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『スラムダンク』の山王戦のラストは、なぜスラムダンクじゃなかったのか考えてみた。

こんにちは、コピーライターのたいすくです。
『スラムダンク』いいですよね。大好きです。俺は週刊少年ジャンプでこの作品をリアルタイムで読んでいた世代なのですが、今でもくり返し読んでしまう名作漫画だと思います。

しかしこの作品、物語は全国大会トーナメントの第二戦で終了、勝敗を決めたのはタイトルにあるスラムダンクではなく、ジャンプシュート(合宿シュート)なんですね。このことに、当時少年だった僕はなんだか肩すかしを食らった気がしていました。なんでラストはスラムダンクじゃないねん。同じような感想を抱いた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

コピーライターという仕事をはじめてから、物事を深く思考する仕事に就いてから、あらためて『スラムダンク』を読み直して俺は大きな勘違いをしていたことに気がつきました。ラストはあれでいいんだ。いや、アレでなければならないんだ、と。今回は、大人になってからもう一度読み直してほしい『スラムダンク』のお話です。読んでいる人をターゲットにしたネタバレ全開の記事なので、まだ未読の方は読まないほうが人生の楽しみを取っておけると思います。
 

ラストのジャンプシュートこそ、スラムダンクだった

バスケットボールにおける「スラムダンク」とは、ダンクシュートの一種であり、ディフェンスが誰もマークしていない状態で、プレイヤーが跳躍してバスケットリングの上までボールを運び、片手または両手でボールを叩き込む技のことです。

『スラムダンク』の作中では、第一話で「バスケットは、お好きですか?」と声をかけてきた晴子にいいところを見せようと、花道は見よう見まねでスラムダンクまがいのことをやってのけるのですが、スラムダンクとはあの技のことです。

スラムダンクは、直接ボールをバスケットリングに持っていくことから、“もっとも成功確率の高い技”とも言われています。そのことから、英語ではバスケットボール以外のことでも“成功が保証されている確実なこと”「スラムダンク」と呼ぶそうです。

このことを念頭に入れて、『スラムダンク』の山王戦クライマックスシーンを思い出してください。

流川からのパスを受けて、すべてがゆっくりと動いていくあの秒速の世界の中で、花道が勝利を手にするために選んだのは、ジャンプシュートでした。豊玉戦の初お披露目で失敗したあの合宿シュートです。積み重ねてきた努力は決して裏切らない。それは、見事シュートを決めて山王工業に勝利したことが証明しています。そう、あのラストのジャンプシュートは、花道にとってスラムダンク(成功が保証されている確実な手段)だったということなんですね。

僕はこの事実に気がつき、『スラムダンク』という作品の本当の「深さ」と「熱さ」に深夜に一人男泣きしてしまいました(笑)。気持ち悪いオッサンですみません。
 

『スラムダンク』とはどんなお話だったのか

あらためて『スラムダンク』を読み直してみると、ラストの山王戦の熱量ってハンパないんですよね。これまでの試合もすべて面白かったのですが、なんというか、手に汗握る感がこれまでの試合とは全然違うんですよ。なぜなのか。それはたぶん、“総力戦”だからなんだと思います。

インターハイ三連覇を果たし、今年は最強メンバーといわれている、相手の山王工業高校が強すぎるんです。

しかも、王者でありながら格下のチームに対して一切油断をしない。監督の堂本さんも決してペースを乱さずに冷静沈着。もう完璧超人なんですね。抜群の安定感を持ち、高いチームワークを発揮する山王は、湘北よりもずっと格上の存在なんです。チームメンバー全員がほぼ湘北メンバーの上位互換。湘北は、前半戦、その圧倒的な実力差を見せつけられる一方的に負け続ける試合展開に陥ってしまいます。

すべてを出しきらないと勝てねえ。ゆえに、山王戦の後半は湘北メンバーのすべてを絞り出すような戦いになっていきます。湘北高校の一人ひとりの「なぜバスケットボールをやるのか」という原体験、これまで歩んできた人生、心の葛藤までを映し出し、戦略もテクニックもあるけどスポーツの神髄である精神力の戦いを描いているというか。そして、読み直していただくと分かるのですが、これまで起きてきたあらゆる出来事が、まるで伏線回収のように、この試合に集約されていくんですよ。

山王戦は湘北メンバー一人ひとりにドラマがあるのですが、僕の個人的な好みから三井寿にスポットを当てさせていただきますね。

彼は試合開始前から現役最強の山王メンバーに強い劣等感を抱いています。三井寿はゴリといざこざがあってバスケを離れ、不良をやっていた時期があったわけです。一方、山王工業の面々は高校生活をずっとバスケにかけてきたストイック集団・ずっと真面目に練習してきた奴らに俺は通用するのか。何度も湧いてくる不安を振り払おうと必死です。だから、「こういう展開でこそ、オレは燃える奴だったはずだ…!」なんて言うんですよ。昔の自分を思い出して奮い立たせるために。そうやって自分を無理やり信じていかないと、不安に負けそうになるからです。

でも、練習をサボっていたツケ――スタミナ不足によって、三井は後半戦のほとんどのシーンをフラフラの息切れ状態で描かれています。「なぜ、俺はあんなムダな時間を…」。ブルブル震える手でポカリを握りしめつつ、湧きあがる後悔の念。しかし、精神力だけでミッチーは戦い続けます。

「目がチカチカしやがる…体力がねえなあオレは……タバコは吸わなかったんだけどな…一度も…」

「オレから3Pをとったら、もう何も残らねえ…!!」

「もうオレには、リングしか見えねえ―――」

山王戦での三井寿は名言が多いのですが、僕が一番グッと来たのは、

「おう、俺は三井。あきらめの悪い男…」

これです。この台詞は単体で語られることが多いのですが、実は三井が安西先生と出会った時に声をかけられた、

「あきめたら、そこで試合終了ですよ…?」

のアンサーになっているんですね。

中学時代の全国大会決勝で、安西先生に言われたこの言葉の通りあきらめなかったからこそ優勝することができ、MVPを貰うこともできた。「あきらめない」ということは、三井にとって成功体験の象徴であり、安西先生との約束でもあるのです。

「誰よりもあきらめない」ことでしか、三井は山王工業のメンバーに勝てないのです。だから決してあきらめない。あきらめるということは、三井寿の唯一の武器、山王工業に勝てる可能性を捨てることになるから。そして積み重ねてきた努力は決して裏切らない。三井寿の身体に刻まれた美しい3Pシュートのフォームは、三井の期待に応え続けます。

「静かにしろい。この音が俺を甦らせる、何度でもよ」

三井寿がここにいていい理由、戻ってきた意味を、三井はシュートのたびに確認し、自信を取り戻していくのです。こんなふうに、過去にあったこと、ずっと積み重ねてきたことをすべて集めてしがみついて戦うのが、『スラムダンク』の山王戦なんです!

このように考えていくと、『スラムダンク』のこれまでの物語はすべて山王戦へのプロローグとも思えるほどの作品構成になっている、という読み方もできるわけです。物語の収束に向かっていく重要な台詞の1つが、

「大好きです。今度は嘘じゃないっす」

ですね。

これは、試合中のケガによって意識を失った花道が、晴子と初めて出会ったときにかけられた第一話での言葉「バスケットは、お好きですか?」を思い出して、思わず飛び起きて答えてしまった言葉です。

あの時は、晴子の興味を引きたい一心で嘘をついたのですが、それからいろんなことがあって、心境が変わっていった花道の本心の告白、あの時の言葉に対するアンサーがこれなんですね。第一話に仕掛けられたキッカケの嘘の伏線が、まさかこの山王戦で回収されるとは…!。

そしてもう1つ、

「オヤジの栄光時代はいつだよ…全日本のときか?」
「俺は今なんだよ!!」

この花道の言葉から分かる通り、『スラムダンク』は山王戦に至るまでの湘北高校バスケットボール部の軌跡を描いた作品であり、その集大成によって超格上の山王工業に対してジャイアントキリング(大番狂わせ)を起こす物語と、読むことができるわけです。

なので、

全国大会トーナメントの途中で終わることも、つづく三回戦で愛和学院にボロ負けしたことも、「大きな問題じゃない。些細な事なのかもしれないな」と、俺は今思ったりしています。
 

結果として、山王戦の“切り札”となった桜木花道

山王戦最後のジャンプシュート。ここで注目したいのは、流川のパスを受け取った花道がノーマークだったということです。

これは山王戦をずっと読んでいくと分かるのですが、桜木花道は点数を入れることはあっても山王メンバーに「打つ奴」「打てる奴」という印象は与えていないんですね。「打つ奴」として警戒しているのは、流川であり三井なんです。試合終了間際の流川の速攻。天才・沢北との対決によって覚醒していく流川を山王は無視できません。油断すれば店を入れられる。だから最大級の警戒をせざるを得ないわけです。さらに、試合中ずっとくり広げられていた流川と花道の仲の悪さが印象づけられています。ちょっと前に、わだかまりを捨てた花道が、あろうことか流川にパスをしているのですが、それが流川にとっては花道との関係性をアップデートさせる決定的な出来事だったわけですが、そんなことを山王メンバーが知るはずもありません。そこからの流れが、ノーマークの花道と、その花道に流川が「ボールを託す」いう状況を作り出しているんですね。

奇しくもそれが、クライマックスにおいてスラムダンク本来の意味である「誰からもマークされていない状態」であり、スラムダンクの別の使い方である「成功が保証されている確実なこと」として、合宿シュートを放てる環境を作り出したわけで。結果、桜木花道は湘北高校バスケット部の正真正銘の“切り札”になったわけです。

「晴子…お前が見つけてきた変な男は、湘北に必要な男になったぞ…」

最後の最後で、本当の意味での「湘北に必要な男」になった話だったんだなーと思いました。


以上が僕のマンガ感想文です。ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございます。

このnoteが、名作『スラムダンク』を読み直すキッカケになっていただければ嬉しいです。井上先生、ステキな作品を本当にありがとうございます!
 

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