論難あるから聖賢の思いが見える。
何も誹謗なんかしておりませんが(笑) 日本書紀についてはその写本を持っていたのは公家です。日本書紀は神書と呼ばれていたのですが幕府によって禁書扱いされており、儒家神道家の竹内式部が公卿に講じ、幼い帝に講じようとして幕府に罰せられております。読んでたのは、天台宗真言宗の一部僧侶です。 https://t.co/EBRdLsbHPO
— 福廣 (@anchorworks1971) June 2, 2023
古神道が典拠としたのは古事記です。これは「忘れられた書」であったものを本居宣長大人が発掘し、その解説本を出版したことから国学が隆盛し、その国学を元に「かつての神道はこうだったに違いない」と復古させようとしたのが「古神道」だからです。 https://t.co/EBRdLsbHPO
— 福廣 (@anchorworks1971) June 2, 2023
「天皇を名乗った渡来人」等と書いておられますが、天皇という言葉は後代にできた尊称です。「近代に出てきたニワカ」なんですかねぇ。右翼とか左翼とかうんざり。でも、面白いから相手してます。
— 福廣 (@anchorworks1971) June 2, 2023
そう、「それは土曜日の朝のことだった」ですよ。聖書オジサンみたいだなぁ、と。 https://t.co/EBRdLsbHPO
福廣坊さんのツイート
パブロフさんの論難が、今の「神道」に至る歴史の経路の説明を引き出したように思える。
「天皇」号は、ほぼ明治以降で、幕末寸前くらいに復興だし。光孝天皇くらいかな・・
もともとは「大王」だし。
あと「日本書紀」など、普通の日本人は読めない。坊さんくらいだろう。識字率もあるしな。
「古事記」は、江戸時代の本居宣長が、なんとか読み方を見つけて読めたって代物。
神道って神祇信仰はあったけど、今の形の「神道」は、かなり「急ごしらえの新参者」って面が大きい。
だからこそ、平田神道に、維新以降のバチカンなり「神智学~ネオキリスト教」による、魔改造の入る余地があって、「国家神道」って化け物になったとみて、無難と思う。
お読みくださりありがとうございます。
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