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古書専門店”アグ・マグル”における、とある日の出来事の記録

 店に入ってきた男を目にした老店主は、我知らず口笛を吹いていた。
 濃緑色のローブに身を包んだその男は、無数の書籍が整然と並べられた書棚の間を音もなく歩み寄ってくる。老いてはいるが、ずいぶんな長身の男であった。店のカウンター越しに店主の目の前に立つと、昏い瞳で、店主の顔を見下ろしてきた。その間、男は一言も発さなかった。
 店主は男の視線を正面から受け止めると、やがて苦笑した。 
「旧友よ。久々の来訪、とても嬉しく思うよ。しかし我が店に訪れてからの君の一挙一動は、まあ不審者としか言えない類いのものであったね。無論、最大限に好意的な表現の上でだが」
「……悪く言えばどうなるのだ」
「私にはね、友人を面と向かって罵るような趣味はないんだ。君ももう少し、何というか、社会性というものを身につけてはいかがかね」
「……考慮しよう」
 店主は肩をすくめた。目の前の友人の言う「考慮」とはすなわち、「魔術を究めることに関わるか否かを考慮する」ということであり、彼にかかれば社会性などというものは、魔術の研鑽から最も遠い事柄であり――つまるところ、彼の言う「善処する」とは、「どうでもいい」を彼なりに気を遣って言い換えているだけに過ぎないのであった。
「全く。来るなら来るで、知らせの一つもよこしたらどうだ。突然過ぎて茶の用意もできないじゃないか。だいたい、どうせまた城の連中には黙って出てきたんだろう? 今ごろは大騒ぎなんじゃないのか」
「言うと止められる」
「当たり前だ、我が友よ。全く自覚が足りていないようだから教えてさしあげるが、君は我が王国最高の魔術師にて、栄誉ある王立魔導研究機構のおさ。つまりは、この魔導王国に星の数ほどいる魔術師の頂点に立つ男であり、さらに言えば、王の絶大な信頼を一身に受ける相談役でもある身の上なのだよ。寂しいことではあるが、こんな町外れの古本屋に軽々しく足を運んで良いお立場ではないはずだがね」
 店主がそう言うと、魔術師は露骨に不快な顔つきをした。
「……やりたくてやっているわけではない」
「ああ、ああ、そうだろうとも。私の知る君は、地位や名誉を至高のものと貴ぶような俗物からは最も遠い人物だからね。覚えているかい、我々がまだ幼い――」
「昔話は結構。時間が惜しい。見てほしいものがある」
 店主の言葉を遮ると、老魔術師は懐から一冊の本を取り出した。
 その途端、店内の室温が低下したように店主には感じられた。店主は思わず顔をしかめると、魔術師の顔を見た。魔術師は軽く頷き、本を店主に手渡した。その手触りは決して心地よいものではなく、店主は本を手にした瞬間、思わず放り投げてしまいそうになる。
 気を取り直した店主は、上着のポケットから片眼鏡モノクルを取り出してはめると、その本をまじまじと眺めた。片眼鏡の表面に、細やかな魔術文字が浮かび上がる。
 小さな本であった。厚みもそれほどではない。漆黒の、革状の物で装丁されている。本は、紐状の物で何重にも巻かれていた――開かれ読まれることを禁じるかのように。紐には、かなり強力な封印魔術が施されているようである。
「ちょうど三日前に、『勇者』一行の手によって機構の研究所に持ち込まれたものだ」
「ほう」
 『勇者』。膨大な魔力と複雑極まる儀式の果てに異界より召喚される、超常の存在である。
 五年ほど前、王国が同じく異界より来訪した邪悪超常存在――『魔王』の侵略を受けた際に召喚されたその少女は、熾烈な闘争の果てに『魔王』とその軍勢を打倒した。
 その後、『勇者』は仲間たちと共に『魔王』軍の残党狩りや、残された拠点潰しに従事している……一国民でしかない店主が知っているのは、その程度のことであった。
「一見して、それが強力な魔術的存在アーティファクトであることは分かった。だが情けないことに、分かったことはそれだけだ。『分析アナライズ』を一切受け付けず、封印を解呪ディスペルすることも叶わなかった……機関の総力を結集しても、だ」
「……だろうね。これはとんでもない代物だよ」
 店主がそう言うと、魔術師は目を見開いた。
流石さすがだ。やはり分かるのか」
「こう見えて、私は本の専門家・・・なのでね。君もそれを期待したからこそ、わざわざこんなところまで足を運んできたのだろう?」
「そのとおりだ。で、それは一体」
「この本はだね、友よ。『勇者』や『魔王』と同じ代物なのさ。だから、我々の魔術体系ではどうにもできなかったというわけだ」
「……異界の呪物だというのか」
 店主は片眼鏡を外し、眉間をもんだ。
「我々のそれとは、全く異なる理論の下で作られたものなのだろう。合わぬ鍵穴に無理やりねじ込んでも、鍵は決して回らない――君たちがこの本、いや、本らしきもの・・・・・・に対してやったことは、要するにそういうことだ。上手くいくはずもない」
「君なら解呪できるか」
「できるはずもない。私に分かるのは『鍵穴の形が違う』ということまでだ。どんな鍵が合うのかまでは、流石に専門外というものだ」
 店主は、慎重な手付きで魔術師に本を返却する。
「まあ何にせよ、私などの手には余る、大変な品だよ。謹んでお返し差し上げよう」
 魔術師は本を受け取ろうとし――その動きを止めた。
「どうしたね」
「君は防御呪文を使えただろうか。核熱閃マギアトミック級に耐えられる強度が望ましいが」
「そんなもの、一介の本屋に使えるわけないだろう」
「承知した」
 言うなり、魔術師は左手を振るった。店主の全身が光壁に覆われる。魔術師は、続けざま右手を天井に向ける。短い詠唱、人差し指を立てる。
 閃光。ついで衝撃波。店主は思わず片手で目を覆った。
「なんてことを!」
 荒れ狂う光と音の中で、店主は叫んだ。彼の友人はあろうことか、幾多の書籍のど真ん中で爆発呪文を発動させたのだ。
「店の本なら心配には及ばない。先程、全ての本に防御魔法を付呪しておいた。もし傷の一つでもつけたならば、君から綺麗さっぱり縁を切られてしまうだろうからな」
「それは有り難いが、だからといって無茶苦茶すぎるだろう!」
「……余裕が、無かったのだ」
 真っ白な闇の如き光が収まると、魔術師は店の入口に向かって、音もなく歩き始める。その途中でどこからか白金の杖を取り出し、新たな呪文を詠唱し始めていた。
 ここで店主も、流石に気づく。我が親愛なる友であるこの魔術師は、こと魔術に関しては空前絶後の天才である。つい今しがたも、店主と店中の本に完全な防御呪文を施した上で、強力極まる攻撃呪文を唱えてみせた――複雑な儀式も、長々しい詠唱も必要とせず、一瞬でだ。
 そんな男が、油断なく、余裕なく次の呪文を行使しようとしている。
 これは非常事態だ。それもかなりのだ。
 店主は、手に持ったままの本を見た。気のせいか、装丁の黒が濃くなり、表面がうごめいているように見えた。
 店主はため息をつく。どう考えてみても、こいつが原因だ。とっとと手放してしまいたかったが、同時に絶対に手放したくない・・・・・・・・・・という感情もあった。本の呪いか何かだろうか。勘弁してくれ。
 ――来たれ。
 店主の脳裏に言葉が響く。
 ――そは我が物なりし。献上を許す。疾く参れ。
 本当に勘弁してくれ。そう心中で愚痴った店主は、己の体が自らの意志とは関係なく動き出していることに気づき、暗澹たる気分に陥った。

 店から外に出ると、そこでは壮絶な戦いが繰り広げられていた。
 白く輝く立方体の中で(被害を広げないための結界なのだろう。有り難いことだと店主は思った)、魔術師は攻撃呪文を次々と繰り出していた。火球、電光、光弾、氷刃、風刃、岩塊。全てが嵐のような勢いで叩きつけられていく。
 だが、次から次へと襲いかかるそれらを、相手は意に介さぬように受け止めて平然としていた。いや、全身で呑み込んでいる・・・・・・・というほうがふさわしいか。
 黒い、影のような実体だった。一応人の形をしているものの、その境界はぼやけ揺らめいている。顔らしき部分には、白い二つの光点のみが存在していた。
 その光点――両目らしきもの―—がゆるりと動き、店主のほうを見た・・。叩きつけられる暴威の中、右腕らしきものをゆっくり動かし、店主に向かって手招きをする。
 ――参れ。
 店主の体は、彼自身の意思とは関係なく、まるでそうすることが当然であるかのように再び歩き出した。
「こちらに来るな!」
「来たくて来ているわけじゃない!」
 店主は、必死に抵抗を試みる。全身を力ませ、知る限りの呪文を唱えてもみる。だが、そこから十歩ほど歩かされる間に、店主はすべてが無駄な抵抗でしかないと悟らされる。
「……だめだ、足が止まらない!」
「耐えろ!」
「無理だ!」
 魔術師の張り巡らせた光壁を越え、店主は黒影の目の前まで歩み寄った。眼前で見る相手は影のように曖昧で、しかしながら確かな存在感を備えていた。間違いなく、ただの人間が対峙して良い相手ではない。汗が止まらない。全身が震える。一刻も早くここを去らなければ、恐ろしいことになる。 
 ――跪け。
 しかし、店長の体は彼自身の意志に反し、震える体で堂々と臣下の礼を執ってみせた。
 ――献上せよ。
 影は静かに差し出された本を無造作に受け取ると、封印の紐を指先で弾いた。紐は灰のように崩れ去っていく。
 本が開いた。
 どろり。
 そんな音が聞こえてきそうな、粘性の高い闇が、開いたページから溢れ出してくる。
 どろり。どろり。
 鼓動のような一定のリズムで、闇が周囲に満ち満ちていく。
 どろり。どろり。どろり。
 「あ、あ」
 店主は動けない。影の呪縛はとっくに解けていた。しかし、迫りくる闇への恐怖にすくんでしまっていたのだ。
 どろり。店主の足元に闇が迫る。
「ひ」
 店主が軽い悲鳴をあげようとしたとき、弾けるような勢いで後方に引っ張られた。魔法使いが、店主を自らのもとに引き寄せたのだ。
「大丈夫か」
「わ、私は大丈夫。だが」
「うむ」
 魔術師は、険しい顔で黒影を見る。
 黒い影は、本からとめどなく溢れ出す黒い闇を全身で飲み込み、先程の数倍はあろうかという体躯に膨れ上がっていた。目の輝きが増していく。その光は店主に、夜闇の彼方で死にゆく星の断末魔を思い起こさせる。
 店主は、全く脈絡もなく、目の前の化け物が遠くから――星の彼方から舞い降りた、もしくは逃げ延びた・・・・・のだということを確信した。
「友よ」
 魔術師が、淡々とした声色で店主に語りかける。
「君にも分かるだろうが、あれは尋常の存在ではない」
「わ、分かるよ。なんというか、よく分かる。分かりたくはないが」
「一種の災害のようなものだ。どうにかしようと尽力しては見たが、果たせなかった。先程、君をこちらに引き寄せたことで、なけなしの魔力も尽きてしまった」
「……打つ手なし、かね」
 その先は聞きたくないと思いつつも、店主は魔術師にそう尋ねずにはいられなかった。
「いや、ある」
「……あるのか!?」
 返ってきた言葉に、店主は思わずそう返してしまった。
「ああ、ある。しかし」
「しかし?」
「……やりたくないのだ」
 そう言ってわずかに顔をしかめる魔術師の姿を見て、店主は一瞬呆けたような顔をした。
「いや、いやいや。友よ、そんなわがままを言っている場合かね!? ああもう、大方、君の主義に沿わないとか、そんな言う理由で忌避しているのだろう!? だがね友よ、もう一度言わせてもらうがね――そんなワガママを言っている場合かね!?」
「――そんな場合ではないな。致し方あるまい」
 魔術師は、懐から黒い板状のものを取り出した。片手で持てる大きさの物体だが、店主は全く見たことのないものであった。
「それが『打つ手』か、一体何なんだそれは?」
「ふむ、これはだな――『Kindle Paperwhite シグニチャー エディション (32GB) 6.8インチディスプレイ ワイヤレス充電対応 明るさ自動調節機能つき 広告なし ブラック』というのだ」
「な、なんだって?」
「『Kindle Paperwhite シグニチャー エディション (32GB) 6.8インチディスプレイ ワイヤレス充電対応 明るさ自動調節機能つき 広告なし ブラック』だ」

「そ、そのキンなんとかを、どうするんだ」
「こうするんだ――《彼方より来たれダウンロード》!」
 魔術師が高らかに叫んだ瞬間、黒い物体の中央部分が白い輝きを放つ。淡い輝きは、だが力に満ちあふれ、二人の近くまで迫りつつあった闇の泥を押し戻していく。黒い影が、一瞬怯む様子を見せた。
 ――それは。汝、まさかそれは。
「知っていたか、異界のよ」
 魔術師は黒い物体を――KindleReaderを高く掲げた。
「ならば、この後何が起こるかも、当然知っているのだろうな? では告げよう。悪神よ――ここから去るが良い。お前が今後も神であらん、と願うならば」 
 ――吾に命じるのか、塵芥ごみの分際で。不敬ぞ。
「その言葉、拒絶の意と判断する」
 魔術師の言葉とともに、KindleReaderの輝きがさらに増した。その表面に薄っすらと浮かぶ文字が、店主の目を奪った。
『無数の銃弾: VOL.7』……?」

『パルプ小説』!」
 魔術師の詠唱の声が、あたりに響き渡る。

パルプ小説……それは人びとをエンターテインするテキストの銃弾である。 いまパルプ小説の書き手は noteというオンライン空間に集い、渾身の弾丸を放っている。人は彼らのことをこう呼んでいる……『パルプスリンガー』と。 バトル、SF、ミステリー、ファンタジー、耽美。11人のパルプスリンガーが放つ11色の弾丸が、あなたの魂をぶち抜くことだろう!

---収録作品---

居石信吾
電信柱とジキタリス 後編
『ジキタリスには有毒成分である、ジギトキシンが含まれている』

電信柱である彼の前を、多くの人は素通りし、一部の人は繁々と眺め、一部の人は触れてみたりする。だが彼女は変わった女の子だった。『こんにちは、電信柱さん』そう話しかけたのだ。そして、胸が締めつけられるような慟哭の物語がはじまった。

ディッグ・A
エレベーターハウス

かつてSFでしか語られなかった技術が実現し、そして過去にもなった時代。先端技術が陳腐化しても人の住まいは問題だらけ。播磨宮守はそんな最先端居住施設の問題を発見して診断する、個人営業の若手建築診断士だ。同業者の鷹芦響介に誘われ、調査診断がてら彼の住む家を訪れた播磨を待っていたのは、風変わりな『エレベーターハウス』と『重労働』だった……。

透々実生
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azitarou
クリスマス・キャロルには遅すぎる

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遊行剣禅
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 そして魔術師は最後に、暗闇を貫く剣のごとき声でこう言った。
「――本日、発売!

 長い長い詠唱が終わると、そこには荒野が広がっていた。

「な、何だこれは」
「Mexico……」
「なに、何だって?」
「これは、Mexicoの荒野。『無数の銃弾』の力により、この場に顕現したパルプの大地だ」
「なんということだ……」
 信じがたい光景に、店主は酷く混乱してしまっていた。そしてそれは、黒い神も同様であった。
 ――馬鹿な、このようなことが。このようなことがあろうはずがない。
「ならばご教授しよう、異界の神よ。これが、この力こそが、貴様ら超常の存在に対する我々人類の切り札。この力によって、我らは神を産むことも、そして神を殺すことも自在にするのだ」
 ――神を殺す、だと? そのようなことが叶うものか。
「叶うのだ。なぜならば、この力にできないことなど、この世界には一切存在しないからだ」
 魔術師はKindleReaderをゆっくりと黒い神へ向ける。表面の輝きが再び増していき――。
 気がつけばそこには、光をまとう11人の戦士たちが立っていた。
 姿かたちは多種多様、手には様々な武器を持ち、Mexicoの大地を力強く踏みしめている。そしてその目に浮かぶ、眩いほどの意志の光。
 ――まさか、まさか貴様らは。
「そうだ、彼らこそが」
 魔術師が謳う。
「人類最強の力、すなわち『想像力イマジネーション』の使徒――《パルプスリンガーズ》だ」
 スリンガーたちが、一斉に神に襲いかかった。言葉にできないほどの闘争が繰り広げられ――ついには、神は塵芥のように敗北した。

「……いやまったく、ひどい目に合った」
「すまない。君を巻き込んでしまった」
「そうだな。あんなとんでもない代物をホイホイ私のところへ持ち込んできた君の責任だ」
 店主の言葉に、魔術師は叱られた子供のように顔を伏せた。
「本当にすまない」
「だが、助かったのも君のおかげだとも言える。それで帳消しということにしておくよ。いや、それではすこし足りないかな。では足りない分は、君が旨い酒の一杯でも奢ってくれることで良しとしようか」
「……最高の一杯を約束しよう」
 二人の老人は、へたり込むようにその場に腰を下ろした。
「それにしても、『無数の銃弾VOL.7』とやら、凄まじい力だった」

「あんなすごいもの、なぜさっさと使わなかったのかね」
「まさにそれが理由だ。あれは強力すぎるのだ。『無数の銃弾』は、黒い本と同じ異界の力――本来ならば、この地に存在してはならないものなのだ」
 その答えを聞いた店主は、思わず苦笑してしまった。
「……それだけではなかろう?」
「なに?」
「何年、君の友人をやっていると思っているのかね。いくら強力でも、君には使いこなす自信、制御してみせる自信があったのだろう? 現にこうやって君は、恐るべき神格を撃退してみせたわけだし」
 店主は、魔術師の顔を覗き込んだ。
「さあ、白状したまえ。でなければ、奢らせる酒の量が増えていくぞ」
「……悔しかったのだ」
「何がだね」
「私のせいで恐ろしい目に合わせてしまった君を、親友を救うのに――他者の力を借りねばならんことが悔しかったのだ!」
「なんだその理由!?」
 店主は呆れ顔になり、魔術師は唇を噛み――そして二人はお互い顔を合わせ、どちらともなく笑い出したのだった。

【完】

【広告目的】この小説は、僕も参加させてもらっている本日発売の電子パルプマガジン『無数の銃弾VOL.7』を宣伝する目的のために書かれています。ご興味のある方は、リンク先からぜひご購入ください。一冊100円! 創刊号から全部揃えても700円! お得!【宣伝大使】


そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ