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中学のブラスバンド部の思い出 #02

                       テール

◆楽器を家に持ち帰る

 ブラバンに入部したその日から
練習がはじまった。
 最初は楽器を持たせてくれなかっ
た。
 マウスピース(トロンボーンの
口へ当てる部分)のみを渡される。
そして、腹筋を鍛えるための腹筋
運動だ。

 「い~ち、に~、さ~ん、……」
竹刀を手にした先輩の号令のもと、
ジャージ姿の僕たち一年生は仰向
けになって、腹筋運動をさせられた。

『これじゃー、運動部と変わらな
いよー』と、思いながら、腹筋運
動を延々と続ける。
そして、マウスピースを、ぶうぶ
うと鳴らしながら腹筋をする。

金管楽器のマウスピースだけで、
吹いても、小さな音が、ぶーぶー
と出るだけだから良いが、木管楽
器のリード部の音は大変だ。
大音量の音が「ビー、ビー」出る。
とても、うるさい。

 一週間過ぎたあたりから、やっ
と、楽器を触らせてもらえた。
 楽器はだいぶ疲れた、中古品だ。
 普通、新品は金色にピカピカ輝
いているのだが、授けられたのは
メッキが剥げた、青銅色の古い楽
器だ。スライドをさせると、ジャリ
ジャリ云って、滑らかにスライド
しない。

 教則本を見ながら、音を出す。
先輩から、音符のこれは「ド」で
ポジションはこうだ、とか教わる。

* * *

ここで、トロンボーンについて、
ちょっと解説するよ。

ポジションとは、トロンボーンの
管を伸ばしたり、縮めたり、する
ときの管の位置だ。ラッパ管(ア
サガオの形に開いたベルの部分)
の位置を目安にして、伸ばしたと
ころが、「ミ」「ラ」の音。
スライダーをいっぱいに伸ばした
所が「レ」の音、ベルと一番縮め
た真ん中より、ちょっと短めの所
が「ファ」「シ」の音。
そして、一番縮めたところが、
「ソ」「ド」
の音、といった具合だ。

音の高低は唇の張りによって決ま
る。例えば、「ド」の音。唇を緩
めて吹けば、低い「ド」で、少し
締めて「ソ」の音、もっと締めて
吹けば、高い「ド」の音が出る。

* * *

そして、教則本に沿って、毎日練
習をする。音符を知らない人でも、
教則本に沿って進めれば、必然的
にサルでも分かる仕組みだ。

こうして、僕は毎日、授業が終わっ
たあと、音楽室がある棟に行って、
音だしの練習をした。

そのうち、だんだん音符も読めて
きて、サルの僕でも、音符を見て、
楽器が吹けるようになってきた。

ある程度、吹けるようになってく
ると、先輩が言った。
「楽器を家に持ち帰って、休みの
日でも練習しろ」と。

言われるまま、早速、楽器を家に
持ち帰って、自慢げに家族の前で
披露した。
家族の前で、ぶーぶー、と音を出
す。
まだ、とてもヘタクソだ。楽器本
来の奇麗な音色は出ない。

親父が聞いてきた。「学校では、
どんな曲を演奏するんだ?」
僕は、自慢げに答えた。
「『ポンセ・デ・レオン』と『サ
スカッチャンの山』だよ」
それを聞いて、
「ポン?……。サスカッチャン?」
と言いながら、親父と妹は腹を抱
えるがごとく、ゲラゲラ笑った。

僕はムッとして言った。
「『ポンセ・デ・レオン』と『サ
スカッチャンの山』のどこが、そ
んなに可笑しいの?」
「ウソだー!だって、ポンなんと
かと、サスカッチャンだよ」と妹
は言って、またゲラゲラ笑った。
親父も笑っている。
僕は冗談を言ったつもりはまった
く無く、いたってマジメだ。

いくら、本当だと言っても、信じ
てくれない。半分腹を立てた僕は
「いいよ。もー」と言って、家で
の練習はやめた。
これだから、教養の無い、一般庶
民はこまる。

つづく


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