさせるためには、大きな火を灯してやる必要があるからな。
ふぅ、私も時々わからなくなる。彼らは人々の苦しみが気にならないほどに腐敗しているのか、それともただ地面から離れすぎて、俗世のことが理解できなくなっているだけなのか。
―― TW-S-1:三体の巨象

トールワルドは少なからず貴族たちと日常的に接する立場にあることが窺えます。ウォルモンドが育んだ最悪の可能性を甘く見るな、という考えの根底にはこれまで目にしてきた貴族たちの現実への諦観があるのでしょうか。


そして、自身の命を惜しまないという言葉通り、彼は冬霊山脈付近にて舌を噛んで自殺したことがマドロックのプロファイルに記載されていました。トールワルドの遺骸と共に発見された持ち物から、ビーダーマンの共犯者であることが第三者へ知れ渡ることとなります。

君の罪は「共謀罪」、或いは私の計画への「合意」というだけだ。それを気に病む必要はない。
―― TW-S-1:三体の巨象

彼は自らの死によって、ビーダーマンが単独で行動していたわけでないことを証明しました。


道徳的な選択は、余裕のある奴らにさせておけばいい。私は何も迷わない、一瞬たりとも。
全ては……より多くの命を救うためだ。
―― TW-S-1:三体の巨象

薄暮・黄昏は時に、終焉の兆しを表現する比喩として使用されます。トールワルドは感染者の反乱を誘引することで、ウォルモンドにおける封建主義へ終わりをもたらしました。

ウォルモンドの抱えるいずれのイデオロギーにも左右されないトールワルドの持つ信条は、エアースカーペの言葉を借りるならば「変態的な功利主義」といったところでしょうか。

最終的にロドスの物資援助協力を取りつけ、貴族たちに動揺を与え、積もり積もったウォルモンド住民たちの感情を発散させることで、閉塞的な街を変革することに成功しました。

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マドロックは巨大なゴーレムを使用することで、セベリンの宣言後にまだ暴れようとする感染者たちを治め、カズデルに向かうことを決めます。

カズデルは……都市の名ではない。国家の名とも言えない。ただの地域の呼び名に過ぎない。その土地に、家を持つことを許されない亡命者たちが集っている。
―― TW-S-2:一束の哀悼

詩を吟じるような喋り方をする彼女は強大な戦闘能力を持ちながら戦場を嫌い、眠れる死者のために野花を摘み、ビールに思いを馳せるような風変りな女性戦士です。

グレースロートはマドロックに対して、一つの選択肢を与えますが、ウォルモンドの疑心暗鬼に散々振り回された仲間を鑑みた彼女は「今はまだ、できない」と断ります。

マドロック:ロドスのツバメよ、いつか再会することもあるかもしれない……感染者のために戦う君たちとは。
グレースロート:……私をそう呼んだレユニオンはあなたで二人目だわ。
―― TW-S-2:一束の哀悼

レユニオンで狙撃手を務めていた鱗の少年と同じようにグレースロートを表現したマドロック。

カズデルに向かった彼女はその後、とあるロドスのオペレーターとの出会いを果たしますが、それはまた別のお話です。



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