「イナバ」
ハア――ハア――ああ、おい、大丈夫かよ。ここまでくりゃ安全だ……多分。
あんた、この土地のもんじゃねえな? 地元の奴らなら、この森には決して近づこうとはしねえはずだからな。
え? なんでだと? あんた、それも知らずに禁足の森に――イナバの森に入ったのか。一体何のために……ああ、そうか。彼女さんと一緒だったっけ。そうだよな。イキって無茶したがる気持ち、俺にもわかるよ。
まあ、そのせいでこんな目にあったのも、自業自得ってことで納得するしかねえんじゃないかな。今後の教訓にでもするといいさ。生きて帰れたらな。
俺か? 俺はな、兄ちゃん。奴らの専門家だ。この森に潜む奴ら――「イナバ」のな。大学でそいつらの研究してんだよ。だからこの森に入って、そんでヤバイことになってる兄ちゃんたちを見ちまって、結果こんな有様ってわけだ。
は? ああ、そりゃ知らねえか。そんな専門用語。
「イナバ」ってのはな、要するにウサギだ。野良のな。
……今、なんか音しなかったか?
……気のせいか。
何だその顔。俺の話が信じられないってのか。いやいや嘘じゃない。だいたいあんたも俺も、さっき奴らに襲われて命からがら逃げ出してきたところだろうが。彼女さんの首、キレイにすっ飛ばされちまったの、しっかり見たよな?
ああ、吐くなよ。臭いでバレちまうだろ。
「イナバ」――野良ウサギってのはな、ひどく凶暴な生き物なんだ。ほら、あんたも狼は知っているだろう? ペットの犬は……聞くまでもないか。野良ウサギ――「イナバ」と飼いウサギってのはな、兄ちゃん。要するにそういう関係なのさ。
だから狼みたいに集団で狩りをし、獲物の首を掻っ切る。ご自慢の鋭い牙を活かすってわけだ。
……なんか嫌な感じだな。見られてる、っていうか。
は? いや、だから狼と犬だって言っただろ? 「イナバ」の中にはもっとでかいやつもいるんだぜ。確か、昔アーカンソーで6メートルの「イナバ」が確認されてる。なんでも、捕まえたそいつの腹を割いてみたら、でるわでるわ、キツネ、シカ、クマ、パンサー、ついでに数人分の人骨が入っていたそうだぜ。
ああ、だから吐くんじゃないっての。
てなわけでだな、アレぐらいの大きさのやつなら「イナバ」としては普通サイズってところなんだ。
けどな、ある意味安心材料なんだぜ。なにせそんだけデカイんだ。近づいてくりゃすぐに分かる――
(ブツン)
あ? 何の音だ? おい兄ちゃん、今の音……。
兄ちゃん、おい兄ちゃん、あんた、
首、どこやった?
(ブツン)
そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ