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【観劇レポ】こういうのを待ってた! ミュージカル「アンドレ・デジール 最後の作品」

ミュージカル観劇レポ。秋の観劇ラッシュ中盤戦、ミュージカル「アンドレ・デジール 最後の作品」です。大阪公演初日でした。

先日の「ヴァグラント」に続き、海外輸入・翻訳作品ではない日本オリジナル制作の作品。脚本訳詞・高橋亜子、演出・鈴木裕美、音楽・清塚信也と、日本ミュージカル界になくてはならないお三方による制作。

亜子さんなんて、どんな作品を見ても「訳詞・高橋亜子」という文字を見るのではないかというくらいのご活躍ですし、裕美さんも直近拝見した作品では「マリー・キュリー」を始め、数多くの作品演出を手掛けておられます。清塚さんはウィットに富んだトークでテレビでも活躍されていますし、ミュージカルでは裕美さんとのタッグ作品も多い方。そんな素晴らしいお三方が、数年をかけて作られた構想が現実になっていることを、ほんとに嬉しく思います。

ストーリーは、不慮の事故でこの世を去った画家「アンドレ・デジール」に惹かれる、絵を描く才能を持つエミール、絵画や画家のストーリーを語ることを得意とするジャンの2人の青年の物語。ちなみにデジールは架空の人物なので、Google先生に聞いても検索ヒットしません。

メインのキャラクターであるエミールとジャンは、組み合わせ固定のWキャスト。僕はウエンツくんと上山竜ちゃんペアで拝見しました。ちなみに初のサンケイブリーゼ。お席は前から9列目でした。これくらいがちょうどよいのですよ。

キャスト

本作は二幕ものですが、なんと実質8人キャスト。メインのWキャストとスウィングのお二人を入れても計12人。とてもコンパクトですが、ちっちゃくまとまるどころか、グランドミュージカルに負けない力のあるカンパニーでした。

主人公エミールはウエンツくん。天才ゆえの繊細さとどことないあどけなさを感じる役どころ。感情の振り幅と、醸し出されるデジールオタク感、自分の才能を自覚・制御できていない様子、そして孤独。どこか僕らとは違う世界の人のようで、パーツパーツで現代社会を生きる人の心に触れるような印象を抱きました。二幕では回想として、デジールも演じています。
ミュージカルでウエンツくんを観るのは、去年の「ブラッド・ブラザーズ」以来。タレント・歌手のイメージが強いですが、舞台の世界でも活躍。どこか素朴さと純粋さを感じる歌声だと思っています。

もう一人の主人公とも言えるジャンは上山竜治、竜ちゃん。明るくて基本的に前向きな、眩しい陽キャオタクのような人。素の竜ちゃんすら感じる(素を知ってるんかというのは置いておく)。エミールとはすれ違うところもありますが、根本的にいい人なのが滲み出てる。高音がきれいな竜ちゃんですが、今回はわりとハモリで下のパートが多めだったのも新鮮でした。
2幕終盤でエミールが画家になる決意を見届けるシーンは、エミールに絵を描いてほしいと願い続けたことが報われる一方で、2人はもう交わることはないと予感させる、優しくて寂しい、嬉しいのに辛い、その至極の表情と声色。これだから竜ちゃんのこと好きなんだよ
「マリー・キュリー」のピエールにも泣かされたけど、ジャンもとい上山さん…あなた…僕をどうするおつもりだい?胸が苦しい…。

メインのお二人以外は、主な役を持ちながら、アンサンブル的に代わる代わる演じられます。メイン除いて実質6人とは思えない世界観の厚さ。俳優っていいなぁ!

エミールの父は戸井勝海さん。つい先日の「ファクトリーガールズ」では悪役のドンという感じでしたが、息子の才能を、存在を認めてあげたいと思いつつ、愛ゆえにうまく伝わらない不器用さに、妻を追い詰めた(と思っている)自責と後悔に苛まれる、とても人間味のあるキャラクターでした。
エミールとジャンが共作した贋作から、エミールの絵のタッチを早々に見抜くあたり、息子への愛を感じずにはいられない。二幕のソロ曲はめちゃくちゃ難しそうなリズムですが、お見事でした。

エミールの母は綾凰華さん。宝塚ご出身で、女性のお役は退団後初めてだそう。故人であり、エミールとパパの回想的に登場します。本当に回想なのか、2人が思い出し思い描く「理想だった母/妻」の姿なのか、どちらとも読み取れる不思議な存在。明るく太陽のような人だったことはビンビン伝わってきます。

デジールの娘・水夏希さん。一幕の冒頭でデジールは生涯独身と言われているものの、実は愛した人と、その人との間に娘がいた。デジールは産まれる前に事故で亡くなるため、母一人娘一人で生きてきたわけですが、母伝いに両親の愛を聞き育ち、両親の愛の結果としての自分の存在をとても大切に想っている。母であるマルセリーナの素晴らしい教育が目に見えます。
娘としての登場は主に二幕。アンサンブル的に出てこられるところでも、スタイルの良さと美しいダンスですぐ水さんとわかる。孤独と愛、アイデンティティ、そして救い。デジールの娘は出番こそ短いですが、物語の核心に近いところにいる役どころ。

現代のエミールの介護士などを演じる藤浦功一さん。コメディ要素を受け持ちながら、晩年のエミールとのやり取りでは、どこかジャンを思わせる明るさがあり、エミールを見守る人がこの人で良かったなと思わせてくれる人。贋作バイヤーとしても登場。いや役の振れ幅。

画商の孫などを演じる柴一平さん。本作の振付も担当されています。比較的セリフ展開も多く、かつ少人数カンパニーである中で、世界観の厚みや舞台の華を感じるのは、間違いなく各シーンでのダンスも大きな要素だと思いました。
はじめましてだったのですが、お写真でのイメージより声が高くて意外だったというのは余談。

デジールの永遠の恋人マルセリーナは熊谷彩春さん。まず歌がめちゃくちゃうまい!グランドミュージカルで重要ポジションを演じてほしい。
マルセリーナの役どころは、劇中で全て詳しく説明されるわけではないですが、決して幸せとはいえない境遇、その中でデジールに出会ったことでの救いなど、心情・背景が流れ込んでくるようなパフォーマンスでした。そしてデジールとのやりとりが、初い。初いのう。おじさんキュンキュンしちゃう。

共鳴

テーマとして明確に謳われているのが「共鳴」

エミールとジャンは、共通の憧れ「アンドレ・デジール」をきっかけにして強く惹かれ合っていきます。この様子は小学生のようでもあり、オタクが初めて同士に出会ったときのようなリアルさと面白さもあり、きっと客席にも多いであろう、オタク気質の方は既視感を覚えたことでしょう。僕もそうです。二人が魂のレベルで惹かれ合い、互いを満たすというのが美しく描かれます。

一方で、他者を完全に理解できることなんてなく、自分の存在自体をただ認めて一緒に過ごせればよいと思っているエミール、才能を活かして輝いてほしいと願うジャンのすれ違いも丁寧に描かれています。
言語化が難しいですが、エミールは自己と才能は別物と考えているけど、ジャンはそれらは不可分である、と考えているのかなと。だから、才能を活かしてくれることが即ちエミールの存在を大切にしていることになる、というジャンに、所詮自分自身でなく才能や成果物(絵)が好きなのだとエミールは怒り失望する。

エミールとジャンだけでなく、エミールの両親、デジールとマルセリーナ、エミール・ジャン・デジールの娘、それぞれが作品の中で共鳴し響き合っています。奇しくも、その共鳴の多くの根底にどこか孤独が垣間見えるのが面白い。

人と人とが交わるときに、どんな化学反応が起きるのか。あるいは、多くの言葉を交わさずとも、何か通じ合うような関係性が生まれる不思議さ。他者との関わりの中で自分を見つけたり、自分を活かしたり、自分を見失ったり、思いがけず相手を傷つけたり。

人が力を発揮するのは、その人が持っている力だけではなく、環境や周囲の人との関係性も重要。僕も普段は人事系のお仕事をしているので、思い考えるところがありました。

ホンモノとニセモノ

本作で登場するたくさんの贋作絵画たち。公演終了後、ホンモノとニセモノの違いはなんだろうと考えさせられました。

贋作に喜び、多くのお金を払う人たち。詐欺にあってるので傍目には不幸ですが、ニセモノだと分からない限りにおいて、彼らは決して「不幸」とは言えないのではないか。彼らにとってはその贋作こそホンモノです。美術や芸術は、見る人によって捉え方が違うというのが顕著なもの。その中で、贋作を「ホンモノ」と信じ心を奪われることも、当然あることだと思うのです。

デジールの娘も、当初こそ父の最後の作品と謳う贋作に両親の愛とその果実である自分の存在を傷つけられたと、怒りを顕にしますが、両親のエピソードを語った後にエミールによって描き直される作品に、最後には怒りどころか救われた気持ちさえ抱きます。

2人が描いた「最後の作品」も、ジャンが書き足した「岩」が「岩」なのか「船」なのか。裏切りの岩か救いの船か、見る人によって違うということを示す重要シーンですが、ホンモノかニセモノかも、見る人によって違うし、人は見たいものしか見えないというのが納得感をもって心に流れてくる。

一幕中盤では「世界は騙されたがっている」と歌われます。現実を見つめて生きるより、騙されることの幸せというのもあるかもしれない。そんな人の営みを、哀れと思うのか、健気と捉えるのか。

ホンモノかニセモノかは本質的議論ではなく、自分がそれに対して何を感じ、思い、信じるのかが大事なのかもしれません。そもそも何が本当で何が嘘が、誰も証明できませんしね。

とは言え詐欺はアカンです。ダメ、絶対。

注釈

巨匠によるオリジナル作品

冒頭に記載の通り、本作は現代の日本ミュージカル界になくてはならないお三方によるオリジナル作品。

音楽と歌詞は、とても耳馴染みが良い。ミュージカルの主流である翻訳作品は、どうしても日本語の特性上、一音に乗せられる言葉が減り、短い言葉に凝縮する必要があります。それはそれで面白く、翻訳の見所でもありますが、元々日本語の作品は、日本語特性を考慮して音と言葉を紡ぐことができます。

ミュージカルの醍醐味とも言えるリプライズも巧妙で、フレーズやメロディ単位で色んなシーンに散りばめられています。演じられる方はきっと恐ろしく大変だと思うのですが…。
また清塚さん作曲ということで、クラシカルではあるのですが、ピアノ伴奏のイメージもあるのか、合唱曲のような美しさも感じました。ジャズチックな曲やロシアンな曲もあり、飽きさせません。

演出や美術では、デジールの最後の作品か「再生(希望)」か、「絶望」かという、デジールファンのよくある論争(という設定)を用いて、エミールとジャンが共鳴しながらも すれ違っていく様、2人の根本的な思想・人生観がわかりやすいなと感じました。
また舞台中央のプロジェクションが目を惹きます。絵画のイメージが視覚的に見えやすく、一方で二人が作った「最後の作品」の完成形は、客席には決して見せられません。エミールが(客席に向かって)眺めているという構図で、観客の想像力を掻き立てます。

またエミールとデジールを同じアクターが演じることで、2人の共通点(ある意味共鳴)や、エミールの才がリアリティを持って描かれているように思います。

フィナーレは、メイン曲「二人なら」をリプライズしつつ、ジャンの存在無しで画家として進んできたエミールの後悔、懺悔、そして少しばかりの浄化。照明の演出もキレイで、悲しさがあるのにスッキリするところもあるラストシーンでした。

エミールとジャンが道を分かつことになったあの日。エミールが、ジャンのストーリーテラーなしに画家としてやっていくと宣言したあの日。ジャンはエミールが自分の才能を活かす道を選ぶことを喜びつつ、「お前の作品待ってる」と言いました。それはジャンから「見せて」ということはなく、エミールが見せに来てくれることを「待つ」と言ったのだと思います。エミールの覚悟や思いを、ジャンは理解しているから。

エミールがそのことに気付いたのは、まさにラストシーン。ジャンが17年前に亡くなっていたことを知ってしまったあとで、エミールは自分がジャンを「捨てた」と後悔する。悲しさはあるんですが、なんとなく、ジャンは最期を迎えるまで、本当にエミールを待っていたような気がします。そう思うと、単なる悲しさだけではないフィナーレかなと。まさに絵画と同じように、ここは見る人によって見え方感じ方が違うのかな。
ちなみに最後のシーンで、ジャンがまるで天国からやってきたかのように、微笑みながらエミールを見つめているの、こういう演出弱いので!ねえ!泣く!(泣いた)

総じていい意味で分かりやすく、スッと入ってくる、それでいて考えさせられるテーマも散りばめられている、そんな作品でした。

アフタートーク

今回観た公演はアフトあり。メインキャストの二組4名が勢ぞろい。上川&小柳ペアはこの日出番はなかったですが、どうやら昼はお稽古だったみたいです。

大阪は笑い含め反応がよくてうれしいという竜ちゃん。曰く大阪の客はアメリカンだそうです。他の3人にツッコまれてたけど。東京のお客さんは真面目だそうな。大阪が不真面目というわけではないらしい。

今回がミュージカル初挑戦の小柳さんから、「ミュージカルあるあるだと思った」というエピソードとして、演出の裕美さんに指導を受ける中で、ペットボトルの水をフタに注ぎ頭にかける竜ちゃんを「あるある」だと思ったというお話。竜ちゃん本人は覚えてないらしいですが、8時間以上のお稽古の果てなので、頭を冷やそうとしたのではないかと。
小柳さんも真似したそうですが、他のキャストがそんな小柳さんを見ながら微笑んでいて、「やっぱり皆やってるんだ!」と勘違いしたそうな。…最初の現場って大事ですよね。

別のペアの様子は互いにあまり見ていないという皆さん。ただし竜ちゃんは除く。ウエンツくんは一切見てないらしい。ストイック〜。

途中ちょいちょい話を聞いていないのか、会話が噛み合わない竜ちゃん。そりゃあ3時間演ったあとですもんね…とは思うものの、それを加味しても中々のちぐはぐでした。かわいいなぁもう。

今回の作品の良さとして、少ない人数でしっかり時間をかけてお稽古できている、ということをお話される竜ちゃん。グランドミュージカルはWキャストどころかトリプルもザラにある中、どうしても「動き」を優先してしまうこともあると。それはそれで良さがあるというフォローを何度も言い訳のようにするため、それを面白がってクスクスしている客席に耐えられなかった上川さんにツッコミ入れられてました。
動き一つとっても、アドリブ的にその場で、というのも多いそうで、一幕のエミールとジャンの出会いのシーンの縦横無尽の動きもそうらしいです。ホンマに?すごいな。それだけペアのことを信頼して、空気や心情を作ってきたということですね。

それぞれのペアの違いはぜひ明日観てね!チケットあるよ!というウエンツくん。余談ですが、やっぱり日本オリジナル初演ものは、最初から満席とはいかないのですよね。日本のミュージカルがまだまだ市場としても成長過程という証左の気がします。
ちなみにウエンツ&上山ペアはジャン側の上山さんが、上川&小柳ペアはエミール側の上川さんが引っ張っているそう。演出も全然別物だそうです。

と、わりと竜ちゃんエピソードが多い中お時間が。最後にBlu-ray各組み合わせの2バージョン発売の情報解禁がありました。○ャパネット風に宣伝するウエンツくんよ、喉を労ってほしい。

こういうのを待ってた!

日本のミュージカル界をクリエイターとして牽引するお三方によるオリジナル作品。日本オリジナルというとこもあって、耳馴染みの良い音楽、音楽とピタッとハマる言葉など、心地よさすら感じる作品でした。

韓国作品ですが、僕が今年観た作品のベストにランクインする「マリー・キュリー」に近いものも感じました。少なめのキャストというのもそうですが、メイン2人(本作はエミールとジャン、MCではマリーとアンヌ)が魂の友として惹かれていく、そしてすれ違っていく様。共通するなにかを感じます。どっちも裕美さん演出というのもあるかも。

現在の日本ミュージカルは、どうしても海外からの輸入作品が多い。それは決して悪いことではないし、むしろ好きですが、日本のクリエイターが日本からオリジナル作品を生み出すというのが、もっとあってほしいとも思います。

そしてそのためには、こういう作品に観客がしっかり入るというのも大切。初演、日本オリジナル(つまり無名に近い)、となるとやはり、初日から満席状態というわけではないのが現状なんですよね…。
というわけで最後に、微力ながら大きな声で申し上げたい。

アンドレ・デジールめっちゃ良かった!!
こういう作品を待ってました!ありがとう!!

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