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忘れてもいい夢

「夢ってさー、なんですぐに忘れちゃうんだろ」

電話の向こうから、ぶつぶつ聞こえてくる。
俺に聞くなよ調べろよ、と言いたいところだが。

「寝てる間に、記憶の整理をしてるからでしょうよ」
「覚えとかなきゃいけない夢、あると思うんだよね」
「まあ、そうかなあ」

この手の話に付き合うと、たぶん長い。
なので、俺は適当に相槌を打ちながら、参考書を進める。

「印象あったのになあ」
「忘れてんじゃん」
「起きた時、輪郭は覚えてたのよー」
「忘れてもいいような夢だったんじゃないの」
「よくないよ!すんごいモヤモヤする!」
「そうか」

そんなにイライラすると寝られなく……ならないかコイツは。

「ぜったい、気になって寝れないわ、今夜」
「お前、布団入って3分で寝落ちするだろ」
「カップラーメンみたいに言うなし!」

その怒り方がすでに即席っぽい。

「お前さあ、もう少し覚えとかなきゃいけないことあるだろ、試験前に」
「終わったらどこ行くか?」
「勉強しなさいよ」
「忘れてもいいようなことには、興味ないの」
「生涯忘れられない点数になるぞ」
「いい思い出だー」

なんでこんなところだけ妙に達観してるんだ、コイツは。

「そんなに勉強してさー、なんになるわけ?」

なんでこんな時に面倒な質問を投げてくるんだ、コイツは。

「知らんがな」
「だよねー」
「とにかくやるんだよ、将来のためにもさ」
「将来なんになるの?」
「わからんけども」

一瞬考えてみたものの、特には思いつかない。
やりたいこと、なりたいもの、ってなんだろ。
そもそも、5年後とか10年後とか、生きてるんだろうか、俺。
死ぬつもりなんかないけど、自分の姿なんて想像できなかった。

「お前はどうなんだよ」
「うーん。わからんけども」
「ほらあ」
「でも、きっと変わらずに楽しくやってると思うよ?」
「就職だってするだろ」
「うん、そうかもね」

珍しく、わずかに真面目な声になっていた。

「でもさ、やっぱり今がいちばんだな」
「じゃあ、今できることやりなさいよ」
「やってるからいいのー」
「そうかい」

「10年後もさ、このまま変わらないといいよね」
「このまま?」
「こういう話、してたい」
「ああ」

「電話越しじゃないほうがいいかな」
「そうですか」
「どうですか?」
「そうですね」

適当に返した相槌に、ぼんやりと輪郭が見えた気がした。
今夜見た夢を、俺は10年後も忘れずにいるかもしれない。

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