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あきふくかぜ

11月も折り返しを過ぎたのに、今日は暖かい。
窓を開けると、外は強い風が吹いていた。

こんな日に吹く風のことを、なんて呼ぶんだろう。
「秋風」だとちょっと味気ない。「晩秋の嵐」か、それとも――

そんなことを考えながら、ふわっと。
何年か前のこの季節にいた、きみを思い出す。

「今度の三連休、どこか行こうよ」

誘ってきたのは、きみだったはずだ。
マーマレードを乗せたトーストを器用に食べながら、僕に尋ねる。

「山登って、紅葉でも見ようか」
「なにそれ。オジサンみたい」

一か月ぶりに会った朝食のあと、きみは嬉しそうに計画を立てはじめた。
部屋の隅では、レースのカーテンが揺れている。

「高尾山かな。もうすこし遠くに行く?」

山登りの案が、意外にも気に入ったらしい。
近所の本屋で雑誌を買ってきて、しるしをつけたりしている。
インターネットで調べればいいのに、アナログなことをするのが好きだったよな。

はりきりすぎたのか、連休前日になって、きみは体調を崩した。
ただの風邪かと思っていたら、頬が腫れてしまったらしい。

「おたふく、子どものころにかからなかったの?」
「そうみたい」
「看病行くよ、顔見たいし」
「うつるみたいだし、見せられる顔じゃないからいいよ」

出かけると思って空けていた三連休は、互いに一人で過ごした。
外の天気は晴れていて、暖かい風が吹いていたけれど、
僕の心は、嵐のようだった。
きみも同じだっただろうか。

数日後、きみが元気を取り戻したらしい頃には、もう秋は終わっていて、
きみはブランクを取り戻すように、毎日遅くまで仕事をしていた。

「夜遅くまでお疲れ様。あんまり無理するなよ」
「ありがとう」
「あんまり無理すると、また風邪引くよ」
「また見せられない顔になっちゃうなあ」

いつにも増して、メッセージの間隔が空いていった。
いつの間にか、お互いに連絡を取らなくなっていた。

メッセージ越しに別れを切り出されたのは、
クリスマスを過ぎた頃だったと思う。

「あなたに見せたくない自分に、気づいてしまいました。ごめんなさい」

わけを聞いても、きみは答えてくれなかった。
なにかを隠すわけではなく、適切な答えが見つからないようだった。

たぶん、決定的なことがあったわけではない。
それでも実感として、この状況を受け入れるしかなかった。

あの三連休、きみに会っておけばよかったかな。
きみが見せたくないといった顔も、笑って励ましながら、ちゃんと見ておくべきだったかもしれない。
おかゆだって作ったし、氷枕だって用意したのに。

思い出を持ってきて、その向こうへ抜けていく、強い風。
きみは、元気にやっているんだろうか。

レースのカーテンが、ふわっと揺れた。
この暖かい風を、なんて呼べばいいだろう。

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