技術と想いを紡ぎ、繋げていく┃セカンドオーシャン 高野 洋二さん インタビュー
台東区今戸にアトリエを構え、底縫い(靴底の縫製)を専門に行っている、セカンドオーシャンの高野洋二さんにお話をお聞きしました。
お話をお聞きした方
セカンドオーシャン 高野 洋二 さん
1982年東京都足立区出身。北千住の紳士靴メーカーでライン作業とマッケイ機のオペレーターとして3年間勤務したのち、東京都立城東職業能力開発センター台東分校 製くつ科に入校。
卒業後は登山靴メーカーで5年間勤務。2018年にセカンドオーシャンとして独立し、現在は台東区今戸にて底縫い機械(主に出し縫い、マッケイ、オパンケ、すくい縫い、その他の特殊縫製)での加工事業を行う。
趣味は楽器演奏と音楽鑑賞、ヴィンテージ機械の収集など。
セカンドオーシャンを始めるまで
大型ダンプにハマり、大学を中退
最初からものづくりの道に進もうとは全く考えてなかったですね。大学も数学や物理が得意だったという理由で建築学部に入り、図面を引いたり専門的な勉強をしていましたが、将来この仕事をしよう!と思うことはありませんでした。
そんな将来の目標があまり見えてない状態でフラフラしていた時期に、幼馴染の父親が、自身が経営する建築資材会社でアルバイトしないかと誘ってくれたんです。
大型自動車の運転に憧れがあったことや、働いてみて純粋に楽しかったこと。また、大卒の初任給の倍以上の報酬をもらえたこともあり、大型ダンプの運転にどんどんのめり込んでいきました。
結果、大学を中退し、25歳までの約5年間大型ダンプのドライバーとして働きました。
しかし、楽しさを感じつつも、どこか満足感が得られている訳でもなく、体力的にもまだまだ余裕があり、より没頭できるような仕事をしてみたいと感じていました。
そんな中、地域柄革が身近にあったことや、ものづくりの環境であればもっとエネルギーを発散できる気がしてその道に進むことを決めました。
ものづくりを志し、北千住の紳士靴メーカーに就職
皮革製品の仕事という意味では、鞄でも靴でも特にこだわりはありませんでした。周辺に皮革製品の工場がいくつかあるのは知っていたので、思い当たるメーカーや工場に連絡していきました。
最初の方は、経験者の募集ばかりでなかなか決まらなかったのですが、問合せをする中で、未経験でも受け入れてくれる千住の紳士靴メーカーと出会い、そこに就職することになりました。
ものづくりの現場ということもあり、厳しい環境というのを想像はしていましたが、やはり下積み時代は大変でしたね。
靴の製造はひとつのポジションで同じ作業をひたすら繰り返す大変さもありましたし、工程が幾つにも別れているため覚えることも非常に多かったです。
また、一つ一つ丁寧かつスピーディーにノルマをこなさなければいけないので、慣れるまでは何度も失敗して怒られての繰り返しでした。
しかし、大変さを感じながらも最終的には「靴底の縫製」という製造工程の中でも魅力的なポジションを任せてもらい、楽しくできていました。
そのポジションは若手が任されるようなポジションではないんですけど、どうしてもやりたくて。社長や工場長に直談判をしたり、少し媚を売ったりなどもしました。熱意が伝わったのか、あまりにもしつこくて嫌気がさしたのか(笑)、色々な努力が身を結んで靴底の縫製を任せてもらえるようになりました。
結局そのメーカーで3年働きましたが、その経験が今の仕事のベースになってますね。
靴への理解を深めるために「職業能力開発センター」へ入校
靴は工程数が多く分業で仕事をするため、あまり全体像が掴めないままメーカーで働いていました。
1つのポジションをこのまま極めていくのも選択肢としてありましたが、製造から店頭に並ぶまでの全体的な仕事の流れをもっと知りたいと思ったことや、他の靴メーカーがどのような仕事の仕方をしているのか、どのような技術を持っているのかを勉強したくなり、「東京都立城東職業能力開発センター 台東分校 製くつ科」に入校することに決めました。
入校するにあたって工場長に相談すると「是非行ってきなよ。特に若いうちなら尚更だよ。」と応援してくれて。でも入校するにあたっては苦労しました。
当時は定員20名のところ200人弱の応募があって倍率が非常に高かったり、靴の製造現場で活躍できる人材を育てるための場所なので、僕のようにすでにメーカーで働いている人が入るような学校ではないということもわかってましたし。
しかし、そのような現状や事情も分かっていたからこそ、今後の靴製造業における自分自身のキャリアプランを真剣に考える良い機会になりました。
実際に入校できたことで、靴の基本的技術や基礎知識、製造の流れを理解することもできたのに加えて、訓練生という立場で色々なメーカーを見学することができました。
さらにインターン生として実際のメーカーで働くこともできましたし、会社によって様々なやり方や技術があることを学べたのは貴重な経験でした。
また、浅草界隈のものづくり事情なども知ることができました。
登山靴のメーカーへ転職し、靴作りの視野が広がる。
1年間、職業能力開発センターで勉強し、卒業後は登山靴のメーカーに入社しました。理由は、特殊な縫製を学びたいとより強く思うようになったためです。また、登山靴は海外のブランドやメーカーが主流である中、国内で製造をしているということが、とても貴重な環境であったからです。
そのメーカーは歴史が古く、40年以上登山靴を主に製造していて、縫製に使用する機械や製造工程、材料なども今までと全く異なっていましたし、そもそも靴に対する考え方も今まで自分が思っていたことと異なっていたので、とても刺激的でした。
水が入らないようにするための材料選定や製造工程の工夫であったり、過酷な環境でも靴底が剥がれないようにするための工夫、底材の交換ができるように、靴底を剥がしやすくする工夫なども施されていました。
同じ靴でも種類が違うだけで製法や靴作りに対する視点が異なり、そこでの経験を通して自分の視野を広げることができましたし、何より靴作りの深さを感じました。
「セカンドオーシャン」として浅草ものづくり工房へ
事業承継を試みる
登山靴のメーカーでは約5年ほど働き、業界歴としては約9年で自身は34歳。
しかし、9年間かけて自分が成長するのとは逆行して、靴の製造工場は年々数が減少し、僕のような底縫いの担い手は少なくなっていきました。
技術者の高齢化が主な原因ですが、担い手が増えない理由としては、技術習得に時間がかかるため途中でやめてしまうというのが原因の1つでした。
また、底縫い作業は特殊機械を使っての製造になるため、機械のトラブルにも対応できるようメカニックの知識と技術が必要になるというのもハードルとしてあると思います。
ニーズはあるのに工場や加工所が失くなっていく現状をなんとかできないかと考え、長年繋がれてきた特殊な技術を受け継ぎ、自分が次世代に引き継いでいきたいと思うようになりました。
そのため、個人事業主として活動する前に「事業承継してあとを継ごう」と思い、弟子として取ってもらうためにいくつかの加工所を回りましたが、ほとんど断られてしまいました。
まぁどこの馬の骨か分からない奴を弟子にするってのも難しいですよね。僕も今の立場になってわかります。
結局、事業承継はできなかったので個人で始めることに。
浅草近辺でどこか物件を借りて始めようと思っていましたが、職業能力開発センターの時の恩師に相談したら「浅草ものづくり工房」の存在を教えていただきました。
今戸という奥浅草の地域にあり、家賃もかなり低額で借りられるということと、これから事業を始めていくにあたっての相談やアドバイスをいただけるという好条件であったため、応募したところ、ありがたく入居することができました。
浅草ものづくり工房へ入居
最初は個人としての実績はほぼ”0”であったため、アルバイトをしながら縫製の仕事を請け負っていました。
中でも一番大変だったのは、事業を始めるために必要な縫製機械を揃えるところでした。メーカーで使っていた機械を個人で手に入れなければいけないのと、当たり前ですが業務用の機械のため中古とはいえ金額も中々のもので。。
手に入れてもまずちゃんと動くか分からないし、機械のほとんどが海外規格のため説明書も英語だったりして、教えてくれる人もいませんでした。
しかし、北千住のメーカー時代や登山靴メーカーの時から「自分で全部できないとダメだよ」と工場長から散々言われていて、自分で色々イジりながら学んできたので、失敗もありましたが抵抗感はそこまでなく進めていくことができました。
メカニックの師匠と出会う
浅草ものづくり工房に入居して2年目に新しく機械を購入したのですが、購入先である日本機材貿易株式会社で、自身にとってのメカニックに関する師匠と出会うことができました。
当時浅草に営業所があったので、分からないことがあったらひたすら聞きに行ってました。笑
向こうも「よく聞きにくるなアイツ」みたいな感じで思っていたかもしれませんが、とても良くしてくれて、専門的な知識を直接教えてもらうことができました。
そのおかげで、今までなんとなくで理解していた部分も明確にすることができ、トラブルが起きても素早く対処できるようになりました。
また、当時仕事がなかった僕をアルバイトとして使ってくれるだけでなく、師匠の営業に同行させてもらい、相手先での機械トラブルの対応を学ぶことができるなど、より理解を深めることができました。
地域を盛り上げられる店舗を目指し、今戸に出店
靴の製造だけでなく自転車の修理まで!?
縫製の仕事は他のお客さんとの兼ね合いもあるため、卒業後は浅草近辺で事業を続けようと決めていました。
浅草ものづくり工房の近くで勝手も分かっている今の物件に入居を決め、入居にあたっては台東区産業振興事業団さんの助成金である「アトリエ店舗出店支援」を利用させていただき、出店時の改装費用などを支援してもらえたので、より前向きに事業をスタートすることができました。
浅草ものづくり工房の時のお客さんから引き続き依頼もありますが、ありがたいことに事務所を構えてから新しいお客さんも増えました。
お客さんは本当様々で、高級な革靴から修理や特殊なサンプルを作成することもあります。
あと最近は浅草でもスニーカーを作る事業者が増えましたね。
基本的にはBtoBで仕事をしていますが、近所に住んでいる個人の方が「靴を直してくれ」ってたまに来てくれることがありますよ。
また、この前は機械がいっぱいあるからどうにかしてくれると思ったようで「自転車を修理してくれ」ってお客さんが来ました。笑
自転車屋さんで断られたけどどうにかしてくれないかって。
なんとか期待に応えたくて、ここにある機械をフルに活かして直しました。笑
そのようにお客さんの悩みを解決していき、近所の人とも少しずつ馴染んでいけたら嬉しいですね。
新ブランドを立ち上げる
同じくものづくり工房に入居していた「アリマ製靴所」の有馬くんと一緒に、より幅広くお客様のニーズに応えられるように、これから事業を一緒にやっていこうと考えています。
そこでは製造の請け負いに加えてオリジナルシューズの販売も行っていけたらいいなと思ってます。
僕は縫製を専門とし、有馬くんは底付けを専門としているのですが、以前より二人で何かをしたいという気持ちがありました。
他にも一緒に働いてくれる仲間も増えましたし、二人で共同で行うことで、縫製から底付けの工程を一貫して受けることができるので、お客さんもより手軽に依頼することができますし、アプローチ方法が増えることで自分達のできる幅を広げることができます。
ゆくゆくはさらに多くの仲間と協力して企画から製甲の部分も請け負うなど、さらに仕事の幅を広げていきたいと考えています。
ちなみにオリジナルシューズの販売の話は、以前より請け負っていたメーカーさんからご提案いただきました。
元々は自分達の技術提供を目的とした事業にしたいという観点から、発信する側というよりは発信する人を応援したいという想いで仕事をしてきました。
今後もそのスタンスは変わらないのですが、せっかくいただいたチャンスだったので、思い切ってチャレンジしていこうと考えています。
大変手厚く協力いただき、企画も一気に進み、面白いものが作れたと思っています。まだお見せすることはできないのですが、紹介できる日が待ち遠しいです。
オリジナル商品を展開することで、消費者様と触れ合う機会も増えていきますし、地域貢献に役立てると考えています。また、業者様からも「こんな商品をつくりたい」みたいな感じで新しい依頼も生まれるかもしれないので、そういう意味でも、今後はますます頑張っていければと思っています。
今後について
先日のたいとう産業ナビでも取り上げられた「SNAP」さんのように、奥浅草も面白い企業さんや若いエネルギーを持った人たちがどんどん集まってきています。
自分自身も培ってきた技術をさらに活かして地域を盛り上げていければと思っています。
新ブランドを立ち上げて来年からオリジナルシューズの販売など新しいチャレンジをしていきますが、ブランドを確立させて世界に発信!というより、まずは地域に根ざした工場になれるよう頑張ります!
編集後記
高野さん、インタビューにご協力いただきありがとうございました。
今回のインタビューを通して、靴を一つ作り上げるためには、とても多くの工程を踏まなければならないこと。また、それに伴い多くの人たちの力が必要となることを感じました。
確かな技術と底抜けの明るさを持つ高野さんが中継役としてバトンを繋ぐことで、より良いものが生み出されていくことを期待させてくれます。
また、ご自身もオリジナルシューズを展開するなど新しいことにも挑戦する姿勢には、周りの仲間を感化させるだけでなく、地域を盛り上げてくれること間違いありません。
奥浅草に集まる、ものづくりへ熱い気持ちを持つ事業者と共に、台東区の産業・文化が今後も引き継がれていくだけでなく、より一層発展してくれること願います。
インタビュー・編集後記・撮影:額田
編集:額田・中川
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