団地の遊び 川向こうの森と基地

川向こうの森と基地

 団地内を流れる川には、比較的、よく使用する橋が二つあった。
 一つは、駄菓子屋に行くときの橋。次は森に行くときのもので、学校の斜め前の橋。
 森は、橋を渡ったすぐの所にあった。森から学校がよく見える。
 森と言っても、親たちからはヤブ蚊ばかりの汚い林、そう呼ばれ、あまり評判は良くなかった。
 でも、ここは結構人気があり、知らない子供もよく見かけた。川向こうは良くない、そういう考えがあったが、ここだけはべつ、そうみんな解釈していた。
 それ程、広くはないのだが、足の踏み場もないほどの森だった。だからこそ森という表現をしていた。つまり、木々が鬱蒼と茂り、草々が鬱然と生えていて、要するに、歩ける所が、細道だけであった。
 昔は、クワガタとか採れたらしい。一応、樹液の出る樹が存在した。その樹が、クヌギなのか、なんなのかは、今となっては分からない。いや、当時もわかっていなかった。
 行くと、カナブンがよくいた。あの緑色をした可愛いヤツである。個人的には好きな虫だが、採ったりはしなかった。しょっちゅういるし、まあいいや、という感じだった。
 ここに来て何をしたかというと、何をしたのか、あまり覚えていない。にも関わらず、やけにハッキリと覚えている。ただ、なんか、この森に入ると、まさに森の中の森、という感じで、結構良かった。
 冷蔵庫が入っていたと思えるダンボールを拾って、森に持っていった。
 基地にするためである。友達数人と、一緒だった。森の一番奥にダンボールを横にして、置いた。靴を脱いで中に入った。
 これは実に良かった。基地だなあ、と、みんなで言って、喜んだ。住みたいぐらいだった。もう完全に自分たちの居場所として、考えていた。
 次に来るときは、漫画本とか持っていき、並べようかとすら思っていた。
 そして、翌日行って、ダンボールのドアにしていた一箇所を開けると、知らないガキがいて、週刊漫画を読んでいた。ほかにも何人かいた。慌てて、逃げた。明らかに違う学校の上級生だった。
 漫画本を並べなくてよかったと思った。
 考えてみたら、知らない奴がいるのは、充分予想できたことで、バカだから、そこまで頭が回らなかった。
 でも悲しかった。ほんのわずかの基地だった。
 知らない上級生がいるので、しばらく森にも行けなくなった。
 団地中央のストアのウラに行くと、ダンボールはたくさんある。しかし、基地にできるほどのものは滅多にない。
 ところが、また同じようなデカいダンボールがあった。
 いただいて、さて、どこに置こうかと考えた。デカいダンボールをズルズル引きずりアチコチ団地内を歩いた。
 すると、団地の横の、芝生にあじさいが咲いていた。五人は入れそうなテントぐらいの大きさの、あじさいの群生であった。
「ここにしよう」
 友達の一人が、そう言って、ダンボールをあじさいの中に突っ込んだ。もちろん地面につけてである。すると、意外にすんなりと、入った。
 靴を脱いで中に入ってみる。悪くはない、だが、何か違った。何か落ち着かなかった。湿り気が強い、というのもあった。しかし、それ以外に、ジッとしていられない、何かが、感じられた。みんながそう言っていた。
 それでも、しばらくいて、出た。
 翌日、あじさいの群生の中のダンボールはまだあった。誰か入ってる気配はない。夕方、思いきって、ダンボールの中を覗いたが、やはり、誰もいなかった。
 ここに入ることは、二度となかった。
 そして、その後、知る限り、誰かが入ってるのも、見なかった。
 目立つ場所である。道と団地の間のあじさいである。カンタンに見つけられる所といえる。
 にもかかわらず、誰もいない。
 いつ、ダンボールがなくなったかは、わからないが、結構、長い間、あったようである。無人のままで。
 別に怖いとか、そういうのはなかった。
 その後、ダンボール遊びというのは、しなくなった。
 なんとなくスッキリしないまま、ダンボールから卒業した、小学生の一時期であった。



#創作大賞2023
#エッセイ部門

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?