初めてドイツパンを食べた話

「世界で1番美味しいパンはドイツパンである」とは、私の知人Nの言葉である。

日本では霜降り和牛や高級食パンなど、柔らかい食べ物が美味とされる傾向がある。彼はそのような風潮を憂いており、「柔らかいのが美味いっていうのやめようぜ!」と常日頃から口にしている。

そんな彼が推しているのがドイツパンである。

彼曰く、ドイツパンはフランス系のパンのような派手さはないものの、素朴な味わいであり、そしてよく噛む必要があるため健康的だと言う。彼は近所にある、お気に入りのパン屋で買ったヒマワリの種やナッツが練り込まれたドイツパンを購入し、それを毎朝、食べているらしい。

このように彼はドイツパンに対する情熱を語った。あまりに熱っぽく語るため普段は白米党の私も興味を抱き、彼と別れた後にドイツパンについて少し調べてみた。するとどうだろう、ドイツパンにはライ麦が使われているため、ダイエット効果が期待できるということではないか。

私は霜降り和牛を有り難がって食べ、高級食パンの旨さに感動するふわふわ教の狂信者だが、これは試してみなければなるまい。ダイエットは飽食の時代において永遠のテーマなのだ。特に私のように炭水化物に生活の大部分を依存して生きている者にとっては、切っても切り離せない話である。


そうは言っても、ドイツパンは一体どこに売っているのか。

近所のパン屋を探してもフランスパンや日本生まれのパンしか売っていない。近所のスーパーのパン売り場にもフランス系のパンやイギリスパンは置いているが、残念ながらドイツパンは置いていない。

残念ながら日本において、ドイツパンはマイナーだと言わざるを得ない。

知人宅近くのパン屋に買いに行けば良いではないかと思うかもしれないが、知人N宅は我が家から1時間以上も離れたところにある。それなら買ってきてもらえば良いのだが、私にとって彼は「ちょっとドイツパン買ってきてくれませんかね」などと言えるほどの仲でもない。何とか自力で入手しようとネットで「ドイツパン パン屋」などと検索するとドイツパン専門店が出てくるが、どうやら近場でドイツパンを売っているところは無さそうだ。

どこのパン売り場を覗いても、フランスパン、アンパン、食パン、カレーパンである。これはもう諦めるしかないか……と落ち込みながら彷徨っていると、ふと視界に紀伊國屋が映り込んだ。紀伊國屋といえばマダム御用達の高級スーパーだ。舌の肥えたマダムを相手にするには各地から様々な食材を調達する必要がある。もしや、紀伊國屋ならドイツパンも取り扱っているのでは……? そのような希望の光を見出した私は、あまりにマダムとはかけ離れたヨレヨレの服で入店することに抵抗はあったものの、「これもドイツパンのためだ」と意を決し、エイヤっと気合を入れて自動ドアを通った。


私の読みは当たっていた。

不審者のごとくキョロキョロとベーカリー売り場を探し出すと、途端にドイツパンが売られているのを発見した。しかも、結構種類があるではないか。どれにするか迷ったが、初めて食べるので色々食べたいと考え、数種類のドイツパンがセットになっている「ドイツパン ライト」と「ドイツパン リッチ」の2種類を買うことにした。ライトはライ麦の比率が低くドイツパン初心者向け、リッチはライ麦比率が高くドイツパン好きの人間向けらしい。それはパンの見た目からもよくわかる。「ライト」の方には比較的色が白いパンが入っているが、「リッチ」の方には黒パンしか入っていないのだ。
知人Nは蜂蜜やチーズをつけて食べると美味しいと言っていたので、紀伊國屋を出た後、うちの近所で4個入り80円のクリームチーズ入りベビーチーズをお供として購入し、帰宅後に早速食してみた。

「ドイツパン ライト」と「ドイツパン リッチ」のどちらにも言えることだが、第一印象は「すごい密度だな」である。

日本のパンやフランス系のパンは割ってみると中に大小の気泡がいくつもあるが、ドイツパンにはそれが少ない。レーズンが入っているものやクルミ、ヒマワリの種が入っているものは、特にパンだと教えてもらわないとパンだと認識できないかもしれない。カットされていると見た目がパウンドケーキっぽいのだ。

中に大小の気泡があるからこそ日本のパンはふわふわなのだが、ドイツパンにはそれが少ないため、日本のパンのようにふわふわではなく、むしろよく噛まないと食べられない。
もちろんガチガチというわけではなく、食べ物としては柔らかい部類に入るが、それでもパンの周りにナッツ類が練り込まれていたり、丸麦が生地に練り込まれていたりするので、よく見かけるパンのように2、3回噛んで飲み込むことは不可能だ。あんなにアゴを使ってパンを食べたのは生まれて初めてである。
母にも少し分けたところ、やはり同じ感想を抱いた。「ドイツの人はよく噛んで食べてるから頭が良いのかねえ」と言っていたが、確かにそれは一理あるかもしれない。

味は素朴である。バターやら何やらの味はしないし、ふわふわもっちりとはほど遠い食感だが、麦の味を楽しめて良い。
黒パン系のパンは黒糖の味がした。味の近さで言えば、給食でよく出る黒糖パンが近い。どことなく懐かしい味だ。ネットで調べると「ドイツパンには酸味がある」とあったが、私は特に気にならなかった。味覚が鈍感なだけかもしれないが。
一通りそのまま食べた後で残りのパンにクリームチーズ風ベビーチーズを塗って食べたところ、全てベビーチーズの味になってしまった。パン自体の味を楽しむには、まずはパン単体で食べるのが良いだろう。
ちなみに、私が1番気に入ったのは「リッチ」に入っているメアコルンブロートである。表面には白ゴマがふられており、中にはアーモンド、クルミ、ヒマワリの種が練り込まれていて食感が楽しかった。

それにしても、確かにドイツパンはダイエットに良さそうである。

そりゃあ食べすぎれば太るが、よく噛んで食べなければならないため、食べ過ぎ防止になるだろう。ドイツパンに野菜やチーズなどを乗せ、スープなど飲んでいれば太りようがない気がする。腹持ちも良いから、おやつを減らすことも可能だ。

1つ難点があるとすれば、ドイツパンを売っている場所が非常に限られている点である。

紀伊國屋以外でも輸入品を扱っているところならありそうだが、それでもドイツパンを扱っているところはそれほど多くないだろう。成城石井でドイツパンを扱っているのを見かけたが、私が気に入ったメアコルンブロートは無かったように思う。

もっと気軽にドイツパンを買うことができれば良いのになあ、と思う今日この頃である。せめてメアコルンブロートだけでもどうにかなりませんか。

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