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棺桶と砲火 #03 #絶叫杯


 【前回】 【総合目次】   

 この地上から『夜』が消えてから、三百年の月日が経過していた。それはそのまま、人類と俺たち吸血鬼の闘争の長さを指す。
 いや、「闘争」じゃねえな。これは「狩り」だ。狩るのが奴らで、狩られるのが俺ら。ムカつくぜ。
 俺たちがやっていることは、狩り尽くされるのを先延ばしにするだけの行為に過ぎなかった。皆んなわかっていた。わかっていながら戦っていたんだ。わかってなかったのは、「伯爵」を始めとした上の連中だけ。
 それもこれも、あのクソ忌々しい二つ目の太陽のせいだ。人類大逆転の切り札――『神威の光』。
 どうやってそんなことを可能にしたのか、見当もつかない。だが連中は、人類はやり遂げた。三人の天才魔術師、および数千人に及ぶ犠牲を糧に、『神威の光』は遙か高みで輝き出した。本物の太陽と寸分も変わらずに。
 結果、俺達吸血鬼はこのザマだ。地上から夜は消え失せ、俺達は陽の当たらぬ物陰で生きるしかなくなってしまった。まるでネズミのように、だ。
 ネズミ、ネズミか。おい知ってるか? 人類ってやつは、俺たち吸血鬼の家畜兼、愛玩動物兼、食料として生み出されたんだとよ。人間どもにとっての犬猫、牛や馬と同じようなもんだ。
 それが今や、俺たちを犬猫以下のネズミ扱いしているんだぜ。こいつは……ほら、あれだ、あー、そう、アイロニー、ってやつだ。糞。
 だがな、ネズミにもネズミなりのプライドってもんがあるんだ。笑えるだろ。だが俺たちにとっては笑いごとでも何でもない。
 だから俺たちは、そのネズミの糞並みのプライドを守るために徒党を組んだ。そして、人間どもへの抵抗を始めた……ってわけだ。
 最初は互角だった。なにせ俺たちは無敵の吸血鬼様だからな。忌々しいクソ太陽と、忌々しいクソ太陽もどきは、棺桶(コフィン)にこもり遮光術式の一つも展開すれば全くなんてことなかった。俺たちは棺桶を駆り、人間どもをひたすらぶっ殺し続けた。
 今になってつくづく思っちまうが、俺たちの敗因の一つは人間どもの繁殖力をなめていたことだ。俺たちはたしかにぶっ殺しまくった。だが奴らはそれを上回るスピードでどんどん増えていった。
 数の暴力により、仲間たちがひとりやられ、二人やられ。で、今やこの有様ってわけだ。
 あ? なんでいきなり歴史の講義を始めたのか、だと?
 あー。そういや、なんでだろうな?

◇ 

「……え……か」
 気がついたときには、俺はあの懐かしき暗闇の中にいた。俺たち吸血鬼の帰るべき場所、真の暗黒の世界だ。
「……える……か……どう……」
 闇の中から、俺に話しかけてくる声らしきものがあった。若者のような、老人のような、掴みどころのない声。俺は、その声に意識を合わせていく。
「……意識は戻っているのだろう? 私の声が聞こえるかね」
「……聞こえてるぜ」
 俺はそう答え、自分が発した声に驚いた。かすれ、しわがれていて、まるで自分の声じゃないみたいだ。何だこりゃ、どうなってやがる。
 闇の中、俺は手足を動かそうと試みる。全く反応がない。
 俺は自分がどんな状況に置かれているかを、少しずつ理解し始めた。だが、なぜそうなっちまったのか、それはさっぱりわからなかった。
「ふむ、少々混乱しているようだな……よろしい。私から説明させてもらうとしよう。君の身に、一体何が起こったのか。そして我々吸血鬼に、いま何が起こっているかも」
「……」
「結論から言おう、アルノルトくん。君たち第082基地の吸血鬼は、君を除いて全滅した。ある一人の男の裏切りによって」
 ……は?
「裏切り者……だと? 吸血鬼が、仲間を裏切って人間どもについたってのか。ふざけやがって。一体どこのクソ野郎だ」
「ヴァーニー・バナーワースだよ」
 脳ミソに弾丸を打ち込まれたような、衝撃。
「おい……待て、今、なんつった?」
「君とバナーワースが持ち帰ったコンテナ、そいつの中に入っていたのは……なんと驚くなかれ、三番目の太陽だったんだ。調査員が魔術錠を解析した瞬間、そいつは産声を上げた。そして約十秒後には基地全体を飲み込むような光の玉となり……三分後には、跡形もなく消え去った」
「待て、って言ってんだろ」
 俺は体を起こそうともがく。だが俺の手足は、全く言うことを聞こうとしやがらなかった。畜生。なんでだ。くそ。暗いな。なんも見えねえ。
「……続けていいかね。君には、事の次第を知る権利があると思うからね……。さて、そんなわけで第082基地の吸血鬼は光に飲み込まれ、焼き尽くされた。君が灰にならずに済んだのは、たまたま棺桶(コフィン)に搭乗したままだったからだ」
 俺は鎖につながれた獣のように、激しく体を揺さぶった。立ち上がって、したり顔でベラベラおしゃべりしている阿呆の顔面に一発叩き込んでやろうと思ったからだ。だが立ち上がることはできなかった。どうも椅子か何かにベルトのようなもので固定されているらしかったからだ……。
「糞がァ!」
 俺は吠えた。俺の声じゃない声で。
「ふむ。これは忠告だがね、君はいま、なかなかに大変な状態にあるんだ。もう少し安静にしておくのをおすすめするよ」
「うるせえ! いいからとっとと、この拘束を解きやがれ!」
「解いても無駄だと思うがねえ。なにせ手足がないのだから」

……は?

おい。そりゃ。
「どういう……こった……」
「どうもこうも、言葉どおりの意味だよ。君は棺桶の中で、三番目の太陽の閃光をまともに浴びた。君はとっさに胎児のように丸まり、頭部や胸部――心臓を守った。基地の中だし、遮光術式は展開していなかったのだろう? で、その結果、両手足を光に焼かれることになった……直接見たわけではないが、まあそんなところだろうね」

 それから五分くらいのことは、よく覚えていない。

「……気が、済んだかね? まったく、よくもまあそれだけの罵詈雑言を思いつくものだ。感心したよ」
「うるせえ……」
 少し冷静になった俺は、まず最初に確認すべきだったことに、ようやく思い当たった。
「……そもそもテメエはナニモンで、ここはどこなんだよ」
 暗闇の中、笑うような息づかいが聞こえた。
「では改めて、自己紹介をさせてもらうよ。私はドクター・ウエスト。君と同じ吸血鬼で、医者だ。そしてここ、ウエスト秘密基地の責任者でもある」
 ……ウエスト秘密基地、だと?
「そんな基地、聞いたことねえぞ」
「それはそうだ。私が勝手にそう呼んでいるだけだからね。ちなみに、基地の構成員は2名。私と、君だ」
「冗談にしか聞こえねえ……で、ここは洞穴の中か何かか? 明かりの一つもつけないってのは、いくら吸血鬼の基地だからってやりすぎだろ」
 返事をためらうような気配。
「なんだよ」
「明かりはね、ついているんだ。君にはわからないだけだ」
 一瞬、こいつが何を言ってるのかわからなかった。だが俺は底なしの阿呆ってわけじゃない。ムカつくことに、心底ムカつくことに、俺はこいつの言葉の意味をすぐに理解した。

「目も、か」
「目も、だね」

 それから五分くらいのことは、よく覚えていない。

続く


そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ